第41話 魔王の娘について調べる件
「ごめん、ムニ。正直、まだ感情に折り合いはついてないけど、必要な犠牲って言葉の意味は分かった」
「……そうか」
アルハとムニの中は、険悪とまではいかないが、ぎくしゃくとしたままだ。
「ムニ様! やはり人間となど仲良くできる訳がないのです! この人間を追い出して、ワタクシとともに暮ら」
「黙れ」
「げぶぅ」
静かなアルハとムニ。
ここぞとばかりに騒ぎ立てるナムル。
食卓は、各々の感情が渦巻いて混とんとしていた。
「ご馳走様」
食事を終えたアルハは食器を片付けると、いつも通り外出の準備を始める。
「じゃあ、行ってくるよ。晩ごはんまでには、帰って来る」
「うむ」
最近のアルハは、ダンジョンへ入ることを止めている。
ダンジョン内で怪我を負ったため、無理な活動を避けているのも一因ではある。
が、一番の理由は、魔族についてもっと知りたいという感情だ。
今のアルハにとってそれは、依頼を受けて入る収入よりも価値ある物だった。
幸い先日の依頼で、アルハの懐は潤っている。
冒険者には、いくつかの特権がある。
その一つが、王立図書館への入場許可だ。
最近のアルハはずっと、図書館へと通い詰めている。
「こんにちは」
「こんにちは。入館証を拝見します」
「はい」
「冒険者カードですね。確認しました。どうぞ」
王立図書館には、王国に仕える有識者たちが書いた書物や、他国と取引をして入手した書物が敷き詰められている。
買うには高価すぎる書物であっても、ここならただで読むことができる。
もちろん、一定の身分や条件を満たす人間のみと言う制約はあるが。
アルハはいつも通り歴史が書かれた書物の置かれている区画へと向かい、本棚に置かれている書物を眺めた。
「これとこれは読んだかな。今日は、ここからかな」
アルハが手にとるのは、魔族に関する書物だ。
魔族を生体的に分析した本から、人間と魔族の戦いの歴史まで。
時には、魔族が登場する創作物語にも手を出した。
何日も入り浸っていることで、アルハの魔族に対する知識はどんどんと広がっていった。
(魔族は、魔王を頂点とした王権社会を建国していると考えられている。しかし、現在魔族が住む場所は不明とされている。魔族が住む場所の仮説として挙げられているのは三つ。人類未踏の大森林の奥地。海を越えた大陸。魔族しか見ることのできない異世界)
アルハは一つ一つの文を噛みしめるように読み、一ページ一ページ、丁寧にめくっていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人類と魔族の歴史。
人類の先祖は、別の大陸から海を渡って来たと考えられている。
人類が大陸に辿り着いた時、大陸は大国同士の戦争後のように荒れていた。
人類の同族は住んでおらず、代わりに魔物と呼ばれる凶暴な生物が住み着いていた。
人類は、大陸での活動拠点として村を作った。(この村が、アルヤンシーブ王国の現王都となるのだが、その歴史については割愛する)
人類は村を拠点に、定期的な食料の確保を開始した。
畑を作り、野菜や果物を収穫。
森に入り、食用になる獣を狩猟。
魔物の肉は食用にするにはあまりにも味が劣っていたため、害獣と共に討伐対象とした。
魔物は動物よりも強い力を持っていたが、動物と同程度の知能しか持っていなかったため、討伐は容易であった。
魔物を討伐してくと、魔物たちが逃げ込む場所を発見した。
現在、ダンジョンと呼んでいる洞窟である。
人類は、ダンジョン内に地上よりも有益な資源があることを発見し、ダンジョンの開拓にも乗り出した。
魔族を初めて観測したのは、十六個目のダンジョンの調査を開始した時である。
四肢を持ち、二足歩行できる点は、人類との同類と言えた。
しかし、病人のように青白い肌や、額から飛び出る二本の角は、魔物そのものであった。
魔族を人類の味方とするか敵とするかは、当時の調査隊の中でも議論が分かれた。
結局、戦闘に入ってしまったため、魔族を討伐。
以降、魔族は人類と接触すると、攻撃を仕掛けてくるようになった。
魔族と遭遇する場所は、九割がダンジョン内、一割が人里。
魔族の周りには常に魔物が存在したため、人類は魔族を魔物の同族と確定。
以降、人類と魔族の戦いは繰り返されることとなる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふう」
アルハは書物を閉じて、両目をつまむように擦る。
疲れを癒すように、ぐっと背伸びをして、小さく息を吐きだした。
(結局、魔族のこと、まだ何もわかってないってことなんだよなー)
何冊読んでも、アルハが知っている以上の知識は出てこない。
生息地不明、生態不明、目的不明。
ただ、人類の大敵。
それが魔族だ。
(でも、初めて魔族と出くわしたとき、どちらから攻撃を仕掛けたかは書かれてない。それってつまり、人間から攻撃したってことじゃないのかな?)
アルハは書物を閉じて、本棚へと戻す。
続いて、戻した書物の隣に置かれている書物を手に取り、再び席へと戻る。
(だとしたら、魔族は人間をどう見ているんだろうか)
何冊読んでも、アルハが知っている以上の知識は出てこない。
しかし、ムニという生き証人と過ごしてからは、魔族に対する偏見も薄まった。
偏見を取り除いた目で見れば、同じ内容を読んでも異なる結論に至る物。
アルハは再び文字に目を通し、知っている内容に要らなかった意味を紐づけていく。
「ねえ、ムニ。魔族は、人間のことをどう思っているの?」
家に帰ったアルハは、ベッドでだらりと横になるムニへと尋ねた。
ムニは体をごろごろと転がし、ベッドの縁へ移動する。
そのまま足を床に下ろして、ベッドから降りる。
「なんじゃ、急に」
「いや。気になって」
アルハからムニへの質問は、これが初めてではない。
しかし、その大部分が魔族の住む場所や人間を襲う目的と言った、人間にとって有益な情報獲得の手段となっていた。
一方、今回のアルハの質問は、魔族への興味。
魔族を一つの生命体として尊重する質問であった。
ムニは首を傾げた後、にまっと笑ってアルハの背中を叩いた。
「人間と同じじゃ」
「え?」
「魔族の大半は、お主たち人間を高い知識と知性を持つ魔物程度に思っておる」
「魔物……か」
人間は、魔族を魔物と同列に扱い、魔族は人間を魔物と同列に扱う。
人間にとって、魔族と魔物は恐怖なのだ。
一方、ムニの言葉が正しいのであれば、魔族にとっても人間と魔物が同列であり、即ち恐怖の対象と言うことだ。
圧倒的な力を持つ魔族が、人間の何を恐れるのか。
アルハはそんな疑問を持つも、人間が魔族を殺すこともある以上、それは恐怖を作るに十分だろうと考えた。
「じゃが」
「じゃが?」
「人間と違って、魔族は魔物を保護の対象としておる。そこだけは、勘違いをするでない」
「保護?」
「話は以上じゃ」
ムニは、釘をさす一言を残し、会話を終えた。
そして、続くアルハの言葉に反応もせず、部屋から出ていった。
アルハはムニを追うことはなく、一人になった部屋の中で考えた。
「保護?」
人間は、魔物を討伐することで、大陸を開拓してきた。
一方、魔族がダンジョンの中に現れた時、魔物と共に現れることが多い。
「魔物を?」
大陸を生きる生物にとって、悪は人間と魔族のどちらなのか。
アルハは新たな宿題を出された気分となって、ムニが寝転んでいたベッドに倒れ込んだ。




