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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ


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第1話 辺境領の聖女?

第1話 辺境領の聖女?


ノクス領の診療所は、近年増えた魔物の影響で野戦病院と化していた。

思ったよりも酷い状況だわ。無理を言って来てよかった。

エマは、酷い怪我を負った騎士たちを見て眉を顰めた。

この状況を知って、何もしないわけには行かない。

ましてや、エマはこの地に嫁ぐ身、他人事ではない。

ケイティの力には到底及ばないけれど…。

私はこの中で最も深手を負っている騎士の手を握った。

そんな私の後ろには護衛騎士として着いて来たレイヤードが背後に立ち、侍女のナタリーが私の傍にそっと寄り添った。

二人は、エマを守るべく周囲に目を光らせていた。


「リュクノール侯爵令嬢様、何を…」


心配そうに老医師が私を止めようとしたが、レイヤードは眼差し一つでそれを制した。

私は集中するために、静かに瞳を閉じた。

ルーク王国では不気味といわれる紫の瞳。

老婆のようだと嘲笑われた癖のある銀髪はフードで隠せても、瞳の色は隠せない。

不気味令嬢と言われた私の行動が、さぞや恐ろしかったことだろう。


「病は瘴気の偏りに過ぎない。闇はそれを均す力」

祖父の教えを心の中で繰り返した。


「リュクノール侯爵令嬢様、その者はもう…手の施しようがありません。どうか最期は安らかに迎えさせてやってください」


どうか後生をと言わんばかりの言いぐさだ。

私が呪いでもかけようとしているように見えているのか。老医師の訴えに、集中が削がれる。


「静かにして」

「しかし…」


依然黙らぬ老医師のことは無視するしかない。

騎士の患部にそっと触れ、私は深い祈りを捧げた。

魔物の瘴気によって受けた傷であるなら、なんとか中和できるはず…。

祈りを捧げて暫くすると、騎士はポウ…と、仄暗い光に包まれた。

その微かな光は目を凝らさないと見えないほどだろう。ケイティの光魔法とは違う。

でも、私の闇魔法でも転用すれば回復させる力になる。それを教えてくれたのは祖父だった。

微かな光に全身が包まれたあと、回復不能と言われた騎士のまぶたがピクリと動き、ゆっくりと瞳を開けた。

彼は優しいヘーゼル色をした瞳だった。先ほどまで自由にならなかった身体が動く。

騎士は自分の身体から発せられる微かな光に気が付いたようだった。


「これは…」

「き、奇跡だ…」


先程までしつこく私に進言をしていた老医師が目を丸くしていた。

エマはケープのポケットから出した小さな薬瓶をいくつか老医師に渡した。


「…これは?」


始めてみる薬に老医師は戸惑っているようだった。


「怪我のひどい騎士様にはこれを。こちらの騎士様も、いまは一時的に回復しているだけですから。

継続的治療には薬を使用して再生させる必要があります」

「この薬は一体…」


私が持っていたものは一般流通品ではない。

あまり言いたくなかったが、ここの騎士たちを回復させるには仕方がない。

観念して私は老医師の問いに答えた。


「…私が、調薬したものです」

「侯爵令嬢様が…」


折角共を最少人数にしたというのに、そんなに侯爵令嬢と連呼されては叶わない。


「怪しい物ではありません。効能も確認しております」


訝し気な視線を感じ、思わず強い口調になる。老医師は慌てた様子で「もちろんでございます」と薬瓶を受け取った。

私と老医師のやりとりを、目覚めたばかりの騎士は信じられないように見ていた。


「聖女…様…」


回復した騎士様が、私の方をじっと見つめ、呟いた。


「いえ、私は…」


騎士のつぶやきにエマは慌てた。しかし、騎士は言葉にしたことで確信したようだった。

周囲の騎士たちもそれに倣い、救いを求めるようにエマに「聖女様」と呼びかける。


「聖女様! ありがとうございます!」


目覚めたばかりの騎士は、こうはしていられないとばかりに起き上がると、私の前に恭しく片膝をつき、忠誠を誓うポーズを取った。


「やめてください。あなたはまだ全開しているわけではないのです」


そう。闇魔法の力で一時的に回復しているだけに過ぎない。

闇魔法の中和は、光魔法の回復とは似て非なるものなのだ。


「聖女様、私はあなた様に永遠の忠誠を誓います」


だから、私は聖女ではないと言っているのに。

野戦病院化した診療所では、傷だらけの騎士たちが私をキラキラした瞳で見ていた。


◇◇◇


他の騎士の瘴気も中和していると、バタバタと騒々しい音が聞こえる。

扉を見やると、紺色の髪にアイスブルーの瞳の貴公子が共を引き連れて立っていた。

ノクス・ヴィクトール卿。エマの婚約者となった男だ。騎士服を着ていると、一層凛々しく見えるとエマ

は彼を見た。


「ヴィクトール様!」


ヴィクトールの登場に傷を負った騎士達が一層活気付く。

絶望の中にあった診療所に、一筋の光が差し込むのをエマは感じた。

やはり、ノクス卿の存在感は凄いわ。

氷のように冷たいと評されるアイスブルーの瞳が美しい。

魔物の返り血なのか、騎士服は赤黒く汚れていたが、ヴィクトールに大きな怪我はなさそうだ。

ホッとしていると、ヴィクトールが厳しい視線を向けた。


「エメリン…嬢か」


フードを目深にかぶる私に、ヴィクトールは確認するように言った。

私は、ケープを脱ぎ、淑女の礼をした。

フードを取った瞬間、私の髪色に視線が集中したのは気のせいではない。

この髪色は、この国では悪目立ちする。


「はい、ノクス卿。エメリン・リュクノール、先ほどノクス領に到着致しました」

「なぜあなたがここに? 屋敷に行かなかったのか?」

「はい。お屋敷にお伺いいたしましたが…。

ノクス卿がこちらにいらっしゃるとお伺いしましたので、失礼ながらご挨拶にと」


この状況で挨拶に来たというのは信じがたいだろうか。

ヴィクトールは突っ込みどころ満載の私の言い訳を詰めはしなかった。

それよりも、ここで起こった「奇跡の内情」を知りたいようだった。


「これは…一体、どうしたのだ」

「それは……」


私が言葉を躊躇っていると、惚けていた老医師が生気を取り戻した。


「失礼ながら、ヴィクトール様。私が説明させていただきます。

リュクノール侯爵令嬢様が、先ほどこちらにいらっしゃり、再起不能だった騎士達を…回復させてくださいました。この薬も…」


老医師が差し出したものをヴィクトールが手に持つ。

ヴィクトールは初めて見る薬をマジマジと見つめた。


「ご令嬢が…作られた、と。怪我にも効くそうで」

「エメリンが?」


ヴィクトールの瞳が、再びフードで顔を隠すエマを捉えた。


「怪しいものではありません。効能も確認しております」

「疑っているわけではない」

「失礼致しました」


ヴィクトールは、騎士の身体から私の手を離すと、瘴気を中和させた患部に手を触れて確かめていた。


「痛みはあるか?」

「全くございません。リュクノール侯爵令嬢に癒していただいたおかげです」


騎士たちは変わらず私にキラキラした瞳を向けてくる。胸の奥がぎゅっと縮む。


「癒して、いただいた……?」


ノクス卿は不思議そうに騎士の言葉を繰り返した。


「エメリン、君は…まさか、聖女、なのか?」


騎士の回復した患部を見て、信じられないという顔をヴィクトールはした。


「いいえ、ノクス卿」


嘘ではない。

私は忌み嫌われる闇魔法の保持者だ。

聖女なわけがない。

ヴィクトールまで、一体何を言い出すのか。

診療所中の注目が注がれるのを感じ、私は小さな身体を、より一層小さくしなければらならなかった。


「エメリン。君とはもう少し膝を詰めて話をしなければならないみたいだ」


ヴィクトールは私を見下ろすと、淡々と告げた。

ヴィクトールの低い声に、私の胸が小さく跳ねた。

ヴィクトールは、居心地悪く身を縮める私の手を引いた。

勢いよく引き上げた瞬間、ヴィクトールの胸にエマの身体が触れた。

ほんの少し、身体が触れただけだったが、エマの身体は石のように固くなった。

エマのそんな反応に気づいたヴィクトールは、小さくため息を付くと「先に戻っているように」と耳元で囁いた。

ヴィクトールの低音が、エマの身体をビクッと震させた。

ヴィクトールはそんなエマの様子に、手を軽くおでこに当てていた。

呆れさせてしまったわ。

こんなちょっとした触れ合いに驚くなんて、婚約者としての自覚が足りないと思われているのかもしれない。

エマはヴィクトールの様子に不安を感じながら、馬車に揺られながら屋敷に戻った。

ここに赴いたのは結婚の準備のためだが、ヴィクトールはそれ以外に何を話そうというのだろうか。

診療所の起きたこと? 私自身のこと?

それとも、私たちの婚約を見直す、なんて話では…?

私は憂鬱な思いで、屋敷への道のりを馬車に揺られていた。

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