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第25話 魔王の娘とB級初依頼達成祝いをする件

 夕暮れ時。

 馬車は、隣町にあるタージール商会の支部へと辿り着いていた。

 商会の人間たちはタージールとアルハへ挨拶した後、馬車から積み荷を降ろして、次々商会の建物の中へと運んでいった。


「いやー。ありがとうございます、アルハさん。おかげで、無事に積み荷を運ぶことができました」

「いえ。お役に立てて良かったです」


 部下へ一通りの指示を終えたタージールは、馬車の前で再びアルハと握手を交わしていた。

 

「アルハさん。もしよければ、この後夕食でもいかがですか?」

「え?」

「安心してください。私がご馳走しますよ」


 商人は、利益にならないことをしない。

 依頼が終われば、早々に護衛の冒険者と別れることが多い。

 タイムイズマネー。

 単発の依頼者と交流を深めることは、損失に他ならないからな。

 ただし、冒険者が自分にとって将来の利益になると判断されれば、話は別だ。

 今回のように、食事へ誘われることもある。

 そして食事へ誘われることは、商人から冒険者への最大の賛辞ともなる。


「おお、それは良い! ご相伴にあずかろうではないか!」


 タージールの言葉に、アルハよりも早く反応したのがムニだ。

 ムニはアルハの袖を引きながら、アルハの顔をじっと見つめる。


「お嬢さんも、そう言っていることですし。是非」


 ムニの言葉をアシストとしてとらえたタージールは、一歩アルハとの距離を詰める。

 アルハは困ったような顔をしながら頬を掻き、一瞬だけムニを見た。


「ムニ、想像以上に食べますよ?」

「ははは。良いではないですか。子供はたくさん食べるのが、いちば……ん……」

 

 アルハの「想像以上に食べる」という言葉を常識的な範囲で受け取ったタージールは、軽く笑った後に、ムニをちらりと見た。

 そして、言葉に詰まった。


 タージールにも、理由はわからない。

 しかし、タージールが培ってきた利益への直感が、タージールの行動に警報を鳴らした。

 ムニに、自由に食事をさせてはいけないと。


 タージールは再びアルハに視線を戻し、頭を回転させる。

 一度誘った以上、自分の都合で誘いを撤回することは、契約に重きを置く商人のプライドが許さなかった。

 が、損失を出しかねないという直感に従わないこともまた、同様に許さなかった。

 タージールは自身の記憶を細部まで辿り、町の中にある飲食店を隅から隅まで思い出した。

 そして、一軒の店を思い出した。


「では、たくさん食べられるお店などいかがでしょうか? この町には、食べ放題という珍しい形態のお店がありましてね」

「食べ放題?」

「はい。大ぐらいな冒険者の方のために、定額で好きなだけ料理を食べられるお店です。量を重視している分、質が良いとは言えませんが」


 普段、商人としての威厳を見せるために使用する高級な店とは違う。

 質は劣るが、制限時間内であればどれだけ食べても定額で住む、庶民的な店を。

 

「そんなお店があるんですね。それなら、大丈夫……かな?」

「ほほう、食べ放題か。久々に、満腹になるまで食えそうじゃな」


 遠慮が薄まったアルハの反応を見て、タージールは表情を変えず、心の中で胸をなでおろした。

 損失への警報も消えており、庶民的な店へ案内をしてしまったこと以外は、タージールのプライドも守られていた。


「では、参りましょうか。徒歩で十分ほどです。お前たち、積荷を運び終えたら、馬車を閉まっておくように」

「はい!」




 町は、王都ほどではないが賑わっていた。

 冒険者ギルドの支部からは仕事を終えた冒険者たちがぞろぞろと出て来て、一直線に飯屋や酒場へと向かっている。

 王都も王都以外も、冒険者という人種は変わらないのだなと、アルハは小さく笑った。


「こちらです」


 タージールにより案内された飯屋は、非常に簡素な造りの店だった。

 あるのは、雨をしのげる最低限の屋根だけ。

 テーブルの代わりに樽が置かれ、樽の周りには店の人間が自作でもしたのかと思うほどに簡素な椅子が置かれていた。

 店の奥の机には肉や野菜が無造作に置かれて、店員は客の注文に応じて、皿にとってテーブルへと運んでいた。


 店員の一人がタージールたちに気づくと、細い目でぎろりと睨みながら近寄ってきてぶっきらぼうに言い放った。


「何人?」

「三人だ。子供も、一人いる」

「一人金貨二枚だ。子供だろうと、まけたりしないよ?」

「ああ。構わない」

「来な」


 店員は空席の席に向かって歩き、樽を指差した。


「ここを使え」

「ありがとう」


 そして、手に持っていた砂時計をひっくり返して、樽の中央にドンと音を立てておいた。

 砂時計の中ではサラサラと砂が落ち始める。


「この砂が落ちきるまでは、好きに注文してくれりゃあいい。何がいい?」


 タージールたちが未だ席についていないにも関わらず始まるカウントダウン。

 商人であるタージールからすればあまりにも、客への礼を尽くしていない行動だ。

 が、こんな場末の店にまで商人と同等の作法を求めることは、逆に無粋であることも知っている。

 何より、招待客であるアルハとムニが気に留めるそぶりを見せなかったため、タージールは何も言わなかった。


「アルハ! 急げ! 速く食べねば時間切れになってしまう!」

「落ち着いて、ムニ」


 アルハとムニが席についたので、タージールもまた席につく。


「で、ご注文は?」

「あれじゃ!」


 やはりぶっきらぼうに言う店員に対し、ムニは店の奥を指差していった。

 指の先にあるのは、二十人前はあろう肉の塊だ。

 筋が多く、とろけるような脂身の部分も少ない、見ただけで質が低いとわかる。

 

「何人前?」

「全部じゃ!」

「全……!? 餓鬼、冗談は止めな」


 店員は、ムニの戯言に付き合う気はないと言わんばかりに溜息をつき、保護者だろうアルハを見た。


「ええっと、全部で」

「は?」


 が、謝罪か撤回でも来るかと思っていたのに反し、アルハから発せられたのはムニの言葉が正しいというものだった。

 店員は、アルハ、ムニ、タージールの体つきを順に見る。

 アルハの体は、冒険者だけあって適度な筋肉がつき、平均よりは食事量が多いことが伺える。

 ムニの体は、小柄で、とても大量の肉を食べられそうにない。

 タージールも同様、頭脳労働ゆえか食事を必要としなさそうな貧相な体だ。


「残したら罰金をもらうからね」


 三人で食べきれる量ではないという、店員からの忠告。


「大丈夫です。全部食べます」


 アルハは、へらっとした表情で流した。


「わかったよ」

 

 店員は、馬鹿しかいないことにあきれ果て、大きなため息をついた。

 そして、肉のある方へと向かった。

 肉を塊ごと持ちあげ、塊のまま樽の上へと置いた。

 大き目のナイフを肉の塊の横へ置き、暗に自分で切って食えと示す。


「いっただっきまーす!」


 が、ムニはナイフになど目もくれず、肉の塊にかぶりついた。

 筋肉も脂肪も骨さえも、むしゃむしゃぼりぼり噛み砕く。

 そのあまりの獣的な食べ方に、店員とタージールが目を丸くする。

 場末の飯屋とは言え、ここまで人間としての形式に捕らわれない食事をする人間を見るのは初めてだったのだ。


「うむ、美味い! ウーデルのところの方が質は良かったが、でかい肉にかぶりつくというのもまた一興じゃ! 美味い!」


 食べられていくというより飲み込まれていくといった表現が適切な状況に、店員は固まって動けずにいた。

 そこへ、アルハが申し訳なさそうに手を上げ、店員を呼んだ。


「すみません、ぼくの分も。とりあえず、一人前お願いします」

「…………はあ!? まだ食べるのかい!?」

「それは、ムニの分なので」

「…………っ!?」

「タージールさんは、どうします?」

「肉を……一人前。少な目で。あと、野菜があれば、そちらも」


 店員は口をパクパクさせていたが、アルハの急かすような視線を受けて、肉をとりに走っていった。


「アルハ。妾、アルハに謝らなければならんことがある」


 店員がいなくなった後で、ムニは神妙な顔でアルハに言った。


「何?」

「以前、妾の満腹は十人前と言ったが……あれは嘘じゃ」

「そうなんだ」

「実は、その何倍も食べられるんじゃ!」

「一応聞くけど、なんでそんな嘘ついたの?」

「じゃって、女の子じゃもん!」

「あっそ」


 わざとらしく目を潤ませた後、ムニは再び食事に戻った。

 一瞬の乙女顔が嘘のように、血に飢えたけだもののごとき形相で肉を飲み込んでいく。


「……食べ放題にしておいてよかった」

「はい、肉だよ!」


 タージールが思わず安堵し呟いたのと、店員が戻ってきたのは同時だった。


「丁度良い! お代わりじゃ!」


 ムニが肉の塊を食べ終えたのも、同時だった。


「え」


 アルハとタージールの分の肉を両手に持ったまま、店員は空っぽになった皿とさして膨らんでいないムニの腹を二度見して、顔をひきつらせた。

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