第40話 魔王の娘が目的達成を報告してきた件
夜。
勇者パーティは、大きな傷を負いながら村へと引き返してきた。
勝利の宴の準備をしていた村人や冒険者たちは、勇者パーティの様を見ると行動を一変。
即座に治療の準備を始め、雰囲気は重々しいものに変わった。
勇者が動けばあらゆる問題ごとは解決する。
そんな幻想を打ち砕かれた。
ガープたちの体は、致命傷こそなかったものの、ムニによって丁寧に壊されていた。
移動の妨げにならない程度に脚は無事だが、剣を振ったり魔法を使ったりするには不便なほど腕や体が壊されている。
呪いの類もかけられているようで、回復魔法による治りも遅い。
「完治まで、どのくらいかかりそうだ?」
「最低でも、一週間はかかるかと」
「……そうか。冒険者ギルドに、増援を頼んでおいてくれ。ダンジョンにいた魔族が、村を襲いに来る可能性に備える」
「は、はい!」
ガープは己の無力さを痛感すると同時に、すぐさま村の防衛の強化を指示していた。
敗北しても、勇者。
その立場には、人々を守ることが常におぶさっている。
「よし。これでアスワドを邪魔するものはおらん」
ムニはアルハと同じ部屋に居座り、目的を達成したことですがすがしい笑顔をしていた。
部屋の外で人々がせわしなく動いているのとは逆。
椅子に座ってジュースを飲み、リラックスタイムを満喫していた。
怪我人のアルハ。
冒険者ではない子供のムニ。
現状、二人は完全に役立たずであり、それゆえ誰もアルハのいる部屋に訪れることはなかった。
しいていえば、ジアだけは忙しく動き回る合間を見て、アルハの顔を見に来てはいた。
だが、治療に必要な物資の入手や、冒険者ギルドへの連絡、さらに魔族が襲ってきた場合の備えに追われ、数秒から数十秒だけ顔を見せるとすぐに部屋を出ていった。
「魔族は、逃げられそうなの?」
アルハはムニに尋ねながら、上体をゆっくりと動かす。
「おお。脱出経路の確認もした。まったく問題はない」
「そっか」
上機嫌なムニを、アルハはじっと見ていた。
時々口が動くも、開くことはない。
ムニはそんなアルハの様子に気づき、諦めたように口を開いた。
「アルハ、以前妾に聞いたな。妾がお主の……人間の義子になった理由を」
「え? あ、うん。訊いた」
考え事をしていたアルハは、突然のムニからの言葉に、咄嗟に頷く。
「今回の件、妾はお主に誓ったことを一つ破った。その借りを返すという訳ではないが、質問に回答してやる」
そして、ムニがこれから話そうとすることが自身の知りたかった話題であると気づき、ぴんと背筋を伸ばした。
ムニは、辺りを見回し、部屋の近くに人がいないことを確認する。
そして、アルハの目をじっと見て、口を開いた。
「平和の為じゃ」
ムニの返答は、アルハの常識にないものだった。
魔族は、人間と人間社会を滅ぼそうとする悪。
平和の対極。
それが、人間の持つ魔族への認識だ。
よって、アルハはしばらくムニの言葉を受け入れることができなかった。
「……冗談?」
「本当じゃ」
「いや、そんな訳が」
「事実じゃ」
「……じゃあなんで! 魔族は人間の街を襲って!」
「必要だからじゃ。全ての魔族……いや、全ての生物が平和に生きるための、必要な犠牲じゃ」
アルハはムニの言葉の真意を探るため、ムニの目を見た。
ムニの目は、奥の奥まで澄んでいて、まっすぐアルハを見続けていた。
そこに、冗談や嘘の混じる余地はない。
だからこそ、カッと頭に血が上った。
ムニの放った言葉が全て本心だと悟ったからこそ、怒りがこみ上げた。
「必要な犠牲?」
「そうじゃ」
「そんな犠牲、あるわけないだろ!」
アルハは叫んだ。
怒りによって形作られた言葉を。
遠慮もためらいもなく、ムニへとぶつけた。
ムニは、アルハの反応が想定外だったのだろう、少々焦った表情を浮かべた。
「何を怒っておる? 世界には、必要な犠牲が必ず存在するじゃろう?」
「ないよ!」
「では、妾たちが食したビッグピッグはどうじゃ? あれは、妾たちが生きるために犠牲にしたぞ?」
「それは……」
感情的なアルハに対し、ムニは淡々と返事をしていた。
アルハ自身、必要な犠牲がないと言いながら、ムニの言葉に思い当たる節もあったのだろう。
次の言葉を発しようと口を開けるが、なかなか次が出てこなかった。
「人間と……家畜は違う」
ようやく絞りだしたアルハの言葉に、ムニは心底詰まらなさそうな表情を向けた。
「……そうか。人間とは、そういう生き物じゃったな。己の種族だけを特別視する、傲慢な種族」
「ごっ……!」
ムニはじっとアルハを見続ける。
己の言葉に一切の過ちなどないという確信をもって。
アルハは、そんなムニを否定するために次の言葉を探す。
しかし、思いついた言葉が、ことごとく想像上のムニによって否定されていった。
アルハは今日初めて、ムニから目を逸らした。
ムニは大きなため息をついて、部屋の外へ向かって歩いた。
「これで、誓いを破ったことをチャラにしてくれ。妾の言ったことを、信じる信じないは勝手じゃがな」
アルハの方へ振り向くことなく、ムニは部屋から出ていった。
外の廊下を歩く足音が、部屋の中にまで響いてくる。
「…………」
アルハは、ムニから逸らしていた視線を、ベッドの上へと移動させた。
自分の言葉を反芻する。
ムニの言葉を反芻する。
自分が悪だと思っていた行動を、自分たち人間もしていることを突きつけられて、思考がごちゃごちゃになっていた。
「アルハ? ムニちゃんと何かあった? 凄く不機嫌そうだったけど」
ムニが出ていったすぐ後、ジアが部屋へと入ってきた。
「ジア?」
「うわっ。アルハも、すごい顔してる。喧嘩でもしたの?」
アルハは入ってきたジアを見て、果たしてジアはどう思うだろうという疑問がよぎった。
自分の考えを肯定してくれるのではないかと、口を開いた。
「ジアは、必要な犠牲ってあると思う?」
「え? 何その質問」
アルハからの問いかけに、ジアは首を傾げた。
「ある、かな」
そして、あっさりとムニと同じ回答を出した。
「え……。例えば?」
「んー。例えば、ダンジョンで魔物を倒すこととか?」
「魔物を倒すことが? 魔物は、人間を襲うじゃないか」
「ダンジョンにさえ入らなければ、普通は襲ってこないでしょ? 私たちは、私たちの都合で魔物のいるダンジョンに入って、ダンジョンを狩ってるのよ」
補足をするように、「まあ、魔物だから仕方ないけどね」とジアは笑った。
ジアの話を聞いたアルハは、再び難しい顔をして口を閉じた。
「アルハ、どうしたの?」
「ジアちゃーん! ちょっと手伝ってー」
「あ、はーい!」
そんなアルハの様子を心配し、ジアはアルハに近づこうとする。
が、直後に他の冒険者から呼ばれてしまい、ジアは後ろ髪をひかれながら部屋を後にした。
「悩んでることあれば、聞くからね!」
そう一言、言い残して。
「必要な犠牲、か。ぼくが魔物の犠牲を軽く見ていたように、魔族のムニからすれば、人間の犠牲も同じ感じなのかな」
種族が違えば、価値観も違う。
アルハは、魔族が人間を殺すという行動を、もう一度見つめ直し始めた。
感情では、決して許せることではない。
しかし、人間も魔物を殺し、魔族を殺している。
その行動は、果たして善なのか悪なのか。
アルハはベッドにもぐりこみ、人間の行動についても考え始めた。
一週間が経過した。
勇者パーティは、冒険者ギルドを経由して招集したA級冒険者たちと共に、再びダンジョンへと侵入。
しかし、魔族の存在は確認できなかった。
その後数日の調査を行い、やはり魔族を発見できなかったことから、魔族は居を変えたと断定。
ダンジョンから魔物がいなくなったこと、そして万一の事態に備えて数人の冒険者を村へ常駐させることで、依頼を達成とした。
勇者パーティたちも、冒険者たちも、再び日常へと戻っていった。




