第25話 告白
第25話 告白
「なるほど。確かに教会の者がエマを狙っていると想定するのが妥当だな」
先日の早朝の出来事を話すと、ルシアンも私たち同様の見解を持ったようだ。
「君たちには悪いが、私は聖光教会を信用していない。彼らはただの聖職者じゃない。為政者だ。エマを狙うのも、自分たちの権力が弱まることを恐れてのことだろうな」
聖光教会はルーク王国の国教として、建国当時から大きな権力を発揮している。教皇や枢機卿ともなると、王族に並び立つ存在だ。
「エマを狙うというと、護憲派か?」
ルシアンは、私たちも想像したことを口にした。
私も護憲派だと思っていたのだけど…――。
「それが――。……私を襲った司教は、おそらく革新派の方だと思うんです」
まさかと思い、あのとき聞いた声を何度も思い返していた。でも、思い返せば思い返すほど、あの司教の声と重なった。
エマの発言に、皆一様に驚きの顔を隠さなかった。
「革新派の司教が……?」
「はい。私もまさかと思ったんですが……」
革新派は護憲派と違い、聖女の一世一代へのこだわりは希薄だ。
それなのに狙われたということは、それだけ私の存在は教会全体にとっても邪魔な存在なのか。
「――…闇魔法」
考え込んでいたヴィクトールが、ふと呟いた。
ヴィクトールの声に、ルシアンが反応するように頷いた。
「そうだな。そう考えるのが自然だ」
――私に闇魔法をかけようとした人物が、暗躍しているということ?
エマは二人の会話を聞きながら考えていた。
「護憲派が疑われることを分かって、あえて革新派のものを操ったのか……」
「相当な力の持ち主と考えた方がいいな」
「まずはエマに闇魔法をかけようとした者を探すのが先だな」
「ユマーノ、頼むぞ」
「あの教会内にいたということは司教クラス以上だが」
「大司教以上との接触もあった方がいい」
「自然な接触の場と考えると……」
「「星まつりだな」」
ヴィクトールとルシアンの声が見事に重なり、二人同時に嫌そうな顔をして視線を反らした。先ほどから、お互いの推理を補い合うようにスムーズに進めていたし、この二人、意外と気が合うのかも。先ほどからルシアンは「ヴィクトール」と親しげに呼ぶようにもなったし。ヴィクトールもルシアンと自然な口調で話している。こんなときだけど、二人の距離が縮まる様子がなんとなく面白い。
「エマ、何が面白い」
「いえ、意外とお二人の仲が宜しいから。つい」
「「仲はよくない」」
また、ヴィクトールとルシアンの声が見事に重なった。エマとユマーノ、先ほどから話に加わったレイヤードも思わず笑ってしまう。
「星まつりで、再びエマに闇魔法を仕掛けて来たらどうするんです?」
レイヤードが、ヴィクトールとルシアンに声をかけた。
私は皆と比べると魔力量が低い。狙われやすいのは間違いない。
足手まといにはなりたくないけれど、狙われている以上いつ何時仕掛けられるか分からない。
闇魔法の防御には、自分自身の力を高めることが最も効果的だけど、この短期間では……。
「魔法防御力を高める装備を身に付けるのが手っ取り早いな。ヴィクトール、髪飾りの魔石の効果はあとどの程度だ?」
「おそらく、2回程度といったところかと。より強い力が発動されると1回になる可能性も……」
「心許ないな……。ユマーノ」
ユマーノは心得ているという様子で、ルシアンに小さな箱を手渡した。
「エマ、これを」
「これは?」
ルシアンは箱を開け、取り出したブレスレットをエマにつけた。
「睨むな、ヴィクトール」
ルシアンの言葉に反応して、ヴィクトールを振り返ると、確かに険しい顔をしてこちらを見ていた。
「申し訳ございません。こういう顔なのです」
「そうか。そういえば君は”氷の貴公子”だったな。最近、デレデレした顔ばかりだったから、つい忘れていた」
ヴィクトールが、デレデレした顔なんて……。なんとも似合わない表現だ。
ルシアンはブレスレットをつけたエマの手を取った。
「エマ、このブレスレットは防御力に特化している。君を守る助けになるだろう」
エマの左手首に繊細な銀細工のブレスレットが輝く。ディベリア製のものなのだろう。作りがとても精巧で美しい。
「ありがとうございます」
ルシアンは、エマの言葉に満足そうに笑みを浮かべ、手を離した。
「やはり、愛する者に自分の物を身に付けさせるのは満足感があるな。所有欲を満たしているのだろうか」
「なっ……」
「求婚しているんだ。愛しているに決まっているだろう」
「何をおっしゃるんですかっ。冗談が過ぎます」
ヴィクトールは、エマをグイっと自分の胸に引き寄せた。
「あなたは政略結婚だと言っていたでしょう」
「私が政略なら、君も政略だろう」
「私はエマを愛しています。きっかけは関係ありません」
「それなら、私もそうだ」
エマの頭の上でルシアンとヴィクトールが言い争っている。エマは居たたまれない思いで、身を縮めた。
「やめてください……。ルシアン殿下、私はヴィクトール様の婚約者です」
エマはルシアンを見つめ、はっきりと告げた。
二人の言い争いを止めるには、私がはっきり意思表示をするしかない。不敬かもしれないけれど。
エマの気持ちは、はっきりしていた。
この前は、ケイティのことを言われて、痛いところを突かれたけれど……。
でも、私は……。それでも――。
「ヴィクトール様がケイティのことを思っていたとしても……。私は、ヴィクトール様の婚約者です」
ヴィクトールのことが、好きだ。
ケイティのことが気になってしまうのも、ヴィクトールのことで胸の高鳴りが抑えられないのも、彼に触れてもらえないときの切なさも。
全て、ヴィクトールのことが、好きだからだ。エマは、自分の思いを自覚していた。
「エマ……」
エマを抱き寄せるヴィクトールの指がかすかに震えていた。
「ルシアン殿下、ご無礼をお許しください」
エマはルシアンに一礼した。
「許したくはないな」
「いい加減に」
「すぐに嫉妬する、そんな狭量な男、嫌になるのは目に見えている。私に乗り換えろ、エマ。私は気が長いぞ」
ルシアンは、苛立ちを隠さないヴィクトールを尻目に、楽し気に笑った。
◇◇◇
「エマ、ケイティのことだが……」
ヴィクトールは、ルシアンの部屋を出るなりエマに話しかけて来た。
「ヴィクトール様、ここは廊下ですよ。誰が聞いているのか分かりませんのに」
いつも周囲によく目を配っているヴィクトールらしくない。ましてや、私たちはここでは色んな意味で注目を集めていると言うのに。
「すまない。でも、すぐに話したくて……」
ヴィクトールはエマの耳元に囁いた。
ヴィクトールはエマの手をグイッと引くと、近くの応接室に勝手に入った。レイヤードがやれやれという顔を浮かべ、部屋の前で待機している。
「ヴィクトール様、そんな勝手な……」
「ここは、ほとんど使われていない部屋だ」
「だからと言って」
「早く君の誤解を解きたかったんだ」
ヴィクトールは、部屋に入るなりエマをぎゅっと抱きしめた。
ヴィクトールの腕に抱きしめられ、ヴィクトールの心音を感じるのが心地よかった。
「誤解って……」
「ケイティの件だ」
「それはいいんです」
「よくない」
「ケイティのことを気にしていたのは事実ですけど、ケイティのことがどうあれ、自分の気持ちとは関係がないことが分かりましたから」
「それは……。嬉しいが、それでは私の気持ちが収まらない。私はケイティのことは思っていない」
ヴィクトールは、必死にエマに訴えた。
「分かりました」
「分かっていない!」
ヴィクトールは壁際にエマを追いやり、エマを捉えるように手を絡ませた。
――……これでは動けない。
ヴィクトールは、拘束するように絡めているエマの手を自分の左胸に引き寄せた。
「ケイティを思って、こんなに高鳴ることはない」
ヴィクトールの胸が激しく鼓動しているのが、服の上からでも分かった。
「ケイティを思って、こんなに嫉妬することも、慌てることも、イラ立つことも、ない。……王都にいた頃は、あまりに周りにうるさいご令嬢が多くて、ケイティの存在に癒されていたことはあった」
王都についたときに出会ったヒューデル侯爵令嬢を思い出した。
あのようなご令嬢に囲まれる日々を送っていたのか。
確かに、ヴィクトールの性格を考えると、相当なストレスだったのかもしれない。
「自分自身、ケイティに恋をしていると思ってもいた。でも、いまから考えれば、それは全然違ったんだ。きっかけは王命だったし、誰が相手でもさほど興味はなかった。――…でも、君のことを知れば知るほどに、君のことを離せなくなった。仮に……、君がルシアンを選んだとしても……私は君を何が何でも離さなかったと思う」
ヴィクトールがエマに飢えたような視線を向け、自分の左胸に添えてさせていたエマの手を捉えるように重ねた。壁際に追いやられ、覆いかぶさるようにヴィクトールがエマを優しく拘束している。
「ヴィクトール様……」
「こんなに自分が抑えられないなんてこと、今までなかったんだ」
「――……私も、ヴィクトール様と出会って、変わりました。いえ、変わりたいと思いました。あなたの隣に立っても恥ずかしくない人間でありたいと、思っています」
エマはヴィクトールに優しく微笑んだ。
「エマ」
ヴィクトールは、エマを肩に自分の頭を置いた。
「エマ」
ヴィクトールは顔を上げた。胸がドクンと高鳴る。間近に見るヴィクトールの顔は、いまだに慣れない。
「はい」
「口づけを許してくれるか」
ヴィクトールが訴えるような視線をエマに向ける。この前の激しい口づけを思い出し、エマは顔を赤くした。エマは返事をする代わりに、そっと瞳を閉じた。ヴィクトールが、エマに覆いかぶさるように熱い唇を重ねた。




