第23話 声
第23話 声
ヴィクトールが素早く確認してくれたおかげで、三人の司教の姿はすぐに確認できた。
せっかくここまで来たというのに、確信が持てない……。
どの司教も他の聖職者と比べれば、体格がいい。しかし、三人とも同じような体型ともいえる。
身体はマントに覆われていたし、顔はショールで覆われてほとんど見えていない。残すところの手がかりといえば……あの、声だ。
大礼拝後、ヴィクトールはエマに何か言いたげな視線を送ってきたが、その意味はよく分からなかった。
「ヴィクトール様、ルシアン殿下、お花をいただいて帰りましょう。ケイティへの挨拶は時間がかかるでしょうから」
貴族たちが聖女への挨拶に大行列を成している。
元々、挨拶の予定もなかったけど、こちらとしては好都合だわ。
エマは大礼拝の参列者に花を渡す司教の前に立った。護憲派といわれた司教の一人。聖光教会で忌避される容姿のエマにも公平に微笑んでくれる。護憲派と聞くと、その笑顔の裏に何かあるのではないかと勘繰ってしまうけれど。
――嫌なものね、人を疑うって。
人を疑う気持ちなど露ほどもなさそうな聖女を、ついチラッと見てしまう。
ケイティは、関係ないのに。長年培った思考の癖が抜けない。
今はそんなことじゃない。犯人探しに集中しなくては……。
エマは司教から一輪花を受け取ると、にこりと微笑みかけた。
「ご準備お疲れ様です。このお花は教会で育てているものなのかしら?」
司教は、エマに話しかけられると思っていなかったのだろう。きょとんとしたが、すぐに柔和な笑みを浮かべた。
「はい。こちらの花はケイティ様が浄化した土壌で育てております故、わずかではありますが光魔法の力も宿っております」
「まあ、それは貴重なものを」
もう少し、声を聞きたかったが、他の貴族もいる手前、不自然な長話はできない。それに、彼の声には聞き覚えがない気がした。
「リュクノール侯爵令嬢に、聖女のご加護がありますよう」
司教は、見本のような祝福の言葉をエマにもくれた。
――やはり、この声ではない気がするわ。
エマは司教に礼をして扉を見つめた。扉の横には、革新派の司教が立っている。この方の声でない場合は、消去法で二階席に座られていたもう一人の護憲派の司教の可能性が高まる。
エマは大聖堂を出る瞬間に、革新派の司教に話しかけた。
「次の大礼拝はいつかしら?」
「次回は一ヶ月後となります。その前に、10日後に星祭りがございます。その際は教皇様もお越しになる予定です」
男の声を聞きながら、エマの心臓はドクンと高鳴った。指がかすかに震えるのに気が付き、ぎゅっと手を握る。司教の声は、あの日、私を呼びかけた声に、酷く似ている気がした。革新派の司教は、本命ではないと思い込んでいたけど、まさか彼が、あのときの……? エマは相手に悟られないよう、慎重に表情を保った。
「まあ、教皇様が」
男はにこりと笑った。
「星祭りにも是非お越しください」
「王都の星祭りは参加したことがないの。今年は王都にいられそうだし。必ず参加するわ」
「ええ、ぜひ。楽しみにお待ちしております。リュクノール侯爵令嬢」
慈愛に満ちた微笑みに、心の底が冷たくなるのを感じた。
こんなに優しい微笑みなのに、彼は私を害そうとしたの?
一体、なぜ?
間違いということは、ない?
頭の中が混乱していた。早くヴィクトールと二人になって、この不安を共有したい。エマは大聖堂を後にしながら、ヴィクトールの手を自分からぎゅっと握りしめていた。
「エマ、実は先ほど君の髪飾りの魔石の力が発動した」
ヴィクトールは、ルシアンに気付かれないよう、そっとエマに囁いた。
――魔石が使われたということは、誰かが私を害そうとしたということ……?
ちょっとした偵察だと考えたのは、やはり軽率だったのか。
エマの不安を打ち消すようにヴィクトールはぎゅっとエマの手を力強く握った。
「詳しくはあとで」
ルシアンと出会った裏庭まで歩くと、ヴィクトールは立ち止まった。
「ヴィクトール様、あの……」
エマの考えを察したヴィクトールが、任せろというようににっと笑む。
「ルシアン殿下、それでは私どもはこちらで失礼させていただきます」
「どこへ行くんだ?」
「部屋へ戻ります」
「では私の部屋でお茶でもしないか。君たちとは、色々と話があるし」
予想はしていたが、中々ルシアンが解放してくれない。
ヴィクトールは握っていたエマの手を持ち上げると、ルシアンに見せつけるように手の甲に口付けた。
「ルシアン殿下、大変恐縮ですが、エマは私と早く二人になりたいようですので……」
確かにそうではあるけど、そんな断り方……。
エマが赤面していると、ルシアンは不敵に微笑むと、わざとらしく眉根を寄せた。
「そうか。エマはそんなにヴィクトール殿が……。私にも少しチャンスを貰いたいんだが。今度二人でデートにでも行きたいな。少し二人でゆっくり話したいんだ。そこの狭量な男を置いて」
「残念ですが、エマはルシアン殿下とお出かけする時間はございませんから」
ヴィクトールはエマを抱き寄せる。
「そうか。それでは仕方ないな。私はエマの闇魔法のことを話したいと思ったんだが……。二人がそんなに私と話したくないというのなら仕方ないな……」
ヴィクトールは周囲の人目を確認する。
「そんなに心配しなくても、私も周りには目を配っている。誰だと思っているんだ」
ルシアンがヴィクトールに呆れる。
「まあ、二人きりになりたいと言うなら……私も野暮なことは言わない。この辺りで」
ルシアンは供を引きつれ、エマたちと残念そうに別れを告げる。
「……ルシアン殿下!」
エマが立ち去ろうとするルシアンの背後に呼び掛けると、ルシアンはゆっくりと振り返る。
「どうかしたか? エマ」
「その……。殿下のお部屋でお茶を頂いても宜しいでしょうか?」
「二人になりたいと言うから私は引き下がったのだが」
「お詫びいたします。私も、先程の件、殿下のお話を伺いたいと思います。その……三人で」
エマはにこりと微笑む。
ルシアン殿下と二人になる勇気はないわ。
「ずいぶん、エマに有利な提案だが……。仕方ない。惚れた弱みというものかな。私の部屋へ行こう。その狭量な男も連れて」
ルシアンはわざとらしく、エマにウインクをした。
「ありがとうございます」
供を引き連れ歩くルシアンの後に、エマたちは続いた。
一体、ルシアンは何をどこまで知っているというの?
エマはその後ろ姿に底知れぬ恐ろしさを感じていた。




