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第31話 魔王の娘と離れてダンジョンに入る件2

「分かれ道ね」

「そうだね。ぼくたちは、右に進むよ」

「じゃあ、私たちは左。いい? くれぐれも、体力は温存すること」

「わかったよ」

 

 二度目の分岐点。

 カファの率いる組とクーラの率いる組は、二手に分かれた。

 最後までカファはクーラに注意をされ続けており、その光景が他のメンバーたちを和ませていた。

 カファの圧倒的な実力を見てなお、A級冒険者も同じ人間なのだとわかれば、共に行動することの抵抗感も薄れていく。

 

「さあ、行こうか皆」

 

 一人になったことで組を率いる責任を思い出したカファが、立ち止まって振り返り、後続の冒険者たちに言う。

 

「はい!」

 

 カファの言葉に、ジア一人の食い気味な返事が響く。

 

「応!」

「魔物は殲滅だ!」

 

 先走ったことに気づいて顔を赤くするジアの周囲から、次々と冒険者たちの応答が届けられる。

 カファを含めて合計二十三人。

 四人が横並びになると詰まってしまう幅の通路では、やや暑苦しい光景だ。

 

 カファを先頭に、一行は歩を進める。

 現れる魔物を斬り捨てて。

 奥を目指して真っ直ぐに。

 

「……おかしい。魔物が少なすぎる」

 

 さらに数分歩いて、カファが呟く。

 カファと同じ違和感は、他の冒険者たちも薄々感じてはいた。

 ダンジョンとは、奥に行けば行くほど、魔物の数が増えていくものだ。

 しかし、現在起きているのは真逆。

 最初にカファが倒したマグマ・ウルフとその後に出てきた数匹を除けば、一向に魔物の気配がしない。

 

「一度止まろう」

 

 カファが進むのを止め、足音が聞こえなくなった沈黙の中で、そっと耳を澄ませた。

 

「やはり、いないな」

 

 カファの耳に聞こえるのは、天井から滴る水の音や、小さな隙間から入って来ただろう風の音。

 不自然なほどに、魔物の立てる音がない。

 

 ダンジョン内に魔物がいなくなる理由は、大きく二つだ。

 一つ。

 ダンジョン内の環境が変わり、食糧が不足した場合。

 魔物たちは食料のないダンジョンを捨て、他のダンジョンへと移住をする。

 もう一つ。

 ダンジョン内に強力な魔物が誕生した場合。

 自身の力を示すため、大量の魔物が殺されることになる。

 

(一週間前までは、ダンジョンの外からでも魔物の咆哮が確認できていた。この一週間で、新たな魔獣でも生まれたか?)

 

 なお、移住の場合は地上を魔物が大移動する様子が確認されて然るべきである。

 大移動の報告を受けていないカファが、強大な魔獣の誕生を推測したのは当然である。

 推測が正しい場合、静かな方向へ向かうというのは、強大な魔獣がいる場所へ接近することに等しい。

 よって、カファは選択を迫られた。

 このまま進むか、それとも戻ってクーラたちの組と合流するか。

 

「皆、この先にA級クラスの魔物がいる可能性がある。万一の時は即撤退ができるよう、準備だけはしておいて欲しい」

 

 カファが下した選択は、前者だった。

 同行する冒険者たちの中には、A級クラスの魔物という言葉にたじろいだものもいたが、カファの意見に異を唱える者はいなかった。

 この中で、最もA級クラスの魔物と対峙したことがあるのはカファである。

 であれば、カファの判断がこの場で最も経験にそぐった言葉であると知っていたからだ。

 

 冒険者たちが自身の武器に触れたり、深呼吸したりと、思い思いに感情を調整する。

 

「A級だって、アルハ」

 

 ジアも少し不安そうに、アルハに近づく。

 

「ジアは、A級の魔物と戦った経験は?」

「ないわ。遠くから、A級冒険者が戦ってるのを見たことはあるけど」

「強かった?」

 

 ジアは、一瞬だけ体を身震いさせた。

 

「……化け物、かな。さっきのマグマ・ウルフが、束になっても勝てないくらい」

「そのレベルか」

 

 マグマの体を持つマグマ・ウルフは、本来物理攻撃を一切受け付けないどころか、触れただけで体を溶かされる魔物だ。

 そんな魔物が束になっても勝てないと言われれば、アルハにも緊張感が走った。

 同時に、先頭を歩くカファが一撃でマグマ・ウルフを屠った姿を思い出せば、大きな不安を感じるまでには至らなかった。

 

「ジア、ぼくのう」

「アルハ、私の後ろにいてね。アルハのことは絶対に守るから」

「……普通、逆じゃないかなあ?」

 

 魔物がほとんどいないこと、そしてこの先にA級クラスの魔物が存在する可能性を考えて、カファは隊列を組みなおす。

 しんがりに置いていた剣士たちを前方へ。

 後方には、遠隔攻撃を可能とする魔法使いと射手を揃える。

 B級としての歴が長い冒険者を前方に集めた、攻勢の陣。

 ジアは先頭から三番目。

 アルハは先頭から四番目。

 

「準備はいい?」

 

 カファの言葉に全員が頷き、全身を開始する。

 狭かった通路は徐々に広がっていき、ダンジョンの奥から光が差し込まれてきた。

 

 ダンジョン内には、いくつか広い空間がある。

 宝が集められた宝部屋。

 そして、ダンジョンのボス級の魔物が滞在する、ボス部屋。

 

「矢を射れる者は、すぐに打てるようにしておいてくれ」

 

 カファの合図で、射手の冒険者たちが弓を手に取り、矢籠から矢を引っこ抜く。

 矢を弓にセットし、引けば放てる準備を終える。

 それを確認したカファは右手を挙げて、突撃を促す。

 速足で前進し、部屋の前へと立った。

 同時に、矢じりが部屋の中にいるだろう何かに照準が合わされる。

 

 

 

 

 

「おお、おお。ようやく来よったわ」


 村の家が四つ五つは軽く入りそうな巨大な空間。

 その中央で、全身が鏡面で覆われているドラゴンが寝そべっていた。

 短い首を動かして、細い目をゆっくり開き、カファたちを捕らえる。

 否、額の、首の、手足の、あらゆる皮膚がカファたちを捉え、映していた。

 

「ミラー・ドラゴンか」

「おお、おお。その名は好きではない。ミラーとは後から人間が作った道具の名。わしには相応しくない」

 

 ミラー・ドラゴンは腹を地面から離し、四つ足で立ち上がる。

 鼻の穴を大きく広げて、大きな鼻息を吐く。

 鼻息と共に小さな鏡の破片がばら撒かれ、破片がカファたちの姿を映す。

 

 冒険者たちの視線は、カファへと集中する。

 攻撃か、撤退か、その判断が委ねられる。

 

 人語を解する魔物は、人間の文化を学んでいる。

 故に、人間の戦い方を学んでいる。

 これは、人語を解する魔物と遭遇する可能性があるB級冒険者が、昇格時に教えられる言葉だ。

 

「戦おう。剣と矢で、鏡と鏡のつなぎ目を狙ってくれ。魔法が使える者は、ミラー・ドラゴンの足場を崩してくれ」

 

 ミラー・ドラゴンの推奨討伐人数。

 A級冒険者二人以上、ただし魔法使いを除く。

 魔法を反射する鏡面の皮膚に対して、魔法使いの攻撃は大半が無力なのだ。

 一方、鏡面の硬さはB級の魔物の上位程度でしかなく、鏡面の奥にある皮膚はB級の魔物の下位にも等しい。

 数の優位を活かせば、現在のメンバーで討伐が難しい魔物ではない。

 

「ぼくが、先陣を切る」

 

 指示をするが早いか、カファは真っ先に飛び出した。

 ミラー・ドラゴンへの正面突破。

 

「おお、おお。来るか人間」

 

 地面に散らばった鏡の破片が輝く。

 破片から光が放たれて、四方八方からカファを襲う。

 

「効かないよ」

 

 が、カファは踏み出した右足を軸に、全身を止めて一回転する。

 回転中に剣を縦横無尽に振るい、向かってくる光を全てきり落とした。

 そして、そのまま左足を踏み出し、ミラー・ドラゴンへの接近を再開した。

 

「お、俺たちも行くぞ!」

 

 あまりに人間離れした動きに、他の冒険者たちは思わず固まる。

 しかしすぐに自身の役割を思い出し、カファの後を追うように走る。

 

「おお、おお。強き人間と戦うのは、いつぶりか」

 

 ミラー・ドラゴンは近づいてくるカファを見て、ニヤリと笑みを零した。

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