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第48話 魔王の娘に魔族の今を教わる件

 ヒグラシが倒れたことで、気の抜けたアルハも倒れる。

 風の魔法によって集めた粘液がクッションとなり、アルハの体を受け止める。

 

「アルハ!」

 

 ムニが急いでアルハの元へ駆け寄る。

 途中、蜩たちの死骸を踏み、内臓で脚が汚れることも気にしない。

 アルハの元へ辿り着いたムニは、アルハの体を抱きかかえようとするが、粘液がアルハにひっついて地面から離そうとしない。

 

「邪魔くさい!」

 

 ムニは魔法を放って、アルハにひっついた粘液を分解し、消していく。

 粘液から解放されたアルハは、分解された粒子に鼻孔をくすぐられ、小さくせき込んだ。

 ムニは、アルハが呼吸をしていることに安堵し、アルハの体を持ち上げた。

 

「ムニ!?」

「ここは、炎がうるさくていかん。安全な場所へ移動するぞ」

「自分で歩けるよ」

「ならん!」

 

 ムニはアルハを担いだまま、火の手が回っていない村の外へ向かって歩き始めた。

 膨大な魔力を持つムニと言えど、村全体に回った炎を消すのは不可能だ。

 村そのものを消すことは可能であるが、それは村人の死体を巻き込むことになり、アルハが望まないこともわかっていた。

 途中で一度だけ立ち止まり、ヒグラシの死体を一瞥したが、何も言うことなく立ち去った。

 

 村の外。

 ムニはベッド代わりになりそうな石の塊を見つけ、アルハをその上へと寝かせた。

 アルハは大人しく仰向けになり、首を動かしてムニを見た。

 

「ムニ、支配の魔王って何?」

 

 魔族同士の戦いに巻き込まれたアルハの、第一声はそれだった。

 ムニは眉間にしわを寄せるが、少なくともアルハを巻き込んだのは自分である。

 隠し続けることは魔族の誇りを守る以上に、アルハへの義に背くと判断し、口を開いた。

 

「支配の魔王は、妾の父様のことじゃ。魔族を統べる、現魔王」

「『支配の』ってことは、他にも魔王がいるってこと?」

「妾たちは、認めておらんがな。魔王とは、唯一父様だけを指す称号じゃ。しかし、父様に反旗を翻しているそいつは、父様のことを支配の魔王と呼び、自らのことを魔王を名乗っておる」

「さっきの魔族も、魔王なの?」

「いや、やつは魔王を名乗る魔族の配下にすぎん。殺戮の魔王を名乗る、エイズ・アム・シャムスのな」

 

 夜が闇に沈んでいく。

 月が顔を出し、村の周囲を黄金色に染めていく。

 ムニは月を眺めながら、言い伝えでも語るように言葉を紡いでいく。

 

「そもそも魔族には、大きく二つの種族が存在する。妾たちムミ一族と、エイズたちアム一族がな」

「そう言えば、ムニの名前って」

「ムニ・ムミ・カマルじゃ」

「二つ目が、種族の名前ってことか。じゃあ、カマルは?」

「魔族の言葉で、女の王族を指しておる。ちなみに、男の王族はシャムスだ」

「え? じゃあ、エイズって魔族も王ぞ」

「自称じゃ! 妾たちの誇りを勝手に名乗る、愚か者じゃ!」

 

 人間の世界は、名字を持つ人間と持たない人間に分かれている。

 王族、貴族、最上級聖職者、そして華々しい功績をあげた騎士や商人だけが名字を有している。

 それは、身分と功績を示す証である。

 さらに言えば、王家や公爵家と言った家名を名乗れるのも、貴族以上の特権である。

 

 アルハは、魔族の世界と人間の世界の名づけを紐づけて、ムニの怒りを理解した。

 人間の世界においても、家名を騙ろうものなら、家の誇りをかけてひっとらえることなどよくある話だ。

 

「以前も言ったが、妾たちムミ一族は平和を望んでおる」

「言ってたね」

「対照的に、アム一族は破壊を望んでおる。殺戮の魔王、などという物騒な名前を付けるのも、そんな願望が溢れ出た結果じゃ」

「なるほどね」

 

 人間も二つ名を付ける物である。

 しかしそれは、活躍を見た大衆が思わず口にし、広がっていくものだ。

 自身に殺戮の魔王などという二つ名を付けたという事実がいやに滑稽に感じて、アルハは場にそぐわないと思いつつも吹き出した。

 

 ムニは対照的に、力強くこぶしを握り締めて、アルハを見た。

 

「アルハよ。エイズはいつか必ず、この世界を滅ぼしにかかる。妾は、それを食い止めたいのじゃ。妾たちが、皆が愛した世界を守るために」

 

 ムニの真剣な視線に、アルハの緊張が高まる。

 背筋がぴんと伸びて、ムニの視線に真正面から向かい合った。

 

 魔族が世界を愛するなど、人間の常識にはないことだ。

 とはいえ、アルハはムニと長い時間を過ごしている。

 

「ぼくも、この世界を守りたい」


 故に、ムニの言葉を真っすぐに受け止め、首を縦に振った。

 

「……ここまでじゃな」

「え?」

 

 そこで、話は中断した。

 遠くから聞こえた馬車の音に、ムニが話すのを止めた。

 アルハとムニを運んでいた馬車が、救援の冒険者たちを乗せて、村へと戻ってきていた。

 

「おーい! 冒険者様、無事かー?」

 

 ぼんやりと人影が見えると、馬車の御者は大声で叫んだ。

 アルハは、無事であることをアピールするように、馬車へ向かって大きく手を振った。

 

 ムニはそんなアルハを見た後、微笑み、視線を横へ逸らした。

 

 

 

 そして見た。

 村から、小さな蜩たちが空へと飛んでいく光景を。

 

「!? まずい!」

 

 即座に、ムニは走った。

 蜩の飛び立つ麓へと。

 

「ムニ!?」

 

 アルハからの呼びかけに応じることなく、ただ走った。

 炎燃え盛る村の中を走り抜け、ヒグラシの死体があっただろう場所まで一直線に。

 ヒグラシの死体は粘液に絡まったまま放置されてはいたが、腹部に開いた穴の近くから、蜩たちが静かに生み出されていた。

 生まれた蜩は即座に空へと飛び立ち、同じ方向を目指して飛んでいる。

 

「くそ!」

 

 ムニは近くにいる蜩を一掃し、ヒグラシが生み出されていた箇所に追加で粘液を押し付けた。

 ヒグラシの体表に粘液の貼り付いていない場所が完全に無くなり、蜩が追加で生み出されることはなくなった。

 しかし、既に生み出された蜩たちが、絶命するわけではない。

 ムニは悔しそうに空を見上げ、手の届かない場所まで飛んでいった蜩たちを目で追った。

 

「ムニ!」

 

 そこへ、ムニの後を追ってきたアルハが到着した。

 ムニは無言で空を飛ぶ蜩を指差し、アルハはそれだけで事情を理解した。

 再生が不可能と自覚したヒグラシが、最後の力を搾り取って蜩を飛ばしたのだと。

 目的は、おそらく殺戮の魔王への伝達。

 アルハのことか、ムニのことか、はたまたヒグラシが調べていた内容か。

 その全てか。

 

「ごめん」

 

 つい謝罪を口にしたアルハを、ムニは力のない目で見る。

 

「何故、お主が謝る?」

「ぼくがちゃんと死んだか確認していれば、こんなことにはならなかったなって」

「その理屈で言うならば、妾も確認を怠った。お主の責任ではない」

 

 ムニはすぐにアルハから目をそらし、蜩が見えなくなった空を眺める。

 親指の爪を噛み、ギリギリと歯ぎしりする。

 

(まずいのう。妾が人間界にいることが、エイズのやつにバレてしまうやもしれん)

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