第19話 魔の手
第19話 魔の手
「ルシアンか、教会か、それ以外のものか…――」
ヴィクトールと朝食を取ったあと、急ぎカイルに面会を申し出た。
カイルは溜まっているであろう政務よりも私たちの突然の申し出を優先してくれた。
カイルの私室に集まると、昨日のルシアンとの茶会、今朝の暴漢の件を話した。
部屋は人払いをしたので、私たちしかいない。
私室にしたのも、ごくプライベートな話であることを強調したかったためだろう。
カイルは私の相談を親身になって聞いてくれ、私を襲った手のものが誰かを考えてくれていた。
「俺が駆け付けたときには、男は既にいなかった」
「黒づくめ、ね…」
「男が倒れ込んだ場所の生垣の破損状況を見ると、血痕も残っていた。
それなりのダメージを与えてはいると思うが…」
ヴィクトールの風魔法が発動したのだ。
それなりどころか、相当な痛手を追ったに違いないとカイルは思っていた。
「命からがら、逃げたと」
「男と接触した場からエマを見つけた場所までは1キロ程度。
時間とすれば、5分程度と見ていいだろう。俺が魔力の発動を感じて部屋から飛び出たのを考えても、エマのもとに辿り着くまでその程度の時間は必要だ」
ヴィクトールはサラッと言ったが、部屋から庭までそのスピードで来るのは相当なものだ。
通りで辿り着いたヴィクトールは汗だくになっていた。
ヴィクトールの厚い胸板を思い出し、エマは顔が赤くなった。
私ったら、何を考えているの。こんなときに…。
「エメリン嬢、男の特徴はどこまで覚えてる? 体型は? 声は聞いたことがないと言っていたが、何か特徴は?」
カイルがエマに問いかけた。
「ちょっと、そのときの状況から考えてみます」
エマは立ち上がり、ヴィクトールと並んだ。
ヴィクトールに暴漢役を頼み、今朝暴漢に襲われたときの姿勢になる。
ヴィクトールに背後に立ってもらい、振り返った。
その瞬間、ヴィクトールのアイスブルーの瞳とぶつかった。エマの鼓動はドクンと跳ねた。
私、なんでヴィクトール様に暴漢役なんて頼んだのかしら。
でも、カイル殿下にはお願いできないし…。
「どうかしたか?」
モジモジしているエマに、ヴィクトールは気遣うように優しく声をかけた。
ヴィクトールも、カイル殿下も心配してくださっているというのに、私ったらさっきから不埒な妄想ばかり…。
「いえ、大丈夫です。その…振り返ったときの視線の位置を考えると、ヴィクトール様より少し小柄かもしれません」
「少し、とは?」
「そうですね。5センチ程度かしら」
「ヴィクトール、身長は?」
「186センチだ」
私とは30センチ以上も差があったのね。
通りで立ったままのヴィクトールと目を合わせようとすると、首が疲れるはずだ。
エマは、また暴漢ではなく、ヴィクトールのことを考えてしまっていることに気が付いた。
こんなときなのに、私ったら…。
「そうなると、相手も180センチはありそうだな。割と背が高い」
「体型は全身マントのようなものを纏っていたので、よく分からないですけど…」
「マント…」
そう、マントのようなものに覆われていて、突風が吹いた瞬間マントが広がったのだ。
広がったマントの隙間から、ロザリオのようなものが…。
「何か…見た気がするんです。風が吹いた瞬間にロザリオが見えて…」
紋章のような絵柄がチラッと見えた。あの絵柄は…。
ルシアンの御供の制服に縫い付けられた紋章を思い返した。
ディベリアの紋章は確か3頭の獅子と剣。
ルーク王国のものはというと、百合の花に1羽の小鳥。
でも、あれはそのどちらでもない気がする。あの紋章は…。
チャラリ…。
目の前に、エマが見たロザリオが現れた。
驚いた見上げると、カイルが持っていたものだった。
「このロザリオか…」
月桂樹に女神のモチーフ。翡翠がキラリと輝く。そうだ。この石が光って見えた。
間違いない。
「カイル、これは…」
「ルーク王国の教会のものだ。記念品だから持っているものは限られる。
確か、司教以上しか持っていないはずだ」
「教会も、エマの噂を耳にしているということか…」
「そのようだな」
カイルはエマを見つめる。
「エメリン嬢、この後のご予定は全てキャンセルいただくしかないな」
「え?」
「ご実家にこのままお帰りいただくわけには行かない」
アステリアの滞在は、カイルとの話がメインだったのでそのままリュクノール領へ戻る予定だった。
久しぶりに家族に会うのを楽しみにしていたが、自分が思う以上に危険な状況のようだった。
「ヴィクトールも、辺境伯には知らせを出すがしばらくエメリン嬢とここに留まってくれ」
「当然だ」
「でも…」
ヴィクトールは領内で政務もあるはずだと思い、厳しい顔をした彼を見た。
ヴィクトールはエマを見た瞬間、頬に触れようと手を動かしたが、ハッとしたように手を引っ込めた。
そして、紳士の笑みを浮かべた。
「エマ、私に君を守らせてくれ。頼りないかもしれないが、君の盾になりたい」
ヴィクトールを頼りないなどと思ったことは一度もない。むしろ…。
ヴィクトールの存在が、いつもエマを支えてくれていた。
ヴィクトールが引っ込めてしまった手を恨めしく思っていた。ヴィクトールの大きな手に、包まれたいとエマは願っていた。
ヴィクトールがケイティのことをどう思っていようとも…。
もう、とっくにエマの心は答えを出していた。
ヴィクトールに告げることはできていなかったが…。




