第47話 魔王の娘と一緒に魔族と戦う件4
巨大な蜩は、刺した口を介してアルハに魔力を送り、その魔力を掻き乱すつもりだった。
防御に魔法を使えなくなった獲物を踏みつぶすことほど、簡単なことはない。
が、蜩はすぐに、送り込んだ魔力の異変に気付いた。
魔力は、アルハの体内で不可解な動きをしていたのだ。
巨大な蜩には、過去の蜩たちの経験が蓄積されている。
魔力を送り込むつもりが、逆に魔力を送り込まれ、魔力が蜩自身に押し返される経験はあった。
いくら魔力を送り込んでも、魔力を掻き乱せない経験もあった。
しかし、今回はどちらとも違う。
蜩の魔力は、アルハの魔力によって掴まれていた。
魔力を使って魔法を形成することも、発散させて消すこともできない。
経験のない現状に、蜩はただ狼狽えるだけだった。
「ギギギ! ギイィ!」
蜩が口を抜こうにも、掴まれた魔力が邪魔をして抜けない。
蜩が魔力を消そうにも、掴まれた魔力が邪魔をして消せない。
何故そんなことになるのか、蜩には理解ができなかった。
とはいえ、理解できていないのはアルハも同じだ。
ただ、腕で蜩の口を掴む要領で魔力を掴んでみたら、たまたま蜩が動けなくなった。
それだけの話だ。
魔力が操れることを物心ついた後に知り、腕を動かすように魔法の操作を学んだが故に発生した、反射的行動。
その偶然が、魔族にはない対応方法という防御を作り出した。
「なんだかよくわからないけど、動けないみたいだね」
「ギイッ!」
もっとも、アルハにとっての現状は、蜩が動けないと言うだけだ。
その体格差も魔力差も、依然として不利である。
唯一、蜩と違う点があるとすれば、アルハは剣を振るえたことだ。
魔力を全身の一部であると認識している蜩と、魔力を新たに生えた一本の腕程度に認識しているアルハ。
互いに魔力によって動けないのは同じだが、動けない部位が異なる。
「せえいっ!」
アルハは剣を振り、蜩の額に剣を叩きこんだ。
「ギイイ!?」
蜩の眉間が二つに割れ、血が噴き出す。
蜩は痛みで暴れようとするも、アルハに魔力を掴まれているため、暴れることすらできない。
代わりに、口から粘性の高い液体を吐き出し、アルハの動きを封じようとする。
「おっと」
が、アルハは液体を避け、蜩の目に向かって剣を振る。
「ギイッ!?」
「はああっ!」
一撃。
二撃。
三撃。
何度も何度も振るったアルハの剣は、蜩の体を切り刻んでいく。
目が落ち、目が落ち、羽が落ちる。
そして最後に、頭が落ちる。
頭部を失った蜩は、地面に倒れて絶命した。
倒れる途中に、長い口がボキリと折れる。
「ムニ!」
蜩を倒したとわかった後、アルハはムニの方へ向いた。
「アルハ……」
「馬鹿な。人間ごときに、私の眷属が」
アルハの視界に映ったのは、爆発によってヒグラシに近づくことができていないムニの姿。
アルハはムニを避けるように大回りに駆け出し、ヒグラシに後方から近づく。
「近寄るな!」
ヒグラシはムニへと向けていた魔力の一部を、アルハへと向ける。
背後に爆発を起こし、アルハを近づけさせないように牽制する。
が、悪手だった。
ムニは、爆発の数が減ったことで、爆発と爆発の間をすり抜け、ヒグラシに接近することに成功した。
「しまっ!?」
「消えよ!」
そして、自身の体にムニの手が触れるのを許した。
「うおおおおお!?」
ヒグラシの体が、分解を始める。
ヒグラシはすぐさま背中を割り、新たな体となって古い体から逃げた。
古い体は地面に倒れ、そのまま分解されて消えていった。
「ムニ!」
「助かったぞ、アルハ」
アルハとムニは合流し、二人でヒグラシの方を向いた。
ヒグラシは即座に、アルハとムニに向けて蜩たちを生み放つ。
無数の突撃、無数の爆発。
アルハが加わったことで叩き落せる数も増えたが、依然ムニが攻めきる隙は出ない。
「人間がっ! 大人しく死んでおけばよかったものを!」
巻き起こる爆発の中、アルハとムニはヒグラシを倒す策を相談する。
「ムニ。仮にぼくが全部のヒグラシを斬ったら、その隙にあの魔族を倒せる?」
「無理じゃ。妾の魔法が届いても、やつは新しい体に生まれ変わる」
「……さっきのか」
「どうにか再生を止めん限り、やつを倒すことはできん」
「再生……」
アルハは、爆煙の隙間から、ヒグラシを観察する。
傷全てが古い体に残されて捨てられ、新しい体には傷一つないヒグラシを。
そして閃いた。
「ムニ、試してみたことがある。あいつの体を壊せる?」
「なんじゃと? 壊せるが、人間の力でやつは……いや。わかった、任せよ」
ムニは、一瞬の躊躇の後、肯定を示すために頷いた。
ムニの意思を確認したアルハは、駆け出し、煙の中へと突入した。
煙の中には小さな蜩たちが飛んでいたが、羽音を捕らえ、近づいてくる蜩から斬り捨てていく。
「痛っ!?」
時折見落とし、小さな爆発に巻き込まれるも、足を止めることなく走った。
傷を負うことを厭わず、アルハはヒグラシの元へと走る。
「アルハが傷を恐れず走っていると言うのに、妾が無傷で済ませるというのはフェアじゃないのう」
ムニは、全ての爆発を捌くことを止め、いくつかの爆発を甘んじて受けた。
代わりに、爆発を捌くために使っていた魔力を、攻撃へと転化する。
ムニの手に作られたのは、全てが鋼鉄で出来た巨大な槍。
「どっせーい!」
ムニは、その槍をヒグラシに向かって投擲する。
槍は。直線状に飛んでいた蜩を潰しながら進み、アルハの横を通過する。
「ぬっ!?」
そして、ヒグラシの腹部を貫いた。
腹に真っ黒な穴が開き、穴からは血が噴き出した。
「ごふっ……! しかし……!」
そうなれば、ヒグラシの行動は必然。
穴から首に向かってヒビを入れ、新たな体へと生まれ変わる準備を始める。
「させないよ!」
が、そこへアルハが跳び付いた。
ヒグラシの体にしがみ付き、腕力によってヒビを強引に閉じ始める。
「何をする貴様! 離せ!」
アルハの策は、単純明快。
古い体を捨てて新しい体に生まれ変わるのであれば、生まれ変わらせなければよい。
余りにも単純で、余りにも力づくだ。
ヒグラシがアルハを殴打する。
力づくには、力づくで。
ヒグラシの腕力は、アルハよりも強い。
通常であれば、ヒグラシにとってアルハを引きはがすことなど容易だ。
「痛っ!」
「このまま頭蓋を砕いてや」
しかし二発目。
アルハとヒグラシは、ヒグラシの殴打が一発目より弱まっていることに気づいた。
流れ続ける血が、ヒグラシの生命力を確実に奪っており、ヒグラシの腕力を弱らせていた。
「まずい!」
ヒグラシはアルハへの攻撃を止め、即座にヒビを広げる。
穴から縦方向へのヒビが止められるならば、横方向へのヒビを作るだけだ。
アルハの腕は、二本しかない。
ヒビを強引に閉じる場所は、一か所が限界だ。
「風っ! 風えええええ!」
「!?」
そんなことはアルハも想定済み。
アルハは風の魔法を起こし、先ほど倒した巨大な蜩の置き土産――粘液を自身の元まで運び、新たにできたヒグラシのヒビへと貼り付けた。
ベシャリと引っ付いた粘液は、ヒビからヒグラシの体が割れることを食い止めた。
「貴様! ふざけるな! 離せ!」
「ふざけてないよ」
幸い、材料はたくさんあった。
村に転がっている焼死体には、もれなく粘液がかけられている。
アルハは風の魔法で、近くにある焼死体から粘液をひたすら引っ剥がし、ヒグラシの体へと貼り付けていった。
全身を覆うように。
どこにもヒビを入れることができないように。
血が流れ続けている、腹の穴以外は。
「止め……! 離……!」
血が流れていく。
ヒグラシの意識を、ヒグラシの命を奪いながら。
「多分、お前はやめなかったよね」
「…………」
「村の人たちが、命乞いをしても」
「…………」
ヒグラシの両膝が、地面へとついた。
粘液でぐるぐる巻きにされた全身から力が抜けていき、怒りによる震えも止まる。
アルハを捕らえていた視線も、いつのまにやらどこか遠くを見ていた。
怒声も、叫び声も、命乞いさえもすることを許されず、ヒグラシはその場に倒れて息を引き取った。




