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第6話 魔王の娘と家探しをする件

 時刻は、朝と昼の丁度間。

 一獲千金を目指す気合いの入った冒険者たちと、遠方のダンジョンを目指す冒険者たちが出払った後。

 今ギルド内に滞在する冒険者たちは、日銭を稼ぐための依頼を求める者たちが大半だ。

 故に、受付の列も比較的少ない。


 アルハとムニは、無数の冒険者からの注目を浴びながら、誰も並んでいない受付のカウンターへとまっすぐ歩いた。

 アルハが近づくと、カウンター奥に座っていた女――モガが立ち上がり、ぺこりと一礼した。

 茶髪のおかっぱがさらりと雪崩れ、顔をあげると元に戻った。

 

「ようこそ、冒険者ギルドへ。冒険者カードの提示をお願いします」

「どうぞ」


 アルハは、何度も冒険者ギルドを訪れている。

 当然モガは、アルハの顔と名前を知っている。

 それでも冒険者カードの提示を求めるのは、規則をきっちり守るモガの性格と、変装をして他人を騙る愚か者を炙り出すための対策である。


 モガはアルハから受け取った冒険者カードを、カウンター裏に描かれた小さな魔法陣へかざす。

 魔法陣は薄い光を放ち。光がくるくると回転する。

 時計回りであれば本物、逆時計回りであれば偽物という、シンプルな真偽判定の魔法だ。


 時計回りであることを確認したモガは、冒険者カードをアルハへと返却する。


「ご提示ありがとうございます。アルハ様本人と確認が取れました」

「ありがとうございます」

「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「実は、新しい家を探していまして」


 モガは、アルハが差し出す封筒を受け取り、中を確認する。

 封筒の中にはウーテル直筆の手紙が入っており、みなし子を引き取ったが故に宿を出て行かなくてはならなくなったアルハに、新しい家の便宜を図って欲しい旨が書かれていた。


 冒険者ギルドでは、冒険者に対して提携する宿を紹介する仲介業務も請け負っている。

 その際に必要となるのが、宿を経営する者との信頼関係だ。

 

 ウーテルの宿は、冒険者ギルドにとって優良な提携先だ。

 何故なら、ウーテルの宿は、新人冒険者の受け入れにも積極的なためだ。

 本来、新人冒険者という存在は、収入が不安定であることから、宿の経営者が受け入れを敬遠しがちだ。

 よって、冒険者ギルドとしても、紹介先に頭を悩ませている。

 その紹介先に手を挙げているウーテルの宿は、冒険者ギルドにとって関係を維持しておきたい宿だ。

 そんな相手からの頼みとあっては、むげに断ることなど当然できない。


 モガは、アルハの後ろに立つムニを見て、手紙の内容が真実なのだろうと判断する。


「わかりました。こちらへどうぞ」


 モガはカウンターの外に出て、冒険者ギルドの二階に続く階段へアルハを案内する。

 冒険者ギルドの一階は、受付と短時間で説明の終わる依頼を授受する場。

 二階は、時間を要する説明を行うための会議室が設置された場。

 モガの後に続いて、アルハとムニは二階へと向かい、会議室の中へ通される。


 会議室には木でできた長机と椅子、そして本と書類が並ぶ棚があった。

 アルハとムニは促されるままに椅子へ座り、モガは棚の前に立つ。


「新しい家ですが、今まで通り一部屋を希望しますか? それとも、一軒家を検討しますか?」

「どっちがお勧めですかね?」

「子連れとなれば、一部屋での貸し出しは数が大きく減るうえ、制限事項も多くなります。お金に余裕があるのでしたら、一軒家をお勧めいたします」

「……ちなみに、家賃ってどのくらい上がりますか?」

「そうですね。今までの、ざっと五倍から十倍を見ていただければ」

「じゅっ……!?」


 家賃の上り幅に、アルハの気が一瞬遠くなる。

 額に手を当てて頭が後方に倒れかけ、すぐに元の位置に戻す。


「購入という形も御座いますよ。冒険者ギルドからお金を借りてローンを組み、月々一定額を返済という形もとれます。もっとも、数十年かけての返済になりますので、安易に引っ越すことができなくなりますが」


 アルハの衝撃をよそに、モガは淡々と提案を進めていく。

 本来、冒険者となって数年の相手にローンという提案などしない。

 冒険者など、明日死ぬ可能性がある危険な職業なのだから、冒険者ギルドにとって金銭的なリスクとなる。

 しかし、今回はウーテルの宿からの頼みもある。

 冒険者ギルドの利益を多少削ってでも、アルハにとっての最善を見繕っていく。


「一部屋と一軒家を借りる場合と、一軒家を購入する場合、一応全部見てみたいんですけど」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 長考したアルハの出した結論は、なんとも優柔不断な物だった。

 しかしモガは嫌そうな表情一つすることなく、淡々と棚から必要な書類を集めていく。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 机の上に広げられた書類に、アルハは目を通していく。

 書類には、家の外観と内装のイラストと、簡単な説明文が書かれていた。

 ムニもまた新居に興味が引かれるようで、椅子の上に立って書類を覗き込む。

 モガは二人が確認している間に、お茶を二杯用意し、二人の近くへと置いた。


「この部屋は、二人で住むには十分だけど、かなり僻地だな。スラム街も近いから、治安も悪そうだし」

「アルハ! これなんてどうじゃ! 今の宿からも近いぞ!」

「確かに…………高っ!?」


 世の中は、トレードオフだ。

 立地や設備が良ければ、その代償として多額の金を支払わなければならない。

 何が必須で何を諦められるか、そんな判断力が家探しには求められる。


「アルハ! アルハ! この家なんてどうじゃ! 妾の前の家にそっくりじゃ!」

「貴族街じゃん! 無理無理無理!」

「この、大金貨千五百枚というのは高いのか?」

「ぼくが一生かかっても稼げない額だよ!」


 モガは、しばらくアルハたちのやりとりを静観していた。

 アルハたちが住む家に、自分が口出しをすべきでないと考えたためだ。

 同時に、このままでは決められずに終わるだろうと、過去の経験から察してもいた。

 

 モガは、差し出した書類の中から割引できる家はなかったか、まだ出していない家の中にアルハの手の届く家はなかったか、アルハたちに追加で提案できる情報を記憶から探る。


「そう言えば、もう一軒だけアテがありました。訳ありですが」


 そして、モガは棚から追加で一枚の書類を引っ張り出し、アルハの前に置いた。


 販売型の一軒家。

 一階に一部屋、二階に二部屋、調理場も浴室もついている。

 二人で生活するには十分すぎる間取りである。

 冒険者ギルドから少し離れてはいるが、朝から仕事を請け負うにも十分間に合う距離だ。

 そして、何より驚くべきが、その価格。

 冒険者ギルドから金を借りることになるとはいえ、相場の三割を切っている。


「いい」

「うむ、悪くないのう」


 そうなれば、後の懸念事項はモガの言った『訳あり』の部分だけである。

 アルハとムニの顔がモガに向くと、モガはわかっていたように口を開いた。


「この物件は、他国の商人が王都滞在用の別宅として建築した物です。しかし、いざ住んでみると商人が体調を崩したり、夜になると物音が鳴ったりと、不可解な事件が多発したためすぐに手放しました。その後、何度も持ち主を変えてきましたが誰一人として住み続けることができず、巡り巡って今では冒険者ギルドがお預かりをしています」


 モガの説明が終わったとき、アルハとムニは顔を見合わせ、ハイタッチをしていた。


「ここだ。ここにしよう!」

「うむ。この距離なら、ビッグピッグの肉も食えそうじゃ!」

「私のお話、聞いてました?」


 モガは思わず首を傾げる。


「聞いてました! 健康には自信あるので大丈夫です!」

「妾もじゃ! 夜の物音など、妾が倒してくれるわ!」

「……わかりました。では、さっそくご案内しますね」


 事態を重く受け止めていない二人を見ても、モガは動じることはなかった。

 過去にも、自分なら大丈夫だとこの物件に手を出す冒険者は山ほどいたからだ。

 ただし、全員もれなく出ていった。

 それでも未だに冒険者ギルドが誰かに貸そうとするのは、物件に住んだ人間が怪我をしたり命を落としたりしていないからである。


 モガは金庫から鍵を一つ取り出して、会議室の扉へと歩き始めた。


「では、さっそく参りましょう。曰く付きの物件故に、まずは三日間仮入居をしていただき、問題なければ正式にご契約という形をとらせていただきます」

 

 モガからしてみれば、追加提案できる家を考える時間が伸びただけである。

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