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第4話 魔王の娘を自分の部屋に入れた件

「ふー。満腹じゃ」


 ムニは、アルハの部屋のベッドで仰向けになりながら、ぽっこりと膨らんだお腹をさすっていた。

 

 ビッグピッグ。

 名前に反して、一頭から採れる肉の量は大の男が満腹になる程度と少ない。

 人より体力を使い、大量のエネルギーを必要とする冒険者であれば一頭半だ。

 

 ムニは、出された半分をペロリと平らげ、二頭目を丸ごと求めた。

 そのときは笑顔だったウーテルの顔も、ムニが三頭目に手を付ければひきつり、四頭目に手を付ければ驚き、五頭目に手を付けた時には青くなっていた。

 お代わりもあるから腹一杯食えと言った手前、ウーテルはお代わりを出し渋ることも、ムニに怒ることもなかった。

 しかし、想定外の出費を前に、立ったまま気を失っていた。


「ムニ。君、すごく食べるね」

「そうか? これでも抑えたんじゃが」

「ちなみに、後どれくらい食べられる?」

「もう五頭は余裕じゃ」

「あれで、腹半分かあ」


 アルハはベッドから少し離れたところで、ムニを見ていた。

 魔王の娘に近づきすぎるのは危険だという本能半分、魔族とは言え幼い子供に近づきすぎるのは危険だという倫理半分だ。

 とはいえ、アルハの部屋は、単身の冒険者向けの宿。

 与えられた部屋も、四畳程度。

 離れたところで、その距離は決して遠くない。

 

 ムニは一人用のベッドの上をごろごろと転がった後、ベッドから降りて部屋を散策する。

 アルハの普段着、ダンジョンに潜る時ようの服と道具、非常食少々、そしてくじの賞品であるフルーツ。

 それ以外に何もないと気づくと、アルハに憐れむような視線を向けた。


「人間と言うのは、随分侘しい生活をしておるんじゃのう」

「憐れむな!」


 ムニからの憐みに、アルハは反論をしようとが、「そんなことはない」と言えるほど裕福な生活が送れていないのは事実だ。

 冒険者の収入は、ピンからキリまである。

 

 ダンジョンの奥まで潜り、希少な素材を回収できる冒険者は、貴族にも匹敵する豪遊ができると言われている。

 一方、ダンジョンの浅瀬でしか回収できない冒険者は、安く買いたたかれる素材を他の冒険者と取り合うため、今日明日の生活費を稼ぐのがせいぜいだ。

 アルハは後者。

 さらに言えば、方向音痴が災いしてダンジョンの奥に踏み込んでしまい、まともに戦うと勝てない魔物と遭遇することも珍しくない。

 武器を壊すくらいの無茶をし、緊急避難用の高価な道具を使い、なんとか生還を果たしているため、その出費は一般的な冒険者よりも多い。

 故に、アルハはいつだって金欠だ。


 アルハは咳払いをして、話を逸らす。。

 そして、ムニと静かに話せる空間ができたことで、改めてムニへと質問した。


「なんで、ぼくの子になるなんて言ったの?」


 魔王と魔族は、人間の敵だ。

 人間の前に姿を現すことは、大規模な戦闘の引き金になりかねない危険な行為だ。

 

「お主が聞いておるのは、お主の子になった理由か? それとも、人間の子になった理由か?」

「人間の子のつもりだったけど、両方かな」

「ふむ」


 ムニは部屋を歩き回るのをやめ、ベッドへと腰掛けた。

 そして、小さな体で、じっとアルハを見下ろした。


「お主の子になったのは」

「なったのは?」

「たまたま、お主が来たからじゃ。それ以上でも、それ以下でもない」

「ずこー」


 ムニの返答を聞いて、アルハは盛大にずっこけた。


「正直、妾も驚いた。父様が、ここで人間を待とうと路地の奥地を指したときは、誰も来ずに待ち損になると思うたが。いやはや、よもやあんなところに人間が紛れ込んでくるとは」

「父様?」

「くじを売っていた男がおったじゃろ? あれ、妾の実父」

「実父ってことは……あの禿げダルマが魔王!?」

「おい、妾の父様を禿げ呼ばわりするんじゃあない。そりゃあ、年々毛髪事情は悪くなっておるが、そもそも魔族は人間と違って特定の部位に体毛が生えるようにできておらんのじゃ。つまり、父様の頭部が寂しいのは、決して禿げとかそういうのではなくて、たまたま父様の体質が頭部に髪が生えないというだけで」

「めっちゃ、しゃべるじゃん」

「もうよかろう! 父様の話は、終いじゃ! 終い!」


 しばし弁明していたムニは旗色が悪いと思ったのか、話を打ち切った。

 アルハからそっぽを向き、僅かに頬を膨らませている。


 アルハはと言えば、くじを売っていた男が人類最大の敵である魔王であったことにも衝撃を受けたが、実父が生存していてなお人間の娘となったムニの行動がますます理解できなくなっていた。

 親から離れて敵側の勢力につくケースなど、二つしかない。

 親への反抗と、敵側の勢力のスパイだ。

 しかし前者であれば、親である魔王がムニを渡してきた理由が説明できない。

 後者であれば、ムニがアルハに魔王の娘であると正体を明かした理由が説明できない。

 アルハはムニを一目見た時、魔族だと気が付かなかった。

 仮にスパイをするのであれば、人間の振りをしていた方が都合が良かっただろう。


 浮かび上がった疑問を解消すべく、アルハは二つ目の質問を投げかけた。


「じゃあ、人間の子になった理由は?」


 ムニの耳が、ぴくんと動く。

 ムニはゆっくりと首を正面に戻し、アルハの表情をじっと見た。

 その表情には怒りも悲しみもなく、無表示のまま人差し指を自身の唇の前に立てた。


「それは、秘密じゃ」


 ムニの声には、一切答える気がないという無言の圧力があった。

 アルハの開いていた口は強制的に閉ざされて、同じ質問を繰り返す限りは決して開けない重さがあった。


「……わかった」


 故に、アルハは、そう返すしかなかった。

 ムニと会話をすることにこそ慣れてきたが、相手は自分よりも強者だろう存在。

 隠れていた本能の警報が、一瞬だけ鳴り響いた。

 

「うむ。物わかりが良くて助かる」


 ムニが満足げに言ったところで、部屋の扉がノックされる。


「アルハ君。お湯とタオル、持ってきたから」


 誤解の解けたファナの声が、扉越しに届く。


「ありがとう!」


 アルハもまた扉越しに叫んで、扉を開く。

 扉のすぐ側には、お湯の入った桶と二枚のタオルが置かれており、ファナは既に次の仕事へ向かっているのか後姿が見えるのみだった。

 アルハは桶とタオルを部屋へ持って入り、扉を閉める。


 見慣れない道具を、ムニは興味からまじまじと見つめる。


「なんじゃ、それは?」

「体を洗うためのお湯とタオルだよ」


 アルハの返答が予想外だったのか、ムニは焦ったようにアルハに問う。


「は!? 体を洗う? これで? 風呂は!? 湯船はないのか!?」

「大浴場、あるにはあるんだけど」

「なんだ、あるのではないか」

「でもここ、男湯しかないから」


 ウーテルの宿は、正確に言えば単身の男冒険者向けの宿だ。

 故に、部屋を借りているのは男だけ。

 よって、あらゆる設備も男だけ。

 ウーテルの宿に滞在する女は、冒険者の買った娼婦とウーテルの娘であるファナだけだ。

 しかし、娼婦は事前に体を洗って訪れるし、ファナは自分の家に戻ってから入浴を終える。

 よって、ウーテルの宿に女湯など存在しないのだ。


「なんじゃ、あるんではないか」

「いやだから、男湯しかないんだって」

「妾は気にせぬよ。そもそも魔族は、人間の裸体を見たところで何も感じぬ」

「周りが気にするんだよ!」

「男が細かいことを気にするな! 後生じゃから! 後生じゃから妾に湯舟を!」

「諦めてくれ」

 

 魔王の娘と言う高貴な身分で育ったムニは、生まれてこの方、脚を伸ばせる湯船にしか使ったことがなかった。

 入浴の時間と言うのは、ムニにとって最高のリラックスタイムだったのだ。

 ムニは再び桶を見て、今までの生活とのギャップに眩暈がした。


「い、嫌じゃあああああ!」


 ムニの声が、宿中に響き渡った。






 その後。


「アルハ君、何したの!?」

「何もしてない!」


 悲鳴を聞きつけ、強引にムニを襲おうとしたのではないかとファナが部屋に飛び込んできたのは、また別の話。


「おー、よしよし。お風呂は、お姉さんと一緒に入りましょうねー」

「わーい。ムニ、お風呂大好き」


 結局ムニの我儘が通る形で、ムニがファナと一緒に公衆浴場へ行ったのも、また別の話。

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