第42話 魔王の娘とA級依頼を受ける件
「A級依頼ですか?」
「はい」
冒険者ギルドを訪れたアルハは、モガから提示された依頼票を見て目を丸くした。
アルハは、依然B級冒険者。
本来であれば、A級の依頼など望んでも受けることができない。
アルハがモガの顔を見ると、モガは複雑そうな表情をしていた。
モガは真面目な性格だ。
自分の口から、例外を依頼していることに抵抗があるのだろう。
アルハはモガから依頼票を受け取り、依頼内容に目を通す。
「魔族の討伐?」
そして、依頼内容を確認したアルハは、再度目を丸くする。
「なんじゃなんじゃ! 面白そうなことになっておるのう!」
魔族、という言葉に反応したムニが、アルハの手から依頼票をひったくる。
そして、アルハに代わって依頼内容を読み始める。
依頼内容は、村の近くで観測された見知らぬ人影の調査依頼。
目撃者によると、額から角が生え、背中にはヒグラシのような羽が生えていたとのこと。
複数人により観測がされているため、幻や虚言の可能性は低い。
魔族であった場合には戦闘が発生する可能性があるため、依頼の難易度はA級扱いである。
アルハはと言えば、自分に魔族討伐の依頼が回ってきたことへの理由が未だわからず、モガへと尋ねた。
「どうして、ぼくなんですか? 普通、A級か勇者様たちに依頼する内容では?」
「確かにそうです。しかし、先日の集団依頼によって、多くのA級冒険者たちが負傷しておりまして。勇者パーティの方々も、元々予定していた依頼があるらしくて断られてしまいました」
「集団依頼に参加していなかったA級冒険者もいるのでは?」
「もちろんいます。当初は、彼らに頼む予定でした。ですが……」
モガはしばらく口ごもり、言いにくそうに話を続ける。
「A級パーティ『爽剣の毘沙』から、魔族の相手は現在動けるA級冒険者よりも、アルハ様が適任だと推薦を頂きまして」
「ええ?」
「A級冒険者と言えど、魔族との戦闘経験がある人は多くありません。その点、アルハ様は先日の依頼で魔族と交戦したうえ、全員無事に救出をしたと聞いております」
「魔族が、追い打ちをかけてこなかっただけですよ」
「カファ様より、自分が傷を与えられなかった魔物を一撃で仕留めていた、という情報もいただいております」
「いや、一撃ではないんですけど」
アルハは、爽剣の毘沙から実力以上に評価されていることを聞き、頭が痛くなった。
アルハ自身、魔力を意図的に操るという、他の冒険者にできないことをやっている。
自分が並の冒険者より強くなったという自覚はでてきたが、だからと言ってA級冒険者に匹敵するとは思っていなかった。
「後、勇者様からも『やらせてみてもいいんじゃないか?』という推薦を頂いております」
「それは、推薦なんですか?」
「冒険者ギルドとしても、B級冒険者をA級の依頼に割り振るような例外は好ましくありません。しかし、A級パーティと勇者パーティの二組から推薦をされているとなれば、無視はできず……」
「強制、とか言います?」
「いいえ。アルハ様へは、あくまで依頼という形をとっております。断っていただいたところで、ペナルティありません」
アルハはムニから依頼書を取り戻し、内容を再度確認しながら悩んだ。
A級冒険者は、全ての冒険者が目指している一つのゴールである。
この依頼をこなせば、A級相当の実力が備わっていることの証明にもなり、アルハの昇進速度をグッと早めることになる。
一方で、その選択は死との隣りあわせ。
アルハは、アスワドと同等の実力を持つ魔人が現れた時を想像し、頭の中で戦闘を開始する。
敗北、敗北、そして敗北。
十回戦い、一回だけ辛勝を果たした。
「内容を確認しましたが、この依頼は」
断ろうとアルハが口を開くと、アルハの服がムニによって引っ張られた。
「ムニ?」
「アルハ! 受けよう! 褒賞金がすごいぞ!」
ムニはモガに背を向けて、アルハの顔を見上げていた。
「ムニ、そんな簡単に……」
アルハは呆れながらムニの顔を見て、はしゃぐような言葉と裏腹に、必死に何かを訴えるような表情であることに気づいた。
「……ムニ?」
「アルハ! 妾は美味い飯が食いたいのじゃ!」
「……わかったよ」
アルハは戦闘の判断について、自身の考えよりもムニの言葉に信頼を置いた。
「モガさん。この依頼、受けます」
「えっ!?」
よって、アルハはムニから理由も聞かず、首を縦に振った。
モガはと言えば、アルハが受けるとは思っていなかったのだろう、いつもの仕事顔を崩して驚きの声をあげた。
「し、失礼しました。……私から提示しておいて訊くのもおかしな話ですが、本当によろしいのですか?」
「はい。お願いします」
「わかりました。では、依頼の手続きに入ります」
モガが手続きを開始する。
アルハがムニを見ると、ムニは小さく頷いた。
手続きを終えたアルハは、旅支度のために一度自宅へと戻った。
これから向かう場所は、王都から馬車で三日はかかる遠方地。
衣類に食事、持っていくべきものは山盛りだ。
「ムニ。この依頼を受けようって言った理由、聞いていい?」
鞄に服を詰めながら、アルハはムニへと尋ねた。
窓から外を眺めてたムニは振り返り、口を開いた。
「以前、魔王に敵対する魔族がおると言ったな」
「言ったね」
「依頼書の内容が正しければ、依頼の村近くに潜んでおる魔族がそれじゃ。蜩の羽を持つ魔族など、限られておる」
「なるほどね」
服を詰め終えたアルハは、携帯食を家からかき集める。
馬車の旅の道中、いくつかの町や村には寄るため、そこで食事は可能だ。
しかし、雨が降ったり馬車のが故障した場合、町にも村にも寄れないまま一日を終える場合もある。
そんな危機に備えて、食料を携帯するのは必須だ。
「やつらは妾たちと違い、平和を望んでおらん。駆除すべき魔族じゃ」
「だから、倒す必要があるって?」
「それもじゃが、やつらが人間の住む場所へ行く時は、決まって人間を使って何かをしようとするときじゃ。放置すれば、おそらく村が滅ぼされる」
ムニの警告に、アルハの手が止まる。
集めた保存食を机に置いて、ムニの方へと顔を向ける。
「村を滅ぼすって、どうして?」
「やつらはやつらで、目的があるからな」
「目的?」
「やつらは、妾たちと違って平和を望んでおらんのじゃ」
ムニが言葉を止め、小さく溜息をつく。
「共存とは、難しいものじゃな」
珍しく、弱音と共に。
「今、できてるよ」
アルハは、そんなムニに向かって小さく言った。
ムニは驚いたように、アルハの方へ振り向く。
「人間と魔族。ぼくとムニは、共存できてるよ」
ムニからすれば、想像だにしない言葉。
ムニはぽかんと口を開けた後、ぷっと吹き出し、お腹を抱えて笑い始めた。
「な、なんで笑うの?」
「ははははは。いや、すまぬ。そうじゃな。共存、確かにできておるな」
ムニはひとしきり笑った後、アルハの目をじっと見つめた。
「お主が妾の義父でよかったと、今思うたぞ」
「今!? 遅くない!?」
「毎日毎日、道を間違えるお主を誘導する妾の身にもなってみろ!」
そして、依頼へ出発する日を迎える。




