第11話 王都の洗礼
レイヤード、ナタリー、クロードの設定も、活動報告にアップしました。良ければご覧ください。
第11話 王都の洗礼
アステリアの城下を駆け抜け、城に到着する。王太子の離宮に客室が用意されているという。
勝手知ったるという様子のヴィクトールは、使用人の説明を少し聞いただけで全てを理解したようだった。
慣れない私の手を引いてエスコートをしてくれる。
嬉しいと思う反面、私の手を引いて、彼の評判が落ちないかが心配になる。
すれ違う貴族たちが、久しぶりに眼にするヴィクトールに歓喜の声をあげる一方で、彼に手を引かれる女を快く思わない様子を隠さなかった。
聞こえるか、聞こえないか分からないような声で「不気味令嬢」や「ではない方の令嬢」と揶揄されているのが聞こえた。
「ではない」というのは、「聖女ではない」という意味で、長年私を表す名として知られていた。
デビュタントのときも同じだった。私と親しくなろうとする女性も、踊ろうと声をかけてくれる男性も、一人もいなかった。
ただ遠巻きに噂され、嘲笑われた。
あの夜の孤独を、屈辱を、エマは未だ生々しく覚えていた。
好奇の目、悪意の目に晒されるのは慣れていたが、これをヴィクトールにも味わわせる屈辱は、耐えがたいものがあった。
手を離したかったが、ヴィクトールががっちりと掴み、離してくれない。
「ヴィクトール様!」
流行のドレスを着飾った美しい女性が、二人のご友人を伴ってヴィクトールに声をかけた。
多くの女性たちが、ヴィクトールに声をかけたいと思っても遠巻きに見ていたと言うのに、勇気のある、否、自信のあるお方のようだ。
フードの陰からチラッと見ると、私の方を見て馬鹿にしたように見る視線とぶつかった。
婚約者が隣にいようが構わないということか。
「お久しぶりです。ヴィクトール様。
ご領地に戻られてしまって、アステリアはずいぶんと華やかさを失われてしまいましたわ」
「ご冗談を。ヒューデル侯爵令嬢の変わらぬ美しさでアステリアは相変わらず華やいでいると思いましたよ」
以前のヴィクトールならあり得ないような社交辞令を口にした。
冷たくあしらわれることを覚悟していたヒューデル侯爵令嬢はヴィクトールの甘い囁きに溶かされると、
再び私に勝ち誇ったような視線を向けた。
「ヴィクトール様にそんな風におっしゃっていただけるなんて光栄ですわ。
今度ノクス領にもお邪魔させていただきたいわ」
調子に乗ったヒューデル侯爵令嬢の言葉に、ヴィクトールはあてつけるように柔和な表情でエマに触れた。
氷の貴公子の笑顔が見えた瞬間、周囲から悲鳴に似た声が上がった。エマはその悲鳴に同調した。
分かるわ、私もヴィクトール様の微笑みには全く慣れないもの。
「そうですか。ではエメリンと私の婚姻後にぜひお越しください。
私はいま、こちらの可憐な花に夢中で……。
いまお越しいただいても、満足にお構いできないでしょうから。
王都では氷と評された私の心も彼女と出会ってすっかり癒されました。
永遠の愛を見つけると、人は変わるものですね。ヒューデル侯爵令嬢の美しさは、一体どの殿方を癒すのでしょう……」
ご令嬢に視線を向けたときは、既に以前の「氷の貴公子」の顔になっていた。
ヒューデル侯爵令嬢は引きつった笑みを浮かべながら「ご機嫌よう」と去っていった。
その様子を私たちの後ろで見ていたレイヤードがふっと笑い、「さすがは、氷の貴公子」とつぶやいた。
ヴィクトールはぶすっとした表情で、「王都には実に鬱陶しい花が多いものだ」とわざと聞こえるように大きな声で返した。
レイヤードはますます楽しそうに笑い、ナタリーもつられて思わず笑ってしまっていた。
ヴィクトールの発言で、野次馬たちは姿を消し、静かに客室に向かうことができた。
◇◇◇
部屋に着くと、隣り合った部屋を用意されていた。
婚約者なのだから当然と言えば当然だが、ノクス家でお世話になっていたときも、ヴィクトールは領主館の自室に、私は離宮の客室にと物理的な距離が取られていた。
ところが王宮では仕方がないことだが、隣の部屋だなんて。
ただでさえ、緊張するというのに、違うことでも緊張してしまうと内心嘆いた。
ヴィクトールは涼しい顔で用意された客室へと入ったが、エマは先程の緊張とは違う緊張を抱えて客室に入った。
旅装を解くと、ナタリーはいつも以上に丹念にエマの支度をしてくれる。
ドレスは、ヴィクトールが選んでくれたサックスブルーのものにした。
ノクス辺境伯夫人は、普段着として用意してくれていたがこのドレスはエマが持っている外出着よりも余程豪華なものだった。
非公式な呼び出しではあるし、失礼な装いではないだろう。
何よりも、ヴィクトールが選んでくれたものでもあるし、彼の瞳の色にも似ている。
「ヴィクトール様がくださったネックレスもするわ」
アメジストのネックレス。
貰った当初は、その色を見ると正直苦しい思いがあったけれど、今は前ほどには思わなくなっていた。
むしろ、ヴィクトールがくれたネックレスは、自分の瞳の色に合ってよく似合っている、とも思うようになった。
なぜ、あんなに気にしていたのか。
ナタリーがいつものように「やっぱりお似合いです」と言ってくれた。ナタリーの言葉も素直に受け止められる。
「ヴィクトール様がいらっしゃいました」
レイヤードの声が扉の向こうで聞こえた。
「どうぞ」と言うと、ヴィクトールが部屋に入った。
ヴィクトールもエマ同様、準正装といった装いではあったが、普段の彼と違うスーツ姿に、胸がドキッと高鳴る。
私が贈ったカフスをさっそく使ってくれている。
私に嬉しそうにヴィクトールがカフスを見せた。
「君の……色だね」
ヴィクトールが、私の耳元でそっと囁いた。
私が贈ったカフスは、プラチナにアメジストがアクセントになっている。
エマの、銀の髪に、紫の瞳を思わせるものだった。
恥ずかしかったが、ノクス辺境伯夫人と相談して、ヴィクトールなら喜んでくれるのではないかと思った。
そして、満面の笑みのヴィクトールを見ると、恥ずかしさに打ち勝ってこれにして良かった。
ヴィクトールの胸には、紫のチーフも飾られていた。
私の……色? カフスと合わせてくれたのか。それとも事前に用意してくれていた……?
ヴィクトールがどういう思いは分からなかったが、エマは体温が上がるのを感じた。
ヴィクトールは私の装いを見て、満足気に微笑んだ。
「エマ、今日はいつも以上に美しいな」
いつもは揶揄いの社交辞令と思うが、ヴィクトールの社交辞令も快く受け止めた。
今日は戦いのための武装だ。
「ナタリーが頑張ってくれました」と、ヴィクトールに微笑んだ。
いつもと違う返しに戸惑ったのか、ヴィクトールは少し動揺したように僅かに瞳が動いた。
エマはヴィクトールの腕に手をそっと添えた。
ついに王太子と対面の時が来た。




