第26話 魔王の娘とB級依頼を褒められる件
「夕食をご馳走になった上に、宿までとってもらってしまった」
商人御用達の宿の一室で、アルハは震えながら座っていた。
セキュリティを重視する商人向けに相応しく、扉は鍵付きの鉄製。
部屋の前に暴徒が現れたところで、その扉を破るのは容易ではない。
ベッドには、アルハが普段使用する布団の三倍の厚みはあろうかという布団が敷かれている。
試しにムニが寝っ転がったところ、ふかふかとした感触を偉く気に入ったようで、さっきからずっと布団の上だ。
壁際には彫像品が置かれており、彫刻品は、盗んで売り払えば一ヶ月分の生活費が余裕で賄えそうなほど高いものだ。
「なんじゃ? 宿をとってもらうのは、いいことではないのか?」
ベッドの上に転がったまま、ムニがアルハに問いかける。
「ちょっと、借りを作りすぎたかなって」
「借り?」
「商人たちは、貸し借りを大切にするんだ。ここまで色々とされたら、タージールさんから何かお願いされた時に聞かざるを得ないんだよ」
「無視すればよかろう?」
「商人たちが敵に回るよ」
「返り討ちにすればよかろう? どう考えても、アルハの方が強いぞ?」
不安を口にしたアルハに対して、ムニはどこまでも意味を理解していなかった。
魔族にとって、戦闘力の高さこそが強さであり、強い魔族は弱い魔族を従えることで地位を盤石なものとしてきた。
故に、人間界の戦闘力以外の強さというものに、ピンと来ていない様子だった。
「商人たちは、色んなお店に商品を届けているんだよ。ウーデルさんのところにもね」
「あの、美味い肉じゃな!」
「商人たちを全員倒してしまったら、ウーデルさんのところにも美味しい肉が届かなくなる。そうなったら、ぼくがいくらお金を稼いでも、ぼくたちは肉を食べることができなくなるんだ」
「なんと狡猾な! ならば、願いとやらを聞くしかないじゃろうな」
もっとも実際のところ、タージールがアルハに期待していたのは『次も護衛の依頼を受けて欲しい』というフックに過ぎない。
よって、アルハに対して無理難題を押し付ける気などなかった。
むしろ、ムニの食欲を知らずに食事へ誘ったタージールに対し、タージールに大きな損失が出る前に止めてくれたアルハに借りを感じた結果、普段よりも手厚いもてなしをして借りを返しただけだ。
B級冒険者になったばかりで商人との駆け引きにも疎いアルハは、そうとも知らずにしばらく頭を悩ませていた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「はい。おかげさまで」
翌朝、タージールは宿までアルハを迎えに来ていた。
朝だというのに身なりはきちんと整えており、昨日の疲労をおくびにも出していない。
「お嬢さんも、よく寝むれましたか?」
「うむ、快眠じゃ。ところで、朝からどうした? もしかして、朝飯もご馳走してくれ」
「おーっと、そろそろ出発時間ですね。アルハさん。帰宅用の馬車を手配させていただきましたので、お使いください」
タージールは、ムニに対して悪い感情を抱いてはいなかった。
しかし、昨晩の悪夢が再び引き起こされかねないことを考えると、積極的な会話を避けた。
即座に話す相手をアルハへと戻す。
「なにからなにまで。本当にありがとございます、タージールさん」
「いえいえ、このくらい。シルバーウルフに襲われて積荷が駄目になっていたことを考えれば、どうということはないですよ」
アルハとタージールは、笑顔で雑談をしながら、馬車の止まっている方向へと向かう。
その後ろを、朝食の当てを外して不満そうなムニがついて歩く。
乗合馬車は、椅子に座れば十六人、無理をすれば三十人弱が乗れそうな大きさだ。
既に数人ほど乗客が乗ってはいるが、空席の方が目立っている。
「では、またお願いします」
「はい。こちらこそ」
アルハとムニはタージールと別れて、馬車へと乗り込んだ。
最後尾に二人で並んで座れる席が開いていたので、アルハとムニは静かに腰を下ろした。
他の乗客たちも冒険者なのか、誰が乗って来たかを確認しただけで、話しかけてくるような様子はない。
「おお! クッションがあるぞ!」
ムニは、椅子の上に置かれたクッションを軽く叩きながら、嬉しそうにしていた。
タージールの荷馬車とは違う、人間を乗せるための馬車。
その環境差は歴然だ。
何人もの人間が乗って降りてを繰り返すため、クッションは潰れていて、お世辞にも快適とは言えない産物だ。
しかし、ムニにとっては荷台に座るより余程マシであった。
御者が扉から客席を覗き込み、乗客の数を数えた後で扉を閉める。
そして、御者席へと戻ると、馬の背中を鞭でピシリと叩く。
ヒヒンという馬の声と共に、馬車はゆっくりと動き出した。
アルハは窓から外を見る。
タージールが一礼をしていたのが見えたので、アルハもまた一礼を返した。
馬車は町を出て、王都へと戻っていく。
「アルハ様、お帰りなさいませ」
「戻りました、モガさん。これを」
「承りました」
冒険者ギルドに戻ってきたアルハは、モガへ依頼書を手渡した。
モガは依頼書に目を通し、依頼主であるタージールからの依頼完了が明記されていることを確認する。
そして、タージールから冒険者ギルドへ書かれた補足の一文に目を留めた。
「アルハ様、シルバーウルフを討伐したのですか?」
「あ、はい。隣町へ向かう途中に、群れがいましたので」
「そうでしたか。今回の通行路に、シルバーウルフは何年も出現が確認されていなかったはずなのですが」
モガは想定していなかった報告に驚き、指で唇を触りながら、しばし思考を巡らせる。
思えば、最近は魔物の動きに異変が生じており、生息地が移動または拡大しているのだ。
当初は繁殖時期の影響かとも思ったが、報告される数と範囲があまりにも大きすぎた。
モガは数秒ほど考えた後、再びアルハから受け取った依頼書の処理へと戻った。
「アルハ様。タージール様からは、シルバーウルフの件を含めて、丁寧なお礼が書かれております」
「そうですか」
「はい。タージール様は冒険者を公平に評価される方で、このように高評価されることは滅多にありません。素晴らしいことです」
「いやー、それほどでも」
「今後、タージール様からアルハ様の指名があった場合は、優先的に指名させていただいてもよろしいですか?」
「それは、もちろん!」
「では、そのように手続きをしておきます」
誰かに承認されるというのは、嬉しいことだ。
アルハは依頼料を受け取り、ご機嫌で冒険者ギルドを後にした。
モガはいったん依頼業務を止め、冒険者ギルドの奥へと入っていった。
目的は二つ。
一つは、生息地ではない場所にシルバーウルフが確認されたことの報告。
もう一つは。
「速すぎますね。今までのアルハ様とは、別人のような成長速度です」
アルハの実力に疑念を抱き、解消をするため。
冒険者は、一つのきっかけで急成長をすることがある。
それは、良い師に巡り合ったときであり、死の瀬戸際を彷徨った経験をした時であり、魔法の才能が開花した時だ。
しかし、モガの知る限り、アルハにはそれがない。
ある日突然、魔物の素材を採取する量が増え、今まで倒せなかった魔物を倒せるようになっていた。
「きっかけは、ムニという女の子を連れ始めてから。……あの子に、何かあるのでしょうか?」
モガの仕事は、冒険者の適正な管理だ。
万一、不正をしている人間がいるのならば、その不正を暴いて白日の下にさらさなければならない。
不正によって実力以上の成果を出していた冒険者など、過去にいくらでもいた。
別の冒険者が代わりに魔物を狩っていたり、依頼主と冒険者が裏で繋がっていたり、手段を挙げればきりがない。
「近々、シャーイ様たちが多くの冒険者を集めて、ダンジョン内の魔物を一掃する依頼がありましたね。シャーイ様にお願いし、そこにアルハ様を参加させてみましょう。何もなければ良し。そうでなければ……」
不正の手段がいくつもあるなら、暴く手段もいくつもある。
例えば、単独行動の依頼では成果が出せるにもかかわらず、集団行動の依頼では成果が出せなくなる、などである。




