第35話 魔王の娘と魔族について話す件
「遅い」
ダンジョンの入口では、A級パーティ『爽剣の毘沙』のシャーイとハリーブ、そして彼らの組に配置された冒険者たちが待機していた。
担当分の魔物の掃討を終えた二組はダンジョンを引き返し、ダンジョンの入り口まで戻って来ていた。
それから数時間。
未だに、カファとクーラが戻って来るどころか、伝令役の冒険者の一人さえ戻ってこないことに危機感を募らせていた。
「もー、向かいませんか? これはもー、中で何かあったとしか」
ハリーブからの進言に、シャーイが苦々しい表情を浮かべる。
冒険者の基本は、信用と責任。
そして、シャーイは信用の名の下、カファとクーラに冒険者たちを預け、指揮権を渡した。
漠然とした不安だけで、信用して任せた領分に踏み込むことは、つまりカファとクーラに対して不信を告げることと同義である。
「後三十分だけ、待ちましょう」
よって、シャーイは冒険者ギルドの定めた救出を開始する基準時間に従った。
右足で細かく地面を踏みつけながら、不安そうな表情を見せないように努めて冷静な表情を保つ。
とはいえ、シャーイの感情の乱れは、誰の目から見ても明らかだ。
ダンジョンの中から足音が聞こえたのは、そんな時だった。
「誰です!」
シャーイは念のため剣を抜き、即座に戦闘態勢をとった。
コンマ数秒遅れて、ハリーブが。
数秒遅れて、冒険者たちが。
足音には、音を殺して近づくような技術も、獲物を見つけた猛獣のような容赦のなさも含まれてはなかった。
ただ、弱弱しかった。
闇に人影が浮かび上がり、外の光が人影に色を付けていく。
「君は」
「よ、ようやく出られた」
ダンジョンから出てきたアルハは、気を失っているカファを背負っていた。
そして、アルハ自身も外に出られたことで気が抜けて、そのままカファとともに倒れ込んだ。
「おい!」
シャーイとハリーブが、二人に駆け寄る。
シャーイはアルハに声をかけ、ハリーブはカファの様子を確認する。
「もー、びっくりした。死んではないわ」
ハリーブは、カファの体が弱弱しく脈打っていることを確認し、安堵した。
シャーイも同様だが、集団での依頼のリーダーとして、自分のパーティメンバーだけを優先するわけにもいかない。
アルハの体の状態を確認し、死の危険はないと判断する。
そして、アルハの体の負担にならないように体を揺らし、アルハから情報を聞き出そうとする。
「話せますか? 中で、何があったんですか? 他の者たちは?」
「……魔族が」
「魔族!?」
その一言で、この場の冒険者たち全員に緊張が走った。
同時に、カファが気を失っている理由も理解できた。
魔族が現れれば、A級冒険者が負けることも現実的だ。
一方でわからないのは、アルハがカファを背負って、ダンジョンの入り口にまで戻ってきている点だ。
A級冒険者を倒せるほどの魔族が、人間一人を背負った満身創痍のアルハを取り逃がしてしまうことなど考えずらい。
「でも、大丈夫……です……。魔族は……止めを……刺さずに……どこかへ……去って……」
が、疑問はすぐに解消された。
敵対関係にある存在が、瀕死の相手を逃がすというのは眉唾な話である。
少なくとも人間であれば、止めを刺すか、捕獲するかの二択だろう。
だが、魔族の行動は、人間の理解の外にある。
人間から見れば、おおよそ敵対関係の相手にするはずのない行動も、平然とやってくるのだ。
事実、魔族は人間の土地を侵略することもあれば、魔物に襲われている人間を助けることもある。
よってアルハの言葉を、シャーイは理解できないまでも納得した。
「そうか」
「中で……皆、倒れています……。早く、救出を……」
アルハは自分の言いたいことが伝わったことで張り詰めていた糸が切れ、即座に意識を手放した。
「君! 誰か、回復魔法を使える者は? それ以外の者も、すぐに準備を。ダンジョンにいる仲間を救出に向かいます!」
その後しばらく、アルハに記憶はない。
丸一日ぐっすりと眠って、目を開けたときには村の宿の一室にいた。
「おお、目が覚めたか」
目を覚ましたアルハの視界に、最初に映り込んだのはムニの顔だった。
回復を確信していたのだろう、ムニの表情にはアルハを心配するようなそぶりもない。
ムニはアルハの頬をつつきながら、笑顔で言った。
「寝坊をして、損をしたなアルハ。滞在中の間、村人たちが飯を作ってくれているのじゃが。これがまた美味いんじゃ! 知っておるか、アルハ? ハーブなる草を肉にかけると、肉がさっぱりとして美味くなるんじゃ!」
アルハは、ムニにつつかれるまま、休んでいた脳を起こしていく。
ダンジョンには行ったこと、魔族が現れたこと、ムニが現れたこと、そしてカファをダンジョンの外まで運び出したこと。
「ムニ! 君、なんでダンジョンに!」
鮮明になった記憶が咄嗟に言葉となって溢れ、アルハは勢いよく上半身を起こした。
そして、アルハはすぐに聞かれてはまずい話題だと気づいて、手で自分の口を塞いだ。
周囲をきょろきょろと見渡して、誰かに聞かれていないかと確認する。
「安心せよ。ここには妾しかおらぬし、防音の結界を張っておるからお主の声も外に漏れてはおらぬ」
ムニは、アルハの行動の意図をすぐに理解して言った。
安堵したアルハは、口から手を離して、改めてムニを見た。
「なんでダンジョンに、という問いなら、妾はダンジョンに行っておらん。あれは、魔法で作った妾の分身じゃ。ま、記憶も五感も妾と共有しておるから、妾自身と言っても間違いではないが」
「分身?」
「うむ。そう言う魔法があるのじゃ」
人間の世界では聞いたことのない魔法に、アルハは思わず言葉を繰り返す。
とはいえ、人間と魔族に常識の差があることなど常識だ。
アルハはすぐに、分身の存在を受け入れた。
「じゃあ、次だけど。なんで分身なんて出したの?」
「お主が死なぬよう、念のためじゃ。今のお主の実力であれば、魔物相手だけであれば死にはせんじゃろう。じゃが、アスワドのの気配を感じてな」
「魔族の?」
「そうじゃ。もしもアスワドと殺し合いになれば、さすがに死ぬ。よって、保険をかけたのじゃ」
魔族は、魔族の気配がわかる。
それもまた、人間の知らない常識だった。
アルハは次から次に発覚する事実に、痛む頭を押さえた。
人間は、近くの人間の気配を感じることはできるが、ダンジョンの中まで感じることはできない。
だからこそ、複数人で行動し、人間の声と足を使うことで遠くの人間の行動を把握する。
気配を感じることができるという魔族の能力は、集団における戦闘において、多大な優位性を発揮できるだろうことなど、容易にわかる。
アルハの心の内も気にせず、ムニは話を続ける。
「保険をかけておって正解じゃったな」
「ムニ、聞きたいことが」
「それにしても、顔見知りで助かった。もしも、妾たちに敵対する魔族だったら、さすがに妾が戦わねばならんところじゃった」
「……待って。聞きたいこと増えた」
魔族の中に、ムニに、つまり魔王に敵対する存在がいる。
それもアルハが、人間が知らない常識だった。
積み重なっていく疑問を前に、アルハは一つ一つ問いただすことにした。
「魔王って、魔族の頂点だよね?」
「そうじゃが?」
「頂点の魔王に、敵対する魔族がいるの?」
「当然じゃろう? お主たち人間だって、人間同士で争うこともあるじゃろう?」
「まあ、そうだけど」
「魔族も同様。全員が全員、お父様に賛同しておるわけではない」
ムニの最後の言葉には、僅かに哀愁が漂っていた。
だから、アルハは尋ねるべきか否かを一瞬ためらい、尋ねるべきではないかも知れないと思いながら口を開いた。
「それって、君がぼくのところに来たのと関係が」
「む。アルハ、話は後じゃ。人間が来る」
が、その問いに返事が来ることはなかった。
ムニは、即座に結界を解除した。
アルハもまたムニへの質問を止め、部屋の入口へ視線を移した。
「アルハという冒険者が休んでいる部屋というのは、ここか!」
入り口の扉が開かれ、赤と白のツートンカラーの髪をした男が、元気な声で入ってきた。
男が名乗るよりも早く、アルハはそれが誰かわかった。
「ゆ、勇者様!?」
人類最強の存在が、アルハの滞在する部屋へと現れた。




