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第3話 魔王の娘を自宅に案内した件

 王都には、様々な建物が並ぶ。

 武器の購入や修理を受け持つ『武器屋』。

 旅や冒険の必需品を売る『道具屋』。

 そして、冒険者が宿泊するための『宿屋』。


 収入の少ない駆け出しの冒険者は自身の家を所有せず、冒険者専用の宿屋を拠点とすることが一般的だ。

 アルハもまた同様に、王都にある宿屋『ウーテルの宿』を拠点としていた。


 路地を抜けた後、アルハはいつも通り道に迷い、ウーテルの宿に着いた時には夕方となっていた。


「まさか、路地を抜けた後も道に迷うとは……。人間と言うやつは、こんなにも方向感覚を持ち合わせぬのか……」

「いつもはもうちょっと早く着いてるんだよ! 今日はちょっと、緊張と疲れで迷いやすい日だっただけで!」

「そんな日があってたまるか!」


 ウーテルの宿の一階には酒場も併設されている。

 アルハが宿の扉を開くと、右手には宿泊者の案内をするためのカウンター、左手には酒場が広がっていた。

 時間は丁度、夕食時。

 カウンターには誰も立っておらず、代わりに冒険を終えた冒険者たちが酒場に集り、賑わいを見せている。


 酒場で木樽ジョッキを複数抱えていた女――ファナが扉の開く音に気づき、アルハが帰ってきたことに気づく。

 ファナは、抱えていたジョッキをテーブルに配り終えると、速足でアルハの元へと駆け寄った。

 

「アルハ君、お帰りなさい。今日は早かったわね」

「ただいま、ファナさん。そんなにいつも遅れたりしないよ」

「そうね。そういうことにしておきましょうか」


 ファナは、からかうように言った。

 クスクスと笑う度、灰色のミドルヘアーが小刻みに揺れる。

 ファナは、ウーテルの宿の看板娘であり、宿の主であるウーテルの娘だ。

 十六歳という若さではあるが、子供の頃からウーテルの手伝いをしており、接客スキルは一級品だ。


「ご飯にする? それとも部屋に戻る?……あら?」


 アルハに問いかけたところで、ファナはようやく、アルハの隣に立つムニが目に入った。

 顔を下に向け、ぱちくりと瞬きした後、ゴシゴシと目を擦った。

 そして、再度アルハを見つめ、ひきつった笑顔を作った。


「あ、お楽しみ? じゃあ、部屋の鍵を持ってくるわね」

「待って。違う。誤解だ」


 冒険者の娯楽の一つに、娼婦を買うというものがある。

 冒険者が買った娼婦を宿に連れ帰ることもあり、ファナはその程度で驚くことはない。

 しかし今回は、過去に一度も娼婦を買ったことのないアルハが、十歳にも満たないだろう幼女を買って帰ってきたのだ。

 女を買うという行為に抵抗の少ないファナをしても、動揺が隠せなかった。

 アルハの弁解も聞かずにそそくさと部屋の鍵を取り出して、アルハへと押し付けた。


「じゃあ、ごゆっくり。後でタオルとお湯を、部屋の前に置いておくから」

「ファナさん、話を聞いて!? そういうんじゃないから!」

「うんうん、いいと思うよ。趣味趣向って、人それぞれだし。でも、まだ子供だから、優しくしてあげてね」

「違ーう!」


 ムニは、ひきつった笑顔のファナと焦るアルハをしばし眺めていた。

 娼婦と言う人間の文化を知らぬため、ムニにはファナが何に対して引いているのかはわからない。

 しかし、何らかの誤解が生じていることを察し、面倒ごとになるのを避けるために口を開いた。


「何を誤解しているかはわからんが……。妾はムニ。アルハ……義父様(とおさま)の娘じゃ」

 

 ムニの言葉に、ファナはムニへと視線を移す。

 アルハとムニを交互に眺めながら、頭の中で計算を始める。

 ムニの年齢は推定八歳。

 アルハの年齢は十八歳。

 逆算すると、アルハが十歳の時に産んだ子供となる。

 手の速い冒険者の男と言えど、子を持つのは十五歳以上が一般的だ。

 ファナは、先程までとは違う感情で顔を引きつらせ、アルハに向き直る。


「へ、へー。こんな大きな子供がいたんだ、アルハ君。だから、女の人を買ってくることがなかったんだー。納得ー」

「待ってファナさん! 違わないけど、違うんだ!」

「? なにが違う? 妾とお主は、親子だと言うたじゃろ」

「ムニ、ちょっと黙ってて! この子は……そう、親戚の子なんだ! 最近、親を亡くして、ちょっと色々あって、ぼくが引き取ることになったんだ!」

「えーっと? この子はアルハが買ってきた子で、でもアルハ君の実子で? アルハ君が実子を買ってきた?」

「ファナさーん、戻ってきてー!」


 強烈な情報を詰め込まれたファナの脳は、完全にキャパオーバーしていた。

 ひきつった笑顔をそのままに、ゆっくり後退してアルハから距離を取る。


「遅いぞファナ。客の案内は終わったのか?」


 そして、酒場の調理場の奥から出てきたウーテルにぶつかり、動きを止めた。


「え、あれ? お父さん?」

「いつまで経っても戻って来ねえから、何事かと思って見に来たんだが……。なんだ、アルハじゃねえか。そっちのちっこいのは、なんだ?」


 ウーテルは、ファナよりも濃い群青色の瞳で、ムニを見下ろした。

 髪型は調理しているとは思えない程ぼさぼさであったが、ファナと同じ綺麗な灰色が、二人を親子であると示している。


「妾はアルハの」

「親戚の! 親戚の子です! 色々あって、ぼくが引き取ることになりまして!」


 アルハは、冷静なウーテルなら話が通じると、ムニの言葉を遮って叫んだ。

 ムニは設定を守らないアルハを不服そうに見たが、切羽詰まった表情を見てケチをつけるのをやめた。

 ファナ同様、ウーテルはアルハとムニを交互に眺め、ぼりぼりと自分の顎を掻いた。


「みなし子か」


 冒険者をしていた両親がダンジョン内で魔物に殺され、子供がみなし子となるケースは少なくない。

 わざわざ詳細を深掘るのも野暮な話題だ。

 ウーテルはしゃがんみこんで、ムニと視線を合わせる。


「お嬢ちゃん、名前は?」

「ムニじゃ」

「そうか。ムニちゃんか。腹、減ってないか?」

「ペコペコじゃ!」


 ムニの返答に、ウーテルはニッと笑う。

 そして立ち上がり、親指を立てて酒場の一席を指した。


「あそこへ座んな。おじさんが、旨い飯を食わせてやろう」

「本当か!」

「ああ。アルハと二人で、ちいと待ってろ」


 言うが早いか、ウーテルは調理場の方に向き、のっしのっしと歩き始めた。

 向かう途中で、ファナの頭を引っぱたく。


「痛いっ!?」

「ファナ、お前いつまでボーッとしてんだ。料理を運ぶ人手が足りねえんだ。さっさと働け!」

「え? あ、はい!」


 冷静さを取り戻したファナも、ウーテルの後を追って調理場に向かう。

 アルハに聞きたいことはまだ残っていたが、店内の「料理はまだか」という叫び声を聞いて、優先すべきことを考えた。

 一度だけアルハの方を振り返った後、調理場の中へと消えていった。


「ワイン二つとビッグピッグの丸焼き、お待たせでーす!」


 そしてすぐに酒場へ現れ、料理の配膳と注文確認に走り回っていた。


 アルハとムニは、ウーテルに指示された席へと向かう。

 アルハはフルーツを入れた袋を床に置き、ムニのために椅子を下げる。

 そして、ムニが椅子に飛び乗った後で、椅子を押してテーブルに近づけた。


「おお、至れり尽くせりじゃな。お父様」

「お父様は止めてくれ……」


 慣れない呼び方にむず痒さを感じながら、アルハはムニの真正面に座る。

 丸い二人用のテーブルは、アルハとムニの間に絶妙な間を作り出す。

 ムニはウーテルの入っていた調理場を見た後、人差し指を何度か曲げて、アルハを呼ぶ。

 ムニとアルハの顔がテーブルの中央に近づくと、ムニは声を潜めてアルハに尋ねた。


「おい。義父になれというたじゃろ。何故、さっき否定した?」


 ムニからの尤もな質問に、アルハも同じように声を潜めて返した。


「あの時は承諾したけど、やっぱり義父は無理があったんだよ」

「何故じゃ?」

「ぼくの年齢で、ムニくらい大きな子供を持ってる人はいないんだよ」


 アルハの説明を聞いたムニは、目を丸くした。

 人間と魔族の生殖事情は異なり、ムニは人間界の子を持つ適齢期を知らない。

 その考えがすっぽ抜けていたのだと分かり、ムニは「ああ」と納得した声をあげた。


「ならば、仕方ないのう」

「わかってくれて嬉しいよ」

「して、妾とお主の関係は、何になるのじゃ?」

「従兄の子供だから……なんて呼ぶんだろ?」

「人間界のことを妾に聞くでない」

「うーん……。従兄の子は、従兄の子」

「それでいいのか」

「いいの」


 ムニは、追加で何かを言いたそうだったが、足音が近づいてきたのでアルハから離れた。

 背もたれに一度もたれた後、すぐに上半身を前に倒して、足音のする方へと体を向けた。


「仲が良さそうで何よりだ!」


 足音の主であるウーテルは両手に皿を持っており、一枚をアルハの前に、もう一枚をムニの前へと置いた。

 アルハの前に置かれているのは、ビッグピッグの丸焼きの半身。

 ムニの前に置かれているのもビッグピッグの丸焼きの半身だが、ムニの口のサイズに小さく切られていた。


「おおー! 肉じゃ! 肉!」

「お代わりもあるからな。腹一杯食いな!」

「ありがとうなのじゃ、大きな人間!」

「大きな人間て」


 ムニは皿に乗っていたナイフとフォークを手にすると、貴族さながらの丁寧な手つきで肉をひとかけ頬張った。


「美味いのじゃ!」

「はっはっは! そうだろそうだろ」


 ムニの動きは、ただの平民というには違和感のあるものだった。

 しかし、腹を減らしている子供の食事を邪魔してまで聞くことではないだろうと、ウーテルは何も言わず調理場へと戻っていた。


「はい、飲み物!」


 ウーテルと入れ替わるようにファナがやってきて、テーブルの上に木樽ジョッキを二つ置かれた。

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