第49話 魔王の娘の悪夢が形作られる件
隠された城。
殺戮の魔王エイズは、自身の居城をそう呼んでいる。
人間からも魔族からも隠されたその場所は、支配の魔王を快く思わない者たちが集まる楽園。
そして、エイズが世界を破壊で満たすための始まりの地。
「魔王様。蜩が数匹、紛れ込んでございます」
エイズが玉座にふんぞり返っていると、突然扉が開かれ、部下が一人飛び込んできた。
蜩と聞いて、エイズが真っ先に思いついたのはヒグラシの眷属だ。
現在、ヒグラシには村を襲わせていたため、ヒグラシからの連絡と考えればつじつまが合う。
とはいえ、ヒグラシは普段眷属ではなく、自身の体でエイズの前に参上する。
眷属だけが来ると言うのは、些か違和感だった。
「連れてきてください」
だが、エイズは恐れることなく見知らぬ蜩を呼び込んだ。
ただの虫であれば、殺せば良し。
ヒグラシ以外によって作られた偵察用の魔物であれば、殺せば良し。
エイズにとって、いずれにせよ殺せば解決する問題。
蜩の正体に、深く思考することもなかった。
部下に握られて現れた蜩たちは、部下の手の中から解放されると、部屋の中を飛び回った。
そして、他の蜩との衝突を繰り返しながら、互いの体を吸収していった。
蜩の体は他の個体を吸収する度に大きくなり、最終的に人間一人の顔と同じくらいの大きさとなった。
蜩はギョロギョロと周囲を見渡した後、玉座の正面の離れた位置に着地し、頭部を床へとくっつけた。
蜩と言う昆虫の体でできる、精一杯のひれ伏しだ。
「頭をあげてください」
「はっ」
「ヒグラシですか?」
「左様で御座います。可及的速やかに魔王様へ申しあげたことがございます! このようなみすぼらしい姿で魔王様の眼前に参上すること、どうぞお許しください」
「構いませんよ」
「はっ! 寛大なお心に感謝致します!」
エイズは、蜩の正体がヒグラシであるとわかっても、冷酷な視線を変えることはなかった。
それは、魔族であろうが害虫であろうが、自身にとっては小さい存在でしかないという思想の表れ。
殺そうと思えばいつでも殺すことができるという、自信の表れ。
ヒグラシは体が震えるのを力づくで止めながら、ゆっくりと口を開いた。
「支配の魔王の娘を、人間界にて発見致しました」
玉座が倒れる音が響いた。
エイズはヒグラシの言葉が聞こえた瞬間に立ち上がり、余りの勢いに足元の床へひびが入った。
ヒグラシは命令されてもいないのに再び頭を下げて、数秒の後に恐る恐る頭をあげた。
ヒグラシの視線の先には、口角をあげて喜んでいるエイズの姿があった。
「そうですか。何度も支配の魔王の城を偵察しても見つからないと思っていましたが、人間界に潜んでいましたか」
エイズはゆっくりと歩を進める。
玉座の置かれていた高台から、階段を降りてヒグラシへと近づいていく。
「人間界の、どこへいましたか?」
「アウシューブ村へ」
「貴方が向かった僻地の名前ですね。村人にでも化けて潜んでいたのですか?」
「いえ。人間と共に、村の外からやってきました」
「人間とですか?」
人間と魔族は、対峙する勢力同士。
支配の魔王と殺戮の魔王、派閥が違えどその事実は変わらない。
故に、エイズは不思議に思った。
支配の魔王の娘とは言え、ムニの振る舞いは魔族として到底理解できるものではない。
「ヒグラシ」
「はっ!」
「貴方なら、どんな事情があれば人間と行動を共にしますか?」
「……皆目見当もつきません。しかし」
「しかし?」
「人間は、娘の父と名乗っていました」
「……父? 人間が? 魔族の?」
エイズは興味深そうに階段を下り、ヒグラシの元へと近づいていく。
階段に踏み下ろされるエイズの足の力が、強くなる。
ひびだけですんでいた階段に、足形のへこみが刻まれ始める。
「ふ……はははははははは!!」
想像だにしなかった出来事に、エイズは笑った。
余りにも馬鹿馬鹿しくて。
余りにもはらわたが煮えくり返った。
内臓を吐きだしそうなほど、激しく笑った。
「人間の街に潜むための奴隷でしょうか。それとも、俺様を倒すために人間と手を組む選択をしたのでしょうか」
エイズが階段を下り切ると同時に、階段が崩壊した。
足場は崩れ、瓦礫の山と化していく。
倒れていた玉座も巻き込まれ、瓦礫の中へと埋まっていった
エイズの背後に残ったのは、ただのゴミ山。
「いずれにせよ、やつの娘を捉える絶好のチャンスですねえ」
エイズは、なおも前進を続ける。
「ま、魔王様!? ぎゃああああああああああ!?」
そのまま、ヒグラシを踏みつぶした。
ぺしゃんこになったヒグラシは、そのまま全身が細かい粒子へと変わり、部屋の埃と共に宙を舞った。
エイズはその死を慈しむこともなく、出口に向かって歩き続ける。
「俺様の配下全員に伝達してください。早急に任務を終えて城へ帰還しなさい、と。全軍で、人間界へ侵攻します」
「はっ!」
室内を警備していた魔族たちが、忙しなく走り始める。
速やかに、エイズの望みを叶えるために。
一秒の遅延は、自身の死を招きかねないのだから。
「真なる魔王は、俺様です」
エイズは高笑いしながら、部屋を後にした。
「ふう。疲れたね、ムニ」
自宅へ戻ったアルハは、ムニへと声をかける。
しかし、ムニは依然として、何かを悩んでいるような表情のままだ。
村を去ってから、ずっと。
「ムニ?」
「ん? おお、すまん。ちょっと考え事をしていてない」
「考え事って何?」
「なんでもない」
アルハの目にも、ムニの様子がおかしいのはわかっていた。
「そっか」
問いただすのが正解だったかもしれないが、生憎、アルハにも疲労が溜まっていた。
ムニから問いただすのを明日でもいいかと考えてしまうほど、眠気が上回っていた。
「じゃあ、ムニ。ぼく、そろそろ寝るよ」
「ああ」
「ムニは、寝ないの?」
「……後でな」
「……わかった。お休み」
アルハは小さく欠伸をした後、二階へと上がっていった。




