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第38話 魔王の娘が戦い方を見せてきた件

 ――せっかくじゃ。アルハ、妾の戦いを見て学ぶと良い。

 

 そう言ったムニが、アルハの額に人差し指を押し付けたのが昨日のこと。

 一瞬の熱を帯びた後、アルハの視界は自分が持つ二つの目に加え、ムニの持つ二つの目が増えていた。

 最初は戸惑っていたものの、一時間もすればすっかり定着していた。

 首をひねれば右の景色から左の景色に変わるように、視界をアルハのものからムニのものへと切り替えることができるようになっていた。

 

 アルハ本人はと言えば、宿のベッドに寝転んだままだ。

 目を覚ましたとはいえ、怪我は完治していない。

 安静を理由に天井を眺めているふりをして、ムニの視界を見ていた。

 

 途中、ジアがお見舞いに来たが、眠りたいからと帰ってもらった。

 

「いよいよか」

 

 アルハの持つムニの視界の中では、目まぐるしく景色が入れ替わっていた。

 ベッドの上のアルハを見るムニ。

 目の前に創り出されたムニの分身。

 唐突な暗転。

 唐突なダンジョンの内部。

 唐突なアスワドの姿。

 ムニとアスワドはしばし会話をしていたが、アルハの耳に会話の内容が届くことはなかった。

 

 そのしばらく後、つまり今。

 ムニの視界に、勇者パーティが現れた。

 同時に、アルハの耳には洞窟特有の静寂と、静寂に押し付けられる複数の足音が届いた。

 ムニが、聴覚も共有したのだと、アルハはすぐに推測できた。

 

「お前、魔族か?」

「いかにも」

「そうか。……よくも、私の弟を痛めつけてくれたな? その罪、万死に値する!」

「弱者の戯言じゃな」

 

 勇者であるガープが剣を手に取り、ムニへと向ける。

 

「待って、勇者様。この魔族、本当に昨日報告のあった魔族? シャーイたちから聞いた情報と、見た目が違うような」

 

 直情的な勇者に対し、ハミュウは冷静だ。

 自身の入手した情報を頭の中で整理し、疑問をガープへと投げつける。

 

「ふん! 大方姿がバレてしまったから、逃げるためにローブを着ているのだろう! それに」

「それに?」

「昨日の魔族と同じかどうかなど関係ない。魔族は、絶対的な悪! 故に、滅ぼすことは絶対だ!」

 

 が、ガープはじつにさっぱりと、ハミュウの疑問を斬り捨てた。

 

「……話の通じぬ糞餓鬼め」

 

 ムニの吐き捨てるような独り言が、アルハの耳に届いた。

 失望に染まった声にどんな想いがあったのか、アルハにはわからない。

 

 もっとも、勇者パーティのメンバーは、ガープの言葉に失望など感じていなかった。

 否、さも当然と言った顔をして、武器を取った。

 

「ま、それもそうか」

 

 勇者パーティの魔法使い、ハミュウ。

 太ももにまで伸びる黄金色の長髪が空中で不自然に靡き、それに合わせるように同色のローブの裾が靡いている。

 全身からあふれ出す魔力が、魔法を使うまでもなく自身の周囲に影響を与えていた。

 

「さ、お手並み拝見。俺様の百の武術、どこまで受けきれるかな?」

 

 勇者パーティの魔法使い、チューハ。

 ウニのようにとげとげとした黒い髪は、まるで生物を刺すことができそうなほど鋭い。

 十六歳に似合わぬ筋肉量はチューハ自身の身体を一回りも二回りも大きく見せ、百五十センチメートルと言う小柄さが嘘のように大きく見える。

 

「パキン。ポキン」

 

 勇者パーティの僧侶、クッキー。

 腰まで伸びた白い長髪が、ハミュウの魔力によって同様に靡いている。

 杖をグッとつかむと、ムニを捉えていた白い目が、赤色へと変化した。

 

「行くぞ!」

 

 先陣を切ったのは、当然勇者ガープ。

 地面を蹴った瞬間、ムニの視界がガープの剣で埋め尽くされた。

 

「脳筋が」

 

 が、ムニは左へと跳躍し、なんなくガープの一撃を躱した。

 アルハがガープの一瞬の接近を認識したのは、ムニが回避を終え、剣を振り終えたガープが視界に入ってからだ。

 

(速すぎる……。何も、見えなかった……)

 

 勇者パーティの実力は、噂では聞いていた。

 勇者ガープは、人間をとうに超越していると。

 しかし、噂で聞くのと体験するのでは、実感が大きく異なる。

 アルハはベッドの上で戦慄していた。

 人間を遥かに超えた動きをするガープに。

 そして、それを悠々と見切ったムニに。

 

「ドロン」

 

 ムニが着地すると同時に、両足が地面へと沈んだ。

 青い目をしたクッキーが杖をムニの足元に向けており、足元の地面がまるで水面のように波打っていた。

 さらに、地面から蛇のように泥が顔を出し、ぐるぐるとムニの体を縛り付けた。

 

「拘束魔法か?」

 

 ムニが興味深そうに足元を見る。

 瞬間、ガープとチューハが地面を蹴り、一瞬でムニとの距離を詰める。

 ガープの剣と、チューハの拳、二つの狂気が同時に迫る。

 否。

 

「黄金桜」

 

 ハミュウが魔法で創り出した千本の刃が、ムニの退路を断つようにムニを囲む。

 そして、黄金色の輝きを放ちながら、ムニへと迫る。

 

(なるほど。二重三重で妾の動きを封じ、妾の心臓へ目掛けた一撃。良い手じゃ)

 

 ムニの体はその場から逃れることができず、ガープの剣とチューハの拳を左胸へ受けた。

 心臓の位置へ。

 

「惜しむらくは、お主らが弱いという一点じゃ」

 

 が、ガープの剣とチューハの拳は、ムニの皮膚に止められた。

 血の一滴さえ流すことのないムニを見て、勇者パーティ全員が目を見開く。

 

「馬鹿……な……」

「人間どもに祭り上げられて調子に乗っておるのか? 強いとは、こういうことを言うのよ」

 

 ムニは勇者パーティを見ながら、自身の右手を右から左へと振った。

 拘束されていることなど忘れたように、ムニの掌がムニの視界を横切った。

 

 咄嗟に後方へ跳んだガープは巻き込まれずに済んだが、チューハは横っ腹に掌を受けた。

 ふんばる時間さえ与えられず、チューハはハミュウの創った刃を巻き込んで吹き飛ばされ、そのままダンジョンの壁へと叩きつけられた。

 

「チューハ!」

 

 叫ぶガープ。

 

「手は二本あることを忘れておるのか?」

 

 そんなガープに、ムニの左手の拳が突き出される。

 ガープの腹部を捉え、肋骨を全て砕き、後方へと吹き飛ばす。

 ガープは壁に激突すると同時に口から血を吐き、地面へと落ちた。

 

「勇者様!」

「シャラン」

 

 ハミュウがガープとチューハを守るため、駄目元で黄金の刃をムニへと接近させる。

 同時に、黄金の刃があった場所へ結界を張る。

 一方のクッキーは、空間全体に回復魔法を張り巡らせた。

 回復魔法の領域内にいる人間は、問答無用に傷を治される広域支配型の魔法。

 ガープとチューハの傷はみるみる治り、痛みも魔法によって抑え込まれる。

 

「強いな。今まで倒した、どの魔族よりも」

 

 ムニの実力を知って、ガープの表情からは弟の仇討と言う感情が消えていた。

 そんな私怨を抱えていては、ムニとの戦いで振りにしかならないと悟ったのだ。

 

「クッキー、回復魔法を張り続けてくれ」

「コクリ」

「ハミュウ、クッキーの代わりに拘束魔法を頼む。攻撃、防御、拘束、全部任せることになるが」

「問題ないわ」

「チューハ、俺と呼吸を合わせろ。確実に一撃を入れるぞ」

「ああ。百武術、『補路宵ほろよい』」

 

 気合いを入れ直す勇者パーティの前で、ムニは一歩踏み出し、吐いた息で結界を破壊した。

 

「さて、見ておれよ。今から、戦いを見せてやる」

 

 そして勇者パーティに、アルハに、戦いの開始を宣言した。

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