第7話 魔王の娘と仮入居する件
「こちらです」
冒険者ギルドから徒歩二十分。
王都の主要通りから離れた郊外に、その家は建っていた。
周囲には他に建物がなく、意図的に喧騒から離れた場所に建てたことが伺える。
誰も近づくことがないのだろう、家の周りの草は伸び放題であった。
しかし、冒険者ギルドの管理下だけあって、玄関に続く道だけは草が刈られていた。
モガが扉を開けると、家の中からは生暖かい空気が漂ってきた。
人間が住める形を維持するために最低限の掃除はしているが、それでも人間がいない時間の方が長い。
外から隔離された家の中には熱気と埃が籠っており、訪問者に嫌がらせの様な歓迎をする。
「げほっ! ごほっ!」
「げほん! ごほん! 埃っぽいのじゃ」
埃の混じった空気を思いっきり吸い込んでしまったアルハとムニは、扉の前で大きくせき込む。
唯一、そうなることを知って息を止めていたモガだけが、平然な顔で立っている。
「埃っぽいのでお気を付けください」
「……早く言ってください」
モガはアルハとムニを連れて、家の中を一通り案内する。
家の中にはベッドや食器が置かれており、すぐにでも仮住居を始められる準備が整っていた。
どれもこれも、最低限の清掃はされているが、やはり使われていないのだろう薄っすらと埃が乗っている。
「以上で、説明を終わります。何か質問はありますか?」
「いえ、ありません。ありがとうございます」
「はい。では、三日後までに、正式に契約するか否かをギルドまでご連絡ください」
モガはアルハに鍵を渡すと、一礼をして家から出ていった。
扉が閉まった後、この場は完全にアルハとムニの独占となった。
「アルハ! 見よ! 風呂があるぞ!」
「あるね! 近くに川があるらしいから、水を運んでこないと!」
「その必要はない! 妾の魔法を使えば、この通り」
「おおお! お湯が! ムニ! 君、魔法を使えるのか!?」
「ふふふ。このくらい、魔族としては当然だ!」
「でかした!」
「風の魔法で、家中の埃だってポポイのポイじゃ!」
「よっ! さすが魔王の娘!」
新居が手に入った喜びで、アルハとムニのテンションは最高潮。
高ぶった感情のまま家中を走り回り、汚れという汚れを落としていく。
そして、仮入居というのも忘れててきぱきと生活の基盤を整えていき、気が付けば夜も更けていた。
「……妾たちは、いったい何をしていたのじゃ?」
「……さあ。何かに、憑りつかれていたんじゃないかな」
ピカピカになった床の上。
アルハとムニは一階の天井を見上げて、大の字に寝っ転がっていた。
さっきのさっきまで、何故自分があんなにもエネルギッシュだったのか、今の二人にはわからない。
「……お風呂に入って寝ようか」
「……そうじゃな」
ともかく、疲労が溜まっていることだけは事実だ。
二人は立ち上がって、いそいそと着替えの用意を始めた。
「ムニ、一人で入れる?」
「馬鹿にするな。風呂くらい一人で入れるわ。しかし、人間の家のことは勝手がわからぬ故、共に風呂に入って妾に手を貸すことを許すぞ?」
「……魔族とは言え、幼女と一緒にお風呂って倫理的にどうなんだ」
「妾の着替えを手伝った者が、よく言うわ。それともお主は、幼子の肢体に欲情する癖でももっておるのか?」
「いや、ないけど」
「ならば問題は無かろう」
アルハはただの十八歳。
妹もいなければ、実の娘もいない。
ムニという女の子をどう扱うべきか、改めて壁にぶつかった。
しかし、ムニ自身が裸体を見られることを気にも留めておらず、ムニ自身の強引さも相まって、問題ないかと割り切った。
否、単純に疲労で頭が回っていなかっただけかもしれない。
「じゃあ、行こうか」
「うむ」
アルハとムニは立ち上がって、浴室に向かって一歩歩いた。
部屋の明かりが突然消えたのは、その瞬間だ。
「なに? 灯りが?」
「うおおお! なんじゃ突然! 曰くってやつか? よし、妾が倒してくれる!」
「痛っ! ムニ……。それ……ぼくのお腹……」
「おお、すまぬアルハ。どうりで、曰くにしては柔らかいと思ったのじゃ」
「曰くって……硬いの……?」
暗闇の中に、アルハとムニの足音が響く。
その音を先導に、部屋に置かれた家具や荷物が音を立てて揺れ始めた。
「デテイケー。デテイケー」
いつの間にか開いていた窓から冷たい風が入ってきて、風に乗って不気味な声が聞こえた。
風と声はアルハとムニの周囲を回り、円を小さくするようにゆっくりと近づいてくる。
「とりあえず、灯りを付けよう」
ムニは声を恐れることなく、人差し指の先端に火をともした。
小さな火は、アルハとムニの顔を暗闇に浮かび上がらせる。
声は、獲物を見つけたかのように、アルハとムニへと近づいてきた。
「デテイケー。デテイ…………ムニ様!?」
「お?」
「何故、ムニ様がこのような場所に!?」
声がムニに近づいた時、冷たい風が突然消えて、おどろおどろしい声が焦った声へと変わった。
そして、暗闇に二つの目がギョロリと浮かび上がり、目線をムニからアルハへと移した。
「人……間……?」
二つの目は、アルハを見て目を丸くし、次の瞬間に怒りでつり上がった。
「まさか貴様、ムニ様を攫ったのか! おのれ、人間の分際で!」
「え?」
「許せぬ! 燃えカスにしてくれる!」
「え?」
二つの目は閉じ、完全に闇へと潜む。
その後、二つの目があった場所に紫色の炎がメラメラと燃え始めた。
紫色の炎は五つの突起を生み出すように広がっていき、人型へと形を変えた。
頭に該当する突起には三つの穴が開き、炎の奥に浮かぶ瞳と歯がそれぞれを二つの目と一つの口であることを教えてくれた。
「おお。お主もしや、ナミルか?」
自分の名を呼ばれたことで、ムニは自身を呼んだ存在の心当たりを考えていた。
そして、紫色の炎――ナムルが姿を現すと、ムニは納得した顔をして手を叩いた。
だが、怒りに震えるナミルには、ムニの声が届かなかった。
ナミルは宙に浮かんだまま、アルハに向かって燃える拳を振り上げた。
「ムニ、知り合い!? なら、早く止め」
「ワタクシは今、憤怒の炎で燃えている!」
アルハは即座にムニへと声をかけたが、ナミルの拳はそれよりも速かった。
アルハは剣をとるため手を腰に伸ばそうとしたが、修理に出していることを思い出して動きを止めた。
素手で受け止めても火だるまになることが目に見えていたため、床を思いっきり蹴って右へと飛んだ。
アルハという対象を失ったことで、ナミルの炎の拳が床を打つ。
「あ」
一言零すムニの目の前で、ナムルの拳が衝突した床が砕け割れ、砕けた床と飛び散った破片が炎で包まれる。
燃えた破片は周囲の床や家具へと落ち、落ちた先でさらに炎を燃え上がらせる。
先程まで真っ暗闇だった室内は、四方八方で燃える炎によって明々と照らされていた。
避けたアルハはゴロゴロと床を転がり、上体を起こしたところで背中が壁にぶつかった。
最初に視界に入ったのは、拳を床から離すナミルと、燃え盛る新居。
「あ……家が……。まだ……仮入居……弁償……。あはは……」
お試しとして住んでいる家。
その所有権は、当然アルハにはない。
弁償という最悪の出費を想像したアルハは、乾いた笑いを零しながら白目をむき、その場で気を失った。
背中を壁にズリズリと這わせながら横に倒れていき、最後には床へと倒れ込んだ。
そんなアルハを指差し、ナムルは笑う。
「ははは! なんと情けないやつだ。ワタクシの一撃で気を失うとは。だが、ムニ様を攫った罪は、そんなことでは消えんぞ」
ナムルは手足の炎を右て拳に集め、先の四倍もの大きさの拳を振り上げた。
そして、アルハに向かって突進する。
「全身灰となって償え人間! ワタクシは今、殺意の炎で燃え」
「なにやっとんじゃあああああ!」
が、ナムルの拳がアルハに届くことはなかった。
怒りの形相のムニが風よりも速い動きでナムルに接近し、ナムルの顔面をぶん殴った。
「ぶぎゃあっ!?」
ナムルの体はムニの拳が突き出された方向へと吹き飛ばされ、新居の壁を砕いて外へと放り出された。
家の外に何の遮蔽物もないことが災いし、空中を一直線に進んでいく。
空気を切る力でナムルの体が小さく刻まれ、火の粉となって体から離れていく。
頭部も手足も失うほど小さくなってようやく、ナムルは地面に落ちることを許されて、強い衝撃と共に墜落した。
一方のムニは、水の魔法で燃え広がる炎を鎮火した後、焦げた室内と砕けた壁を見て膝をついた。
両手で頭を抱え、目から大粒の涙を零す。
「わ、妾の新居があああああ!?」
壁の穴から飛び出たムニの叫び声は、遠く遠くで倒れるナムルの耳にまで届いていた。




