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第5話 魔王の娘と冒険者ギルドへ行った件

 早朝。

 アルハはウーテルの宿の前で、日課の素振りを行っていた。

 冒険者にとって、技術と体力は最も重要な資産。

 故にアルハは、冒険者となって以降、この習慣を一度も欠かしたことがなかった。


「おう。精が出るな」

「ウーテルさん。おはようございます」


 ウーテルの宿を拠点としてからは、朝食の仕込みのために早起きするウーテルと挨拶をするのも日課に追加された。

 ウーテルは元冒険者。

 現役と言われる二十代を冒険者として過ごし、魔物に襲われ怪我をした三十五歳で引退。

 以降六年間は、夢であった宿屋を開き、若い冒険者のためのサポート役に回っている。

 そんなウーテルだからこそ、ひたむきに努力するアルハのことは好ましく思っている。


「あー、なんだ。一応、確認だがな」


 好ましく思っているからこそ、言いにくそうに口を開く。

 少し淀んだ空気に、アルハは素振りを止めて、ウーテルの方へと向いた。


「お前、これからは昨日の嬢ちゃんと暮らすつもりなのか?」

「そう、なりますね」

「そうか。なら、わかってるとは思うが、この宿からは出てってもらうことになる」

「……はい」


 ウーテルの言葉に、アルハは首を縦に振った。

 ウーテルの宿は、単身の男冒険者向けの宿。

 つまり、ムニという女と同居するアルハは、宿泊客の対象外となるのだ。


 ウーテルの本音としては、みなし子と言われたムニを追い出すのも、それを引き取ることにしたアルハも、追い出すのは忍びない。

 しかし、アルハ一人のために、特例を作るわけにもいかない。

 ウーテルの宿を今後も経営していくために、ウーテルにはアルハを宿に残すことはできなかった。

 アルハも、それを理解していた。


「あの嬢ちゃんを、孤児院に預けるって方法もあるが」

「いえ。ぼくが引き取ったので、ぼくが面倒を見ます」

「そうか。いや、すまん。無粋なことを言った」

「いえ、ウーテルさんの心遣いだとわかっていますので」


 アルハとウーテルはしばらく互いに見合い、どんな言葉をかけるのが適切かを考えた。

 励まし合う場面でもなければ、別れの言葉をかけ合う場面でもない。

 ウーテルは自分の頭をガリガリと掻いて、服の中から封筒を一つ取り出した。


「部屋だが、もちろんすぐに出て行けとは言わねえ。次の家を探さねえとならねえだろうしな」

「助かります」

「探すのは冒険者ギルドでだろ? 便宜を図ってくれと、一筆書いといた。すまんが、俺にできることはこのくらいだ」

「いえ、とても助かります。ウーテルさん、ありがとございました!」


 アルハは、ウーテルから封筒を受け取る。

 ウーテルはその後も何か言いたそうにしていたが、「じゃあ、素振り頑張れよ」と一言残して、宿の中へと戻っていった。

 アルハもまた、「はい」と一言だけ返し、素振りへと戻った。






「うーむ。よく寝た」


 ムニが目を覚ますのと、アルハが部屋に戻ってくるのは同時だった。

 薄い生地の寝間着を纏ったムニは、上体を起こし、両手を挙げて背筋を伸ばす。

 そして、眠そうな目をこすりながらアルハを見た。


「ああ、起きてたんだムニ」

「うむ。たった今しがたな」

「さっそくで悪いんだけど、出かけるから着替えてくれない?」

「構わぬが、こんな朝からどこへ行くというのじゃ?」


 ムニは体の向きを変えて、脚をベッドの外へぶらんとたらす。

 そのまま上着に手をかけ、上着を脱ごうと上にあげる。


「家探し。この部屋、でないといけないから」

「ふーん。この部屋を……なんじゃとお!?」


 ムニは、裏返った上着で顔をすっぽり覆ったまま、驚きのあまり立ち上がろうとした。

 が、視界がふさがっているうえに、脚は宙に垂れ下がっている。

 無理やり着地しようとして体勢を崩し、そのままベッドの下に横転した。


「ぎゃふんっ!」

「ムニ、大丈夫?」


 ムニは床に転がったまま体を左右に転がし、力づくで上着を破って顔を出した。


「あ、宿から借りた服……」

「この部屋を出るとはどういうことじゃ!? あ、わかったぞ。一人では狭いから、別の広い部屋に移るのじゃな?」

「いや、この宿からの引っ越し」

「なんでじゃあっ!?」


 真っ二つに割かれた上着が、床へと落ちる。

 ムニは上半身裸のままアルハに近づき、アルハの服を両手でつかむ。

 ムニのあられもない姿を前に、アルハはムニから目を背け、ムニに揺らされるままとなる。


「嫌じゃ、この宿がいい! この宿のビッグピッグは最高じゃった! また食べたいんじゃ!」

「それは、ぼくも同感だけど」

「なら何故じゃ! もしや金か? 金なら、妾も一緒に金を稼ぐ故!」

「ここ、単身の男向けの宿だから」


 アルハは、宿のルールを説明した。

 最初は理不尽と戦うといった表情をしていたムニも、説明が進むごとに眉を下げていく。

 アルハの服から手を離し、がっくりと首を垂れた。


「妾の……せいか……」

「いや、そんなことないよ! どのみち、いつかは出て行かないとなーって思ってたから! ほら、冒険者を始めてもう三年だし、そろそろ大きな部屋に引っ越したいなーって思ってたところだし!」


 目に見えて落ち込むムニを、アルハは焦ってフォローする。

 手を何度も上下に動かして、言葉にも動きにも落ち着きがない。


「すまんな……。勝手に義父にしたうえ、居場所まで奪ってしもうて」

「だから、大丈夫だって! ほら、お腹空いてない? 酒場で朝食も食べられるんだ。とりあえず、ご飯を食べよう!」

「……うむ」


 結局アルハはこれ以上の慰め方がわからず、ムニを着替えさせてから食堂へと連れて行った。

 落ち込んでいる時や悩んでいる時は、満腹になることが特効薬だと知っていたから。


「いただきます!」

「……いただきます」


 食欲のなかったムニは、三人分の朝食をペロリと平らげた。

 アルハの朝食の支払いは、一人で食べる時の四倍。

 

「ははは……フルーツ当てたのがチャラ……」


 元気なくムニが口を拭く横で、アルハは昨日のウーテルの気持ちを追憶していた。






 「で、向かう先は冒険者ギルドでいいんじゃな?」


 時間を置き、多少の元気が戻ったムニは、さっそくアルハと家探しに出かけた。

 ムニは地図を広げながら歩き、後ろを歩くアルハへと尋ねる。


「そうだけど、ぼくってそんなに信用ない?」

「ない!」


 本来であれば、王都に住んで長いアルハが先導する場面であろう。

 しかし、昨日一日でアルハの方向音痴に気づいたムニは、決してアルハに先頭を歩かせなかった。

 ウーテルから地図を借り、ウーテルに宿の位置と冒険者ギルドの位置を教わり、アルハを先導していた。


 王都は朝から活気づいており、大通りの脇にはいくつもの出店が出ている。

 そして、朝食を求める者やダンジョンの準備をする者で賑わっている。

 すれ違う人々の中には、ムニという小さな女の子にアルハという少年が先導されている光景に、怪訝な顔をする者もいた。

 しかし、人の多い王都では、変わり者など珍しくない。

 立ち止まることも話しかけることもなく、一瞬視線をやっただけですれ違った。


「えーっと、ここを右に曲がれば大きな建物が……あれか!」


 ムニはウーテルから教わった通りの道を歩き、冒険者ギルドの前へと到着した。

 通り道に立ってた民家や店と比べても、その規模は一回りも二回りも大きい。

 木造三階建ての建物の中からはたくさんの人の歩く音と話す音が聞こえ、一階の窓からは中の様子がうかがえる。


「アルハ、この建物であっておるな?」

「あってる。あってる……けど」

「けど、なんじゃ?」

「ぼくが一人で来るより……五倍は早く着いてる……。これが……魔族の力……」

「道に迷わんかっただけじゃ! ほら、さっさと入れい!」


 ムニはアルハの背後に回り、アルハの尻を蹴飛ばした。

 さすがに目の前に建物があれば迷うことはないだろうという想像の元。

 そして、冒険者ギルドという場所に入るならば、新顔の自分より入りなれたアルハが先導する方が余計なトラブルが降りかからないだろうという思惑の元。


「わかったよ」


 アルハは痛みを収めるために尻をさすった後、冒険者ギルドの扉を開いた。


 扉が開くと、ギルド内に滞在する冒険者たちの視線が、一斉に入口へと向く。

 無数の視線は最初にアルハを捕らえた後、すぐに後ろを歩くムニへと動いた。

 新顔の、品定めをするために。


(ひい、ふう、みい。百は超えておるのう。どいつもこいつも、雑魚ばかりじゃが)

 

 しかしムニもまた、自身に刺さる視線の持ち主を品定めしていた。

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