第50話 魔王の娘が思い悩んでいる件
「ムニ。ご飯、それだけでいいの?」
「ん? ああ」
アルハは三人前の食事をとるムニを、心配そうな表情で見ていた。
ムニにしては、いつもよりはるかに少ない食事量。
体調を心配しても、なんでもないと返されて終わる。
ムニがこうなったのは、ヒグラシを倒した日からだ。
敵対する魔族と接したことで、ムニに何か思うところがあったのだろうことまでは想像できるが、具体的に何があったかと言えば、アルハの想像の届かぬところだ。
アルハは、ムニを見守ることしかできなかった。
「じゃあ、そろそろダンジョンに向かうね」
「おお、気をつけてな」
今のアルハにできることは、ムニとの生活に必要なお金を稼ぐことだけだ。
「さっさといけ、人間! ムニ様にはワタクシがついている!」
ナムルにムニを託し、アルハは冒険者ギルドへと向かった。
「アルハ! おはよー!」
否、アルハ一人で冒険者ギルドへ辿り着くことは不可能なので、ジアがアルハを冒険者ギルドへと連れて行く。
王都の中の短距離移動に使われる小型馬車の座席から、ジアはアルハに手を振った。
「ジア。一人で大丈夫だっていつも言ってるのに」
「そういうのは、せめて冒険者ギルドから屋台街まで一人で行けるようになってから言ってねー」
「……行けるし」
「五分の道を一日かけてね」
アルハは釈然としない表情のまま、渋々馬車へと乗り込んだ。
隣に座るジアは乗り込むアルハを上機嫌で迎え、御者に向かって声をかける。
「じゃ、冒険者ギルドまでお願いします」
馬に鞭が打たれ、馬車が進み始める。
冒険のたび小型馬車を使うなど、金銭的な負担が大きい行為だ。
しかし、アルハとジアは、共にB級冒険者。
受け取ることのできる依頼料を考えれば、高すぎる買い物と言う訳でもない。
さらに言えば、アルハは魔族を二度退けた功績が評価され、A級冒険者の同行依頼も時折来ていた。
その依頼額は、B級の依頼料を遥かに上回る。
小型馬車とムニの食費を加味しても、貯金をしながら生活できる余裕が出てきていた。
「ふうむ」
アルハが出かけた後も、ムニは腕を組んで悩んでいた。
ナムルが心配そうに顔を覗き込むも、「問題ない」と一蹴した。
ムニは、これをムニ自身の問題と捉えていた。
アルハを信用すべきか否か、人間に助けを求めるべきか否か。
いずれにせよ、魔族であるナムルに問ったところで否としか回答が来ることはないだろう。
「しばし、家を空ける。留守を任せたぞ、ナムル」
「どちらへ?」
「どこかへ、じゃ」
家の中にいては同じ思考にとらわれてしまうだろうと、ムニは気分転換を兼ねて散歩に出かけた。
「この肉をくれ」
「嬢ちゃん、金はあるのか?」
「ほれ」
「まいど!」
ずいぶん人間社会に慣れたものだと、ムニは肉を食い歩きながら思った。
奪い取ることを悪とし、通貨という道具を契約代わりに使う人間社会。
力の強さが必ずしもコミュニティの強者に直結しないのは、魔族の社会では考えられない。
魔王とエイズ。
思想と目的こそ違うが、魔族の中で最も強い存在の一人であることに変わりはない。
「腹が減ったの」
思考を巡らせば、エネルギーを使う。
ムニは手に持っていた肉を飲み込んで、ウーテルの宿へと向かった。
「おう、アルハの娘じゃねえか」
「肉が食いたい」
「え」
「もちろん、金は払う」
ギョッとするウーテルを見て、ムニは以前、ウーテルの金で暴食の限りを尽くしたことを思い出した。
ウーテルの驚きが、再びタダ飯を食いにやってきただろう不安に起因するのではと考え、近くのテーブルの上に銀貨と金貨の詰まった袋を置いた。
ウーテルは袋の中を覗き込み、再びギョッとした。
袋の中に詰まっていたのは、少なくとも小さな子供が持ち歩くような金額ではない。
「お嬢ちゃん、これは?」
「飯の代金じゃ」
「……念のため聞くが、アルハの金を勝手に持ってきたとかは」
「ない! この金は、アルハから小遣いとしてもらった物じゃ」
「アルハから……小遣い?」
ウーテルは、無作法だとは思いつつも、ムニの置いた袋の中を改めて確認した。
袋の中に手を突っ込み、数枚の金貨と銀貨を掴む。
そして、金貨と銀貨が本物であることを確認し、再び袋の中に戻した。
外観からでもわかる、大金と呼ぶにふさわしい量。
それを、ムニに小遣いとして渡せることからわかることは一つ。
「何を泣いておるんじゃ?」
「いや、なんでもねえ。アルハ、立派に冒険者やってんだなあ」
この金額を小遣いとして渡せる程度に、稼ぎを上げることができていること。
金貨と銀貨の入った袋は、ウーテルにアルハの冒険者としての成功を伝えるには十分だった。
「アルハなら、立派に冒険者をやっておるぞ? 今日も、ジアとダンジョンへ向かっておる」
「そうかそうか。ジアちゃんとも、肩を並べて歩けるようになったんだなあ」
涙ぐんだウーテルを見て、ムニが困ったようにウーテルを見る。
ムニには、自身に直接利害をもたらさない人間が成長をしたところで、何が喜ばしいことなのかわからなかったからだ。
ウーテルはその視線の意味を催促と勘違いし、思い出したような表情を返す。
「っと、飯だったな。つっても、まだ酒場を開いてないんだよな。俺も、下ごしらえとかしなきゃならなくて」
「お父さん、私作るよ。お肉焼くだけだよね?」
悩むウーテルの後方から、ファナが元気よく表れた。
近くに置いてあったエプロンを手に取り、すでにやる気は満々の様子だ。
「ファナ。お前、洗濯は?」
「さっき終わったよ。丁度手が空いてるし、せっかくムニちゃんが来てくれたんだし」
「うーん」
ウーテルは、しばし悩んだ。
開店時間になっていない酒場を開けて料理を提供する特別扱いを、ムニにだけしていいものか。
一方で、アルハが冒険に行っているなら、ムニの食事を用意する人間がいないことも予想もできた。
金も持っているというし、見捨てるのは大人としていささか酷な選択である。
「わかった。予備の食材あったから、それで作ってやれ」
「はーい。じゃあムニちゃん、あっちの席行こうか」
「すまんな。無理を言って」
「全然いいよー」
ムニは、指定された席に着く。
酒場には当然客がおらず、机の上には逆さの椅子が置かれていた。
ムニが理由を尋ねると、ファナが机に挙げた方が床の掃除がしやすいんだと教えてくれた、
床を綺麗にする発想のない魔族にとって、やはり斬新な回答であった。
「お待たせー」
ファナが肉を机に乗せると、ムニは即座にかぶりついた。
一かじりで欠片をむしり取り、口の中でもぐもぐと咀嚼する。
「……ムニちゃん、なんか嫌なことあった?」
「んが!? んぐっ!!」
そんなムニを見て、ファナが素直な感情を口にすると、ムニは肉をのどに詰まらせた。
「わわっ! お水、お水!」
「だ、大丈夫じゃ!」
ムニは胸をドンドンと叩いて、喉に詰まった肉を喉の奥へと押し込んだ。
そして、小さく息を吐いた後、ファナを見た。
「嫌なことがあったように見えたか?」
「うーん。普段はほとんど噛まずに飲み込むのに、今日は何度も噛むなあとは」
「……そうか」
ムニは、過去の自分の食べ方を思い出そうとするが、自分の姿などそう客観視できるものでもなく、思い浮かばなかったため諦めた。
代わりに、どうせ嫌なことがあったとバレているならと、ファナに質問をした。
「もしも、の話じゃが」
「うん」
「お主が、何やら面倒ごとに巻き込まれそうだとしよう」
「うん」
「その面倒ごとは、親しい人間の手を借りれば、解決できる……可能性が上がる」
「解決できるわけじゃないんだ」
「うむ。それくらい、面倒なことじゃ」
ファナは、ムニの言葉の意味を考える。
親しい人間は、おそらくアルハのことだろうと。
では、果たしてムニが抱え、アルハの手を借りれば解決できそうなことは何だろうと。
真っ先にムニの食費が浮かんだが、食費はすでにアルハの稼ぎで賄っているため、当てはまらない。
そもそも、ムニが巻き込まれそうどころか、巻き込んだ側だ。
「しかし、親しい人間の手を借りた時、その人間は妾を嫌いになるやもしれん」
「どうして?」
「妾が来なければ、面倒ごとも起きなかったからじゃ。本来、誰も巻き込むことはなかった」
「うーん」
ファナは、ムニがなにを面倒ごとと言っているか、結局わからずじまいだった。
しかし、ムニが本気で悩み、本気で不安を感じていることは理解できた。
だからこそ、大人の対応を止めて、真剣に思っていることを伝えた。
「嫌いにならないと思うよ」
「……なに?」
「親しい人が困っていたら、助けてあげるって思うものじゃない?」
「……そうなのか?」
「そうだよ」
魔族は助けない。
面倒ごとを連れてくるものは、面倒だから殺す。
そんなモラルがあった。
だからこそ、ムニは訊き返した。
「そうか。それが、人間の強さだったな」
「人間? まあ、そうだよ。今だってアルハ君、ムニちゃんのご飯を用意してくれてるでしょ。ムニちゃんが困ってるから、助けてあげたいんだよ」
「……そうじゃな」
だからこそ、ムニの心に突っかかっていた不安が、綺麗に消え去った。
手伝ってほしいならば、手伝いを乞う。
それが、人間の世界にきて学んだことだったと、ムニは大いに納得した。
(あれ? 妾、アルハのことなどと言うたかのう?……まあ、良いわ)
そして、大いに肉を食らった。
心の付き物がとれたムニは、いつもよりも食欲が増し、次から次へと平らげていった。
「ムニちゃん、お金足りない」
「今度、アルハからもらっておいてくれい」




