第32話 魔王の娘と離れてダンジョンに入る件3
「ふっ!」
「おお、おお。鋭い一撃だ。だが」
カファの剣が、ミラー・ドラゴンの額へと振り下ろされる。
ミラー・ドラゴンは抵抗することなく、剣を受け入れる。
剣と鏡の衝突音が響き、どちらが砕けるでもなく、力が拮抗する。
しかし、この結果はカファの想定内。
カファは、剣を軸に体を縦に回転させ、ミラー・ドラゴンの首へと乗る。
そして、首に貼られた鏡と鏡のつなぎ目を目掛けて、剣を突き立てる。
「猪口才」
が、カファの剣は、鏡の奥の皮膚には届かなかった。
貼り付いた鏡がうごうごと動き、つなぎ目の位置をずらした。
剣の切っ先は鏡面へと衝突し、その動きを止めた。
「ちいっ!」
「おお、おお。浅はか」
ミラー・ドラゴンの視線は、首に立つカファの気配がする方向へと動く。
まるで、他の冒険者など相手にしていないように。
「撃てー!」
その隙を見逃すほど、冒険者たちはバカではない。
矢と魔法が一斉に、ミラー・ドラゴンへと放たれる。
一発一発が鏡のつなぎ目を狙った、命を狙う雨。
対し、ミラー・ドラゴンは余裕の表情だ。
大きく鼻息を鳴らし、その全身を光らせる。
鏡の破片から光が発射された時と同様、全身の鏡という鏡が輝き始めた。
破片と違う点があるとすれば、鏡一枚一枚が大きく、放たれようとしている光線も比べ物にならないくらい大きいということだろう。
「まずい!」
カファが、咄嗟にミラー・ドラゴンから飛び降りる。
カファの着地と同時に、全身の鏡から光が放たれる。
光は、ミラー・ドラゴンに向かって放たれていた矢や魔法を消し去り、ダンジョンの壁や床の表面を削り溶かしていく。
「まずいまずいまずい!」
「回避! 回避!」
向かってくる光線に、冒険者たちも逃げ惑う。
光線の動きは、直進的だ。
故に、高速であるという点を除けば、回避は容易。
冒険者たちは光線の軌道から逃げ、全ての光線を避けきった。
否、避けきったと信じた。
「ぐあっ!?」
壁に、床に放たれた光線が、最初にばら撒かれた小さな鏡の破片に反射して、冒険者の背後から戻って来る。
光線の大きさは、小さく細くなっている者の、その数は十倍以上に増えている。
多数の細かい光線が破片に当たり、反射に反射を繰り返す。
冒険者たちの腕を、脚を、腹を貫く。
「おお、おお。人間は脆いのう」
「バリアー!」
冒険者たちにとって幸いだったのは、魔法使いの中に魔法の侵入を防ぐ結界魔法の使い手がいたこと。
巨大な光線は防げないが、小さな光線ならば防げると、冒険者たちを包むように結界を作り出した。
冒険者たちを襲っていた光線は、結界にぶつかって、結界内部に入ることなく反射した。
「おお、おお。無邪気な抵抗だ」
ミラー・ドラゴンは、ドーム状の結界と結界の中に避難した冒険者を見て嘲笑し、全身の鏡に光を溜め始めた。
結界を破壊し、結界の中にいる冒険者たちを滅ぼすために。
「くそっ!」
結界の外に残ったカファは、反射を続ける小さな光線を剣で切り落としながら、ミラー・ドラゴンへ接近を試みる。
しかし、上から下から飛んでくる光線に邪魔をされ、全速力で走ることができなかった。
A級冒険者と言えど、光線を体に受ければ傷を負う。
傷を負えば、ミラー・ドラゴンを倒せる確率が下がる。
よって、傷を負わないうぴも動かざるを得ない。
「おお、おお。間に合わんな」
ミラー・ドラゴンは横目でカファの動きを確認した後、結界を見据えた。
既にミラー・ドラゴンの輝きは最大に達しており、あと数秒もあれば光線を放つことができる。
ところで、誰もが気に留めていなかったが、結界の外にいるのはカファだけだろうか。
否。
「アルハ!」
もう一名。
結界の中でアルハを探していたジアが、結界の外にその姿を見つけ、思わず叫ぶ。
「んん?」
アルハは、光線が飛び回る中を真っすぐに走り続けていた。
無数の光線がアルハの体を捉えるが、アルハの体に傷はつかない。
まるで雨の中を走っているように、アルハは光線を浴びることを気にせず走り続けていた。
そして、地面を蹴ってミラー・ドラゴンの眼前に迫り、剣をミラー・ドラゴンの額に向かって振り下ろした。
「ぎ……ぎゃあああああ!?」
剣は、額の鏡を砕き、額の奥の皮膚を切り裂いた。
鮮血が飛び散り、ミラー・ドラゴンは前足をあげて、痛みで叫んだ。
「まずい、暴発する!」
アルハは着地した後、ミラー・ドラゴンの魔力が無作為に膨れ上がっていることに気づき、体を反転させて走った。
少しでも、ミラー・ドラゴンから距離をとるために。
ミラー・ドラゴンへの接近を試みていたカファも、アルハの動きを見て、すぐに反転。
アルハ同様に、ミラー・ドラゴンから距離をとった。
「おお、おお。いかん……!」
一方のミラー・ドラゴンは、鏡を砕かれたことで暴発しかけた魔力を、必死に抑え込んでいた。
まるで、くしゃみを我慢するように。
しかし、体外に放つ前提で溜め込んだ魔力の量。
抑え込み続けることなど当然できず、ミラー・ドラゴンを中心に大爆発を引き起こした。
ダンジョン内が一瞬光で覆われ、爆音の後には煙が充満した。
「ぐうっ……!」
爆風が、カファとアルハを吹き飛ばし、二人をダンジョンの壁へ叩きつける。
爆発によって結界も砕かれ、結界内にいた何人かの冒険者も、爆風に押し倒されて地面へ転がった。
「おお、おお……。やって……くれたな……」
煙の中に、大きな影が揺らぐ。
怒気に満ちた、ミラー・ドラゴンの声が響く。
ずしんと大きな足音の後、ミラー・ドラゴンの大きな鼻息が煙を吹き飛ばす。
ガラスの破片がばら撒かれ、視界を遮る煙も消えた。
ミラー・ドラゴンは、鏡を失った額から血を流し、代わりに青筋を立てていた。
「き、斬っている」
ミラー・ドラゴンの姿を見たカファは、その視線をアルハへと移す。
カファは、アルハのことを知っていた。
ムニという子供を連れ始めてから、一気に実力をつけてB級となった冒険者。
冒険者ギルドより、B級として相応しい実力を持っているか、不正によって実績をあげていないかを見張って欲しいと依頼されたターゲット。
今回の依頼には、アルハの実力を測ることも含まれていた。
しかし、カファの見たアルハは、冒険者ギルドの懸念とは真逆の印象を抱いた。
B級としての実力を疑うどころか、何故C級に留まり続けていたのかを不思議に思った。
全体を見ればB級冒険者の動きとして不適格なところはあるものの、最近B級に昇進したことを加味すれば、初心者故の当然の不適格。
かつ、それを覆す以上の戦闘力があった。
「アルハ君、だったね。ぼくが後ろから支援する。次は、首を狙って切り落としてくれ」
が、現在は戦闘中。
カファはアルハへの疑問を脇において、アルハのサポート役を申し出た。
強いからA級なのではなく、自身が表に出ることよりも依頼を達成することを考え続けられるからA級なのだ。
カファからの提案に、アルハは驚き、すぐに剣を握りなおした。
「はい!」
アルハが剣先を向けると、ミラー・ドラゴンは肌に貼りついていた鏡を立たせる。
さながら、怒った猫が毛を逆立てるように。
立った鏡の面は、すべてアルハへと向いている。
そして、鏡に光が貯まり始める。
四方八方へと撒かれる光線ではない。
全ての光線を一つに集約し、攻撃力を最大にまで高めた光線。
「おお、おお。ダンジョンが傷つくだろうが、仕方ない」
走って向かってくるアルハと、その後方を走るカファ。
ミラー・ドラゴンは、二人に目掛けて光線を放った。




