第54話 魔王の娘が商人と交渉する件
「邪魔をする。商会のトップはおらんか?」
ムニはたった一人で、タージールの商会へと訪れていた。
仕事で忙しく走り回っていた商会のメンバーは、小さな訪問者に首をかしげる。
商会に直接やってくる人間など、縄張りの調整に来る同業者と、珍しい商品を求める貴族くらいなのだから。
小さな子供に走り回られては構わないと、メンバーの男がムニの元へと向かう。
「こらこら。ここは、関係者以外立ち入り禁止だよ?」
「商会のトップに会いに来た」
「迷子かな? ご両親はどこ?」
「下っ端では話にならん。失せよ」
ムニは、近づいてきた男の首に触れ、魔力を注ぎこんだ。
「!? ……っ! ……!!」
男の首に纏わりついた魔力は、最初に声を奪った。
ぎりぎりぎりと首をゆっくり締めていき、呼吸を奪った。
酸素が脳に送られなくなり、意識を奪った。
ムニがパチンと指を鳴らすと、魔力が霧散し、意識を失った男はムニに掴まれた首をだらんと下げた。
商会内の空気が変わる。
皆が仕事のことなど忘れる。
ある者はすぐに逃げられる体制を作り、ある者は商会内部に入らせないよう武器をとる。
数十の大人と一人の子供が向き合う光景は、事情を知らない人間からすれば異常極まった。
ムニは得体のしれない空気の中、最も得体のしれない存在として邪悪な笑みを浮かべていた。
「なんの騒ぎですか?」
そんな異変を嗅ぎ取り、奥からタージールが現れた。
タージールは、入る前から感じていた、ただならぬ空気に眉を顰め、その原因であろうムニを見た。
いや、正確に言うと、仮面とローブによって何者かもわからない小さな存在を見た。
(意外と早いお出ましじゃのう)
ムニは、仮面の下でほくそ笑んだ。
面倒ごとが起きた時、トップの行動は二つに分かれる。
組織を束ねる物として率先して前に出る者、そして面倒ごとを部下に押し付け最後まで表に出ない者。
後者であれば面倒だと考えていたムニにとっては、嬉しい展開だった。
「貴様がこの商会のトップか?」
「そうですが、貴方は?」
「ム……ムルング!」
「ムルングさんですか」
得体のしれない存在に対して、タージールは子供扱いなどしなかった。
同業者と言論で交渉する時と同じように、一人の交渉人として相手と立ち会った。
殺せるはずだったメンバーを殺していない、その事実だけで会話による交渉を望んでいる、あるいは標的である自分以外を殺す気は無いと踏んだ。
ムニが男の首を離し、男がごとんと床に落ちたところで、交渉が始まった。
「それで、私にどのようなご用件でしょうか?」
虎が出るか蛇が出るか。
緊張を隠しながら尋ねたタージールを、ムニはびしりと指差した。
「お主たち人間に、宣戦布告をしに来た」
「……今、なんと?」
「これより一月以内、我ら魔族は人間社会に戦争を仕掛ける」
ムニより放たれた言葉は、タージールの想像の遥か上。
商会の持つ商品を全て寄こせ、商会の持つ金を全て寄こせ、といった盗賊の思想の遥か上。
人間社会の全てを寄こせと言う要求と同義だ。
タージールは思わず面喰い、しかしすぐに表情を強張ったものに戻した。
「宣戦布告、ですか」
「そうじゃ。お主たちは、我ら魔族を殺し過ぎた」
「貴方が魔族であるという証拠は?」
「これを見よ」
ムニがフードをとると、立派な角の生えた頭が現れる。
メンバーたちは恐れおののき、タージールも目の前にいるのが本物の魔族だとわかり、一層緊張を高める。
タージールにとっての救いは、目の前の魔族が手ではなく、口を動かしていることだ。
あらゆる弁をかき集めて、口以外の戦いにならないように、細心の注意を払う。
「……何故、私に?」
「んん?」
「仮に世界に宣戦布告をするのであれば、王城に向かってすればいい。戦う相手に宣戦布告をするのであれば、冒険者ギルドに向かってすればいい。何故、ただの一商人である私なのですか?」
「そ、それはじゃな。えーっと……」
魔族が攻めて来ることさえ伝えれば、タージールが動くだろうと言う甘い見通しで来たムニである。
丁寧なロジックも、綿密なロジックも、用意が足りない。
タージールの言う通り、宣戦布告であれば王城や冒険者ギルドにすべきだったとムニは素直に反省をした。
が、すでにタージールに対して宣戦布告を終えており、今更撤回などできない。
ムニは、強引に話を繋いだ。
「たまたま、見かけたからじゃ」
「……たまたま?」
「ええい、喧しい! 魔族に王城だの冒険者ギルドだの、人間の建物がわかると思うな! 大きい建物があったから、ここに宣戦布告することにしたんじゃ!」
タージールに有無を言わせぬよう、大声で叫び倒した。
そして、叫んだ後に追加の指摘をされるのを避けるため、右手に魔力を溜めてタージール商会の床へと叩きつけた。
床全体がひび割れる。
「まずい! 皆、建物の外へ避難しろ!」
危険を察したタージールが叫んでいる間に、ひびが壁を、そして屋根を侵食していく。
「遅い」
ひびだらけになった床を、ムニが軽く踏みつける。
瞬間、建物が瓦解した。
床は水平を保てず粉々に、壁も屋根も砕け、雨のように瓦礫を振らせた。
「ひいっ!」
「きゃあっ!」
商会の面々は頭を庇いながら、建物の外を目指す。
瓦礫は商会の中にあった荷物に降り注ぎ、次々と荷物を潰していく。
タージールも、ムニから視線をそらさないまま、建物の外へと走る。
あらゆる交渉は、命あってのものだ。
突然崩れた建物に、町の者たちも何事かと瓦礫の近くに集まって来る。
崩れ去った商会の建物の一部を囲むように、人々が立ちすくんでいた。
そんな中、瓦礫を跳ね除け、ムニが現れた。
腕を組み、宙に浮かび、人々を見下ろしていた。
「良いな? 一月以内に、我らは人間社会を滅ぼす。死にたくなければ、抵抗してみせよ! 人間ども!」
そして、周囲の全員に聞こえるように叫んだ後、どこへともなく飛んでいった。
人々は、その後ろ姿を、ただ見送ることしかできなかった。
真っ先に現状を理解したタージールは、商会の建物の損壊を嘆くより速く、部下へと指示を飛ばした。
「すぐに、冒険者ギルドへ連絡を。一月後、魔族が攻めてくると。疑いをもたれたら、ここに連れてきてください。崩れた建物と、ここにいる全員が証人です!」
「はい!」
世界の秩序が乱れては、商売どころの話ではない。
タージールは、すぐさま関わりのある権力者や冒険者たちに、根回しを始めた。
「と、言う訳で、作戦は成功じゃ」
「……はあ」
自信満々に帰宅したムニを見て、アルハは頭を抱えた。
タージールを懐柔する方法が思いつかなかったとはいえ、アルハとムニが選択したのは人道を外れる行動だ。
破壊が当たり前に日常にあったムニは気にも留めていないようだが、アルハからすれば大きな罪だ。
「タージールさんから頼みがあったら、何も言わず引き受けないとな……」
罪悪感から、アルハはタージールへの見返りを口にする。
現時点で、最も損失を受けているのは、商会の建物を破壊されたタージールだ。
時間も短い中、他の方法を思いつけずにムニのアイデアを決行した以上、アルハ自身も同罪だと考えていた。
「あまり気に病むな、アルハ。何も知らぬままであれば、壊れるのは商会の建物一つではなかった。お主の行動は、間違っておらん」
「まあ、数字だけ考えればそうなんだけど。ほら、人には感情ってのがあるからさ」
アルハの元に、冒険者ギルドから招集が来たのは、数時間後のことだった。




