第52話 魔王の娘が魔族の歴史を話す件
「魔族は、大陸の外にある一つの国をルーツに持つ。数千年も前のこと故、国の名前はわからぬがの」
「大陸の外。人間と同じだ」
「そうじゃ。じゃが、人間がルーツとする国と、魔族がルーツとする国が同一かはわからん。人間がやってきた時期とは数千年も空いておる故、仮に国が同じであっても文明が連続しているとは限らん。いや、人間たちが魔力を操れぬとなれば、文明が一度途絶えている可能性の方が高いか。まあ、考えても仕方なかろう」
ムニは、思い出話でもするように語り出した。
古い知識を思い出しているのか、ところどころで言葉に詰まりながら。
「魔族の先祖の国は、魔法に長けた国じゃった。中でも、予知魔法が秀でておったらしい」
「予知魔法。初めて聞く魔法」
「じゃろうな。魔族の中でも伝説として語り継がれる、失われた魔法よ。この予知魔法は、未来の出来事を観測することができる」
「未来を? そんなことが」
「妾も不可能じゃとは思う。しかし、事実は事実じゃ」
世界に残る魔法の記録は、乏しい。
人間の世界において、魔法はそもそも才ある人間が使えるだけのもの。
体系化できるほどの情報もなく、ただ歴史書に見聞きした事実が書き連ねられるのが現状である。
また、魔族の世界においても、魔法の記録は乏しい。
理由は人間と異なり、数千年間記録を残し続けるには、魔族は粗暴すぎたのだ。
体系化を試みた時代も存在したが、時折発生する魔族間の内紛によって、ほとんどが消失している。
「そして数千年前、予知魔法により、国の破滅を観測した。原因は、妾たちがいるこの大陸より魔物の王が生まれ、海を渡って国を滅ぼしにやってくるというものじゃ」
「魔物の王? 魔物たちに王がいるの?」
「さあな。妾も、実際に見たことはない。伝え聞く話によると、交尾もなしに魔物をポコポコ生み出す化け物らしい」
「ポコポコって。前に戦った、ヒグラシみたいなやつってこと?」
「かもしれぬ。ヒグラシは、眷属の蜩しか生み出せぬが、あれと同じように魔物が生み出せるとなれば、その厄介さは国一つなど易々と滅ぼしてくるじゃろうな」
無限に生み出される魔物を想像し、アルハがごくりと息をのむ。
そもそも、魔物が魔族ほど危険視されていないのは、ほとんどがダンジョンから出てこないからに他ならない。
もしも魔物が魔族同様、世界を自由に歩き回っていた場合、その危険度は魔族以上のものとなるだろう。
なにせ、数が多いのだ。
A級の魔物一匹程度であれば問題はないが、十も百も群れを成してきた場合、その討伐は困難を極める。
「じゃが、予知は変えられる。国は、腕利きたちを集めて、大陸に向かい魔物の王を討伐せよという王命を出した」
「その時、船に乗っていた腕利きたちが、ムニの先祖ってこと?」
「そう言い伝わっておる」
そうであれば、何故大陸に居座ったのか。
アルハは、そんな疑問を持つことはなかった。
何故なら、アルハたちの先祖は、大陸にやってきた際に大陸付近の潮の流れによって、船が大破し航海技術を失っていたためだ。
ムニたち魔族も同様なのだろうという予想が容易に立てられた。
「妾たちの先祖は大陸に到着した後、魔物の王を見つけ出し、討伐にかかった。しかし、結果は惜敗。魔物の王を、仕留めることはできなかった」
「魔族が集団で戦っても、勝てないのか」
「まあ、当時の魔族は、今の魔族に実力で劣るともいわれておるがの」
「そうなんだ」
魔族でも勝てなかったという言葉にひっかかったムニは、プライドゆえか即座に訂正を図る。
が、アルハにとっては、軽い気持ちで言った言葉。
ムニの訂正の意図に気づいておらず、ムニは不服ながらも話を続けた。
「魔物の王に勝てないとわかった先祖たちは、魔物の王を討伐するのではなく、封印するように作戦を変えた。要は、魔物の王が国へ向かわなければいいのじゃからのう」
「確かに。封印でも、当初の目的は果たせるね」
「多くの犠牲を出しはしたが、封印は無事に成功。魔物の王は、千年の永い眠りにつくことになった」
「……千年?」
ムニの話す時代は、数千年前。
対し、封印の期間は千年。
計算が合わなかったため、アルハは指を折って数を数えた。
「うむ。一度の封印では、千年が限界だったという訳じゃ」
「っていうことは、魔物の王はすでに復活をしてるの?」
「いや。千年後に復活する封印だけでは、国の危機を脱したとは言えぬ。そこで先祖たちは、大陸に町を作ることにした」
「町を?」
「そうじゃ。目的は二つ。一つは、千年ごとに封印をし直し、魔物の王が地上に復活しないようにすること。そしてもう一つが、封印している間に魔族全体の力を底上げし、今度こそ魔物の王を討つことじゃ」
気の遠くなるほど長い話に、アルハは思わず眩暈がした。
数千年という長きにわたり、魔物の王を討つためだけに生き続けた種族。
ムニがかつて言っていた、魔族が大陸の平和を守ることを目的としているという意味がようやくわかった。
「討てるの?」
壮大な話の果てに、アルハに浮かんだ疑問はそれだった。
ムニはアルハの質問に、力なく首を左右に振った。
「おそらく、無理じゃ。先祖の残した魔物の王の実力が正しいとするならば、父様が全軍を率いたとしても、討伐までには至らんじゃろう。今回も、封印の継続がせいぜいじゃ」
「そっか」
「そんな妾たちの苦悩も知らず、最近の魔族の中にはさっさと魔物の王の封印を解いて倒そうという愚か者もおるし、そもそも魔物の王の存在自体を疑って父上が魔族を制御するための嘘だと宣う阿呆もおるし……うがあああああ!」
「ムニ!? 落ち着いて」
「……すまん。取り乱した」
話をしているうちに、内部で起こっていたトラブルを思い出したムニは、大声を上げて頭を掻きむしった。
が、すぐに我に返り、冷め始めた紅茶を喉の奥へと流し込んで、興奮を体内へと納めた。
その間、アルハは今までに得た情報を頭の中で整理していた。
特に、人間が持つ魔物の知識と、ムニが以前言っていた現魔王に対抗する魔族――エイズの存在。
「エイズって魔族は、魔物の王の封印を解いて倒そうとしてるってこと?」
アルハが質問を口にすると、紅茶を飲み終えたムニがこくんと頷いた。
「そう。やつが筆頭じゃ。やつは魔物の王を復活させ、その力を使って大陸を支配しようとしておる」
「でも、魔族全員で戦っても、勝てそうにないんでしょ?」
「妾たちはそう見ておるが、エイズのやつは勝てると思っとるんじゃろうな。何の根拠があるのかは知らんが」
ムニは紅茶を置いて、深いため息をついた。
その後、真剣な表情でアルハを見た。
「魔物の王の封印を解く手段は……ある。父様が、厳重に守っておるがの。エイズのやつは、妾を人質とすることで、父様からその手段を奪おうとしておるのじゃ」
「それで、ムニが狙われているのか」
「……父様は聡明じゃ。大陸の未来と妾の命を天秤にかければ、きっと妾を見捨て、魔物の王の封印を守ると信じておる」
「え?」
「しかし! 妾を人質にし、父様が動揺したところを万が一という可能性もある。よって、妾はエイズに捕まるわけにはいかん。魔物の王が復活すれば、エイズが魔物の王を操れようが失敗しようが、どのみち大陸は終わりじゃ!」
「……ねえ、ムニ」
「そうならぬために、アルハよ! お主の……人間の力を貸してくれ!」
「ムニ!」
ムニの、決意の言葉。
それを、アルハは大声で遮った。
「どうしたのじゃ、アルハ? 大声を出して?」
「ムニを見捨てるって? 魔王が? 君の、父親なんでしょ?」
「父親だからこそじゃ。妾は、妾のせいで大陸が危機に陥る方が嫌じゃ」
「……ムニは、それでいいの?」
「良い。王族として生まれたころから、妾の命は魔族の発展、ひいては大陸の平和のためにと覚悟を決めておる」
次の言葉を用意していたアルハの口は、ぴたりと止まった。
あまりにも、ムニの言葉に信念と覚悟が宿っていたから。
ふと浮かんだ自分の感情さえ、言うべきではないと感じたから。




