第39話 魔王の娘が戦い方を見せてきたけど真似できそうにない件
クッキーの回復魔法は、神の領域に達している。
魔法使いたちの中で、最も権威ある者から授けられた言葉だ。
通常の回復魔法は、対象を指定して回復させる、個に対する魔法。
同時に複数対象を指定できるようになればなるほど、優れた魔法使いとして評価される。
対し、クッキーは個でなく、空間に対して回復魔法を広げた。
その空間にいる限り、受けた傷は即座に回復し、体力が減ることもなくなる。
まさに、回復魔法の世界に革命を起こしたのだ。
(ザワリ)
首を跳ね飛ばされても、死にはしない。
自身の回復魔法に絶対の自信を持つクッキーは、ムニが結界を破ってから、言いようもない恐怖に襲われていた。
何か、自分の常識の外にある絶望が、口を開けてクッキーを飲み込もうとしているような恐怖感。
「まず、広域に対する回復魔法の対処法じゃが」
結界をやぶったムニは、クッキーの回復魔法の領域へと入る。
当然、魔族であるムニが回復の恩恵を受けることはない。
ムニは広げた手を前に伸ばして、その手に魔力を溜めていく。
「混ぜる」
「う……!? げほっ!?」
そして、自身の魔力をクッキーの回復魔法に侵食させた。
水に落とした黒い絵の具が全体に広がっていくがごとく、ムニの毒々しい魔力が回復魔法を浸食し、その源であるクッキーの体へ毒と言う形で侵入する。
クッキーは吐血し、咄嗟に口を押さえながら膝をついた。
クッキーは何度も咳き込み、その都度指と指の隙間から、赤い血が外へと流れだした。
「クッキー!?」
「何!? 何が起こったの!?」
クッキーの次に魔法へ精通するハミュウが、クッキーへと駆け寄る。
ガープとチューハはクッキーの身を案じつつも、立っているムニから視線を外すことはない。
「広域魔法は、その場にいる全員に効果を与えるメリットはあるが、巨大ゆえに体のいい的にもなり得る。魔法に対する魔法をてきとうに放てば、この通りじゃ」
「……! わざわざ解説とは! ずいぶん、私たちのことを舐めてくれるな!」
ムニの解説は、遠隔で聞くアルハへの物である。
が、アルハがこの場を見聞きしていることを知らないガープからすれば、敵である自分たちにアドバイスを送るという奢りでしかない。
「何この魔法!? 傷が、治らない!」
ガープは怒りのままに、足を一歩踏み出しそうになる。
が、ハミュウの悲鳴にも似た声を聞き、感情を抑え込んだ。
「ハミュウ! どういう状況だ?」
「わからない! 回復魔法をかけてるんだけど、毒が消えるどころか広がって……うぅ」
「ハミュウ!?」
ガープの背後から聞こえていたハミュウの声が消えた。
代わりに、何かが倒れる音が一つ響いた。
「浸食魔法。魔力から魔力へ感染し、回復魔法を使った相手も蝕む。対魔法使いには、使い勝手の良い魔法じゃ」
何が倒れたのか。
その答えを、ガープとチューハは見ずしてわかっていた。
「ハミュウ!」
「そして後衛が倒れた時」
ハミュウの身を案じ、チューハが振り向く。
否、振りむいてしまった。
ムニから視線を外してしまった。
ムニの思い通りに。
チューハのこめかみを、ムニの放った一撃が撃ち抜く。
チューハの脳が揺れ、意識が薄れ、立っているだけで精いっぱいとなる。
「未熟な前衛に隙ができるから、そこを狙う」
ムニは地面を蹴り、容赦なくチューハへ接近する。
「ぐっ……!」
接近してくるムニに対して、ガープは一瞬で思考を終える。
チューハの自力での回避は不可能。
チューハを押すか引くかで位置をずらせば回避できるだろうが、その場合にムニが隙を作ったガープに攻撃対象を変えることは必須。
であれば、最初からチューハの回避を諦め、ガープがムニを迎え撃つことこそが最善。
「おおおおおお!」
目にも止まらぬ速さのムニに向けた、同じく目にも止まらぬガープの一撃。
誰の視力でも捉えられぬ高速下において、二人の攻防が瞬いた。
(勇者の戦闘値が五千などというから、人間は愚かなのじゃ。こやつの最大の強みは、瞬間火力じゃと言うのに)
迫ってくる刃に対し、ムニは側面に片手を置いた。
そして、片手の逆立ちでもするように剣の上に乗り、肘を曲げ、伸ばし、上へと跳ぶ。
空中にて頭と足の位置を入れ替えて、ガープの頭上を跳び越す。
狙いは当初から変わらない。
無防備なチューハの顔面に拳で一撃をくらわせる。
「ぐあっ」
「チューハ!」
「百武術、『敵依螺』」
が、チューハは壁に激突する直前、体勢を戻して着地する。
そして、即座に地面を蹴って、ムニの元へと戻って来る。
(ほう。アレをいなしたか)
戻って来るチューハを見て、ガープは剣を振った勢いを加速させ、ムニを挟み撃ちにするように剣を振るう。
(妾の攻撃への反応速度が、一気に上がった。敵依螺……一度攻撃を受けた相手の動きだけに集中し、反射で攻防を行う武術ということか?)
左右から迫ってくる凶弾を前に、ムニは冷静さを失わない。
両手を左右へと伸ばし、刃と拳を受け止める。
「止められ……!」
「そんな馬鹿な!」
数々の魔物を、そして魔族を屠ってきた一撃も、ムニの前では意味がない。
ムニが拳を握ると、チューハの手の骨が握りつぶされた。
「があっ!?」
しかし、さすがはと言うべきか、勇者の剣は形を保っていた。
「相手の行動を覚え、反射で行動する相手には、こうじゃ!」
ムニはガープをいったん放置し、手を押さえるチューハへと照準を合わせる。
チューハは敵依螺によって、痛みを我慢するという意思を素通りし、反射的にムニの攻撃へ砕かれていない拳を合わせる。
本来であれば、ムニの拳は止まっていた。
反射により、体で覚えたムニの攻撃の勢いを最も殺す一撃を繰り出すことができた。
が、現実に起きたのは、ムニが残った一本の腕も砕き折ったという事実。
「いつもと違う動きをする。以上」
驚くチューハの顔面を、今度こそ芯を捉えて殴りつけた。
チューハの体は好転しながら転がり、倒れているハミュウの体にぶつかって止まった。
「魔族!」
「安心せよ。命まではとらん。数日ばかり、眠っておれ」
ガープが剣を握りしめ、ムニを突く。
全身を巨大な剣に見立てた、極限の突き。
威力も速度も、人間どころか魔族の普通を大きく超越する。
「一撃必殺は、くらっても死ななければ、逆に隙になる」
ガープの刃は、ムニの体を貫いた。
そして、止まった。
ムニの腹部の筋肉が締まり、ガープの剣を捕らえた。
「馬鹿……な……?」
一撃必殺は、全身全霊を乗せた一撃。
故に、次の動きを考慮しない。
その一撃で倒せなかった時、致命的な隙ができてしまう。
一撃必殺を放った負荷によって、ガープは腕と剣を伸ばした状態で、一秒間制止した。
「一撃必殺を切り札にすべきではないのう」
ガープの無防備な額を、ムニは中指ではじいた。
魔力を乗せたデコピン。
脳を揺らす衝撃とともに魔力を直接撃ち込まれたガープの脳は、自身が死亡したと錯覚し、ガープの意識を途切れさせた。
「おしまいじゃ」
ムニは自分の肩をもみながら、戦いなどなかったようないつも通りの口調で言った。
そして、ガープたちの倒れた姿を見ながら、視覚と聴覚を共有しているアルハへと尋ねた。
「どうじゃ? 学べるものはあったか?」
アルハは一人、部屋の中で返事をした。
「あるわけないだろ!!」




