第44話 魔王の娘と一緒に魔族と戦う件
「アルハよ! 妾についてこい!」
ムニの両手から、黒い霧放たれる。
霧は、空中でヘビを模って、新たに向かってきた蜩を飲み込んだ。
飲み込まれた蜩は、しばらく霧の中でバタバタともがいていたが、数秒の後に体が溶けて消えていった。
「ムニ、魔法を使っていいの!? 誰かに見られたら!」
「誰も居はせんよ」
心配そうに言うアルハの言葉を、ムニは一蹴した。
誰も居ない。
それはつまり、この場に生存者などいないことを意味していた。
人外なる語感は、とっくにそれを捉えていた。
アルハは、ムニの言葉の意図を瞬時に理解し、苦しそうに表情を顰めた。
村一つ。
数百人規模の人間が生活するコミュニティ。
それがまるごと、消失したのだ。
「ムニ。ぼくは、こんなことをしたやつを許せない」
アルハは右から飛んできた蜩を殴り倒し、走り続けた。
「妾もじゃ」
ムニは目に怒りの炎を灯しながら、走り続けた。
向かう先に、迷いなどなかった。
初めて足を踏み入れる場所であっても、ムニの力をもってすれば慣れた土地のように動き回ることができる。
火の回る崩れた民家の間を走り、辿り着いたのは村の中央広場。
祭事で使われることもある監視塔を兼ねた祭壇は、高さの八割を失っていた。
残り二割も炎の中。
祭壇の近くには、祭壇を破壊した張本人だろう、蜩の羽を生やした魔族が立っていた。
「まさか、魔王の娘がこんな辺境の地にいるとはな」
来ることがわかっていたように、魔族はムニのやってきた方向に体を向けた。
「やはり貴様か、ヒグラシ」
ムニにの想像通りの魔族だったのだろう。
ムニはヒグラシを睨みつけながら、怒ったように吐き捨てる。
アルハはムニの背後で、そのおぞましい姿を見ていた。
額から一本の角が生えているのも、依頼書通り。
人間のシルエットをしているのも、依頼書通り。
しかし、その目は人間と呼ぶには不適切なほど離れており、こめかみの位置で黒い球体がギョロギョロと動いている。
手や足は鎧が重なり合ったような形をしており、表皮は小さな段差が続いている。
ヒグラシの目が動き、視線がムニからアルハへと移る。
「人間? まだ生き残りがいたのか」
「妾を相手によそ見とは、いい度胸じゃな!」
瞬間、ムニの拳がヒグラシの腹部を撃ち抜く。
「ぐほっ!?」
ヒグラシは口から緑色の血液を吐き出した。
ムニに殴られた場所にはひびが入り、ひびは左右へと広がっていく。
そして、ひびがヒグラシの体を一周すると、まるでマトリョーシカのように縦へと割れた。
割れた中には無傷のヒグラシが入っており、体の中から飛び出した。
「やれやれ。危ないところだった」
ヒグラシが着地すると、割れた外側が、蓋を閉めるようにくっついた。
そして、ムニに向かって走り、ムニを殴りつけた。
「軽いのう」
が、所詮は抜け殻。
ムニに痛みを与える程度の強さもない。
ムニはお返しと言わんばかりに、外側の腹部を殴りつけた。
外側は粉々になり、殴りつけた時に巻き起こる風で吹き飛ばされた。
最初の攻防が終わり、ヒグラシは口を大きく開けて笑った。
「キケキケキケキケ! さすが魔王の娘!」
一方のムニはと言えば、表情に笑いなど僅かも含まれない。
「この惨状は、お主がやったのか?」
「惨状? 人間の集落を潰したのであれば、その通り」
「何故こんな、惨い真似を」
「惨い?……はあ。やはり現魔王の一族とは相いれない。人間の百や二百、殺したところでどうと言うことはないだろう」
ドンという音と共に、地表が揺れた。
地面を蹴ったムニが、一瞬でヒグラシの目の前にいた。
振り上げた拳を、躊躇いなくヒグラシへと振り下ろす。
ヒグラシもまた、拳でそれを迎え撃った。
「害があるなら殺すべきじゃが、平和に暮らしている人間まで手にかける道理はない」
「害ならあるさ。醜すぎて私の目が腐った」
ムニとヒグラシの拳がぶつかり合い、周囲に暴風を引き起こす。
中央広場に残っていた炎たちが一斉にかき消され、アルハが風圧に押されて一歩下がった。
「そうか。ならば、その目を潰してやろう。二度と、醜いものは見えなくなるぞ?」
「キケキケキケ! 確かに、その通りだ!」
ムニとヒグラシは一度距離を取る。
殴り合いなど、ムニの本質でもヒグラシの本質でもない。
アルハはただ、その光景を立って見ていた。
アルハが手を出すには、あまりにも相手が強すぎると理解したからだ。
体に震えがないことだけが、唯一アルハの成長の証だ。
ヒグラシはひとしきり笑った後、今度はムニの動きを警戒したまま、アルハも視界にとらえる。
「その人間は、お前のペットか?」
「違う。仲間じゃ」
ムニの答えは、ヒグラシにとって予想通りで、唾棄すべきものだった。
大げさに溜息を吐きだして、つまらなさそうに口を開いた。
「人間を魔族と同列に扱う。これだから、現魔王派とは相いれない」
「お互い様じゃ」
ヒグラシが手を挙げると、村中から蜩の大群が集まってきた。
その数、実に千以上。
数百人の村人を確実に殺すために用意した、ヒグラシの眷属たち。
当然、ただの蜩ではなく、ヒグラシの魔力が込められた特製品だ。
ヒグラシが呼び込むように掌を上下に振ると、蜩たちが一斉にムニとアルハへ向かって突撃し始めた。
飛んでくる蜩の体からは魔力が溢れていき、その体に耐えられる容量を容赦なく超過し始めた。
「自爆か。惨いことを」
ムニは向かってくる蜩たちに、同情の目を向ける。
蜩は、体内の魔力が膨張していき、腹が風船のように膨らんでいく。
そして、体にひびが入り始め、爆発の準備を始める。
ムニは、自身の掌の上に野球ボールのような魔力の塊を作り上げて、蜩の大群に向かって放り投げた。
魔力の塊は、大群の先頭にいる蜩の額にぶつかり、パンッと弾けた。
弾けた魔力の中から出てきたのは、無数の闇色の矢。
蜩の目と同じくらいの太さしかない、小さな矢。
矢は、花火のように周囲へとばら撒かれ、跳んでいる蜩の顔面を次々と撃ち抜いていった。
矢の刺さった蜩は絶命し、次々と地面へと落下していった。
そして、ムニとアルハの立つ場所より遠くで、爆発して消滅した。
「虐殺か。惨いことを」
消滅した眷属の蜩を眺めながら、ヒグラシは楽しそうに笑った。




