第24話 魔王の娘とB級初依頼に向かう件
「初めまして。私が今回の依頼人、タージールと申します。このあたりで、小さな商会を営んでおります。どうぞよろしくお願いします」
タージールは人当たりの良い笑顔で、アルハに手を差しだした。
「アルハです。精一杯、護衛させていただきます」
アルハはタージールの差し出した手を握り、固い握手を交わした。
「よろしくお願いします、アルハさん。今回は安全なルートを選んで向か予定ですので、何も起こらないとは思いますが」
「冒険者が動くような事態が起きないなら、それに越したことはありません」
「確かに、そうですね」
タージールとの僅かな会話で、アルハはタージールがB級冒険者を指名した理由を理解した。
商人は、金と信用を大切にする。
そして信用は、品質の良い商品をお客様へと届けることで担保される。
その一環として、移動中に護衛を付け、野党や獣の襲撃に備えることが一般的だ。
B級冒険者以上の指定というのは、その備えにお金を惜しんでいないというアピール。
即ち、いかなる場合でも護衛に手を抜きはしないという、客へのアピールだ。
タージールはアルハと軽い挨拶を交わした後、アルハの同行者であるムニを見る。
本来、B級冒険者が子供を同行して依頼を受けることなど、まずない。
同行するとしても、C級冒険者だろう。
だが、冒険者ギルドから事前に話を聞いていたタージールは、ムニを邪魔者扱いするでもなく、しゃがみこんで笑顔を向けた。
「初めまして、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんも、一緒に来るんだよね? 馬車に乗ったことは?」
「あるぞ! 何度もアルハとともに乗った!」
「そうかい。ちょっと長旅になるけど、我慢出来るかな?」
「無論じゃ! 金が手に入るなら、この程度余裕じゃ!」
幼くして金を主軸に置いた判断をしたことに、タージールは一瞬驚いた。
金を大切にする承認魂が、ほんの一瞬加熱した。
が、今は仕事の場。
すぐに元の温和な表情に戻った。
「元気があっていいですね」
「元気すぎて困るくらいですけどね」
アルハとタージールが雑談している間に、タージールの部下によって馬車へ積み荷が運び終わる。
「では、参りましょうか」
馬車の前方は、御者ともう一名が乗るための二名席。
後方は、積み荷を置くための荷台。
日よけのためか、荷台は布ですっぽりと覆われ、切込みの入った場所を捲ると外がのぞける窓代わりになっている。
御者とタージールが前方の席へと乗ったので、アルハはムニを連れて当たり前のように荷台へ乗った。
「……ここに乗るのか?」
「そうだよ」
「いつもダンジョンに向かう馬車は、もっとこう、ちゃんと椅子があったではないか」
「いつものは乗合馬車。これは荷馬車。種類が違うんだよ」
「むう。なんじゃか、納得がいかぬ」
馬を鞭打つ音が一つすると、馬の鳴き声と共に馬車が動き出した。
床の振動が、アルハとムニに出発を伝えてくれる。
荷台には荷物が積まれており、荷台の床には荷を積む際に乗っただろう泥や砂がところどころにばらまかれている。
ムニはしかめっ面で荷台に立った後、砂の少なそうな場所を探して、手で砂を払った。
そして、比較的綺麗になった床に、着物が汚れることを気にしつつ座った。
アルハはそんなムニに苦笑しながら、荷台の壁を背もたれにして座った。
「汚れるぞ?」
「今更だよ」
「人当たりの良い顔をしよって、とんだドケチではないか。あの人間」
「ムニ。それは違うよ」
商人にとって、冒険者の扱いは雑なものだ。
とはいえ、タージールが冒険者を差別しているというわけでもない。
冒険者は、野盗や獣と戦い、全身を血だらけ泥だらけにすることも珍しくない。
故に、大半の冒険者は馬車の綺麗な席を遠慮し、最初から汚れている荷台を定位置とすることが多かった。
その結果、商人が護衛の冒険者を荷台に座らせることが、常識として作られただけだ。
もっとも、温室育ちのムニには理解できない。
「ムニのお父さん、魔王は普段どこへ座るの?」
「異なことを言う。王が座る場所など、玉座に決まっておろう」
「だよね。じゃあ、魔王と話している魔族はどこへ座るの? 玉座かい?」
「そんなわけがなかろう。玉座の前の床に跪…………あ」
「そういうことだよ。ケチだとか、そういうことじゃないんだ。場所や立場に応じて、座る場所なんて変わるものだよ」
アルハからの説明に、ムニは口ごもった。
自分が玉座の隣にある椅子に座り、高いところから見ていた光景を思い出した。
そして、やっていることがタージールと同じではないかと、苦い表情を作った。
揺れる馬車。
考え込むムニ。
アルハは布の切り口から、外の様子を見た。
天気は快晴。
獣や野盗の気配もない。
もっとも、王都を発ってから時間も経過していないため、当然とも言えるが。
「一応、剣を磨いておこうかな」
依頼中故に眠ることもできない状況。
アルハは、鞘から剣を取り出して、持って来ていたぼろきれで刃を拭いた。
荷台を覆う布の切込みから差し込む日光が、刃をきらりと光らせた。
「ん?」
出発から五時間。
馬車が減速を始め、停車した。
アルハが外を覗くと、場所は町から町へとつながる道路のど真ん中。
周囲に民家は一切なく、草むらと原っぱが広がっている。
「何か出たかな?」
アルハは念のため、剣を手にする。
野盗の急襲であればすぐにでも外に飛び出しただろうが、外から慌てた様子も聞こえないので、タージールからの指示を待った。
指示なく荷台から出ようものなら、冒険者が荷物を盗んで逃げだそうとしたという誤解を生んでも仕方ないためだ。
しばらく待つと、布が捲られ、タージールが荷台に顔をのぞかせた。
「アルハさん。少々よろしいですか? 冒険者としての、貴方の意見を伺いたい」
「わかりました」
アルハは大の字で眠っているムニを見て、しばらくは起きないだろうと考え、一人で荷台から降りた。
馬車の前では御者が望遠鏡で遠くを眺めており、アルハが来たことに気づくと、眺めていた方向を指差した。
「冒険者殿。見えますか?」
「望遠鏡を借りても?」
「どうぞ」
アルハが望遠鏡を覗き、御者の指差す方向を確認すると、そこには眠っているシルバーウルフの群れがあった。
大人が二匹の子供が三匹という小規模な群れだ。
「魔物、か」
シルバーウルフは好戦的な魔物であり、獲物を見つけるとどこまででも追ってくる危険性がある。
故に、選択肢は二つ。
目を覚まさないことを祈りつつそっと通り抜けるか、眠っている間に不意打ちで仕留めるか、だ。
「このまま進んで、問題ないと思われますか?」
御者からの質問に、アルハは可能性を思考する。
そっと通り抜けることができれば、それが最も危険が少ない。
ただし、万一にもシルバーウルフが目を覚ました時、馬車が奇襲を受けることとなる。
もちろんアルハが警戒をしている状態での奇襲であるため、即座に対応することは可能だが、攻勢で始まるのと守勢で始まるのでは対応の難易度が変わってしまう。
一方、不意打ちをすれば、攻勢から始められる分優勢にはなる。
「いえ。不意打ちで先制し、討伐してから進みましょう」
よってアルハが出したのは、不意打ちで仕留めることだった。
「できますか?」
タージールが心配そうに言うのも無理はない。
シルバーウルフは、B級者冒険者が一人で三匹を相手取るのが適正とされている。
子供が紛れ込んでいるとはいえ、五匹同時の相手は数値上分が悪い。
「できます!」
「わかりました。では、お任せします」
が、アルハははっきりと言い切った。
タージールには、多少の不安があった。
戦闘を回避できる可能性があるならば、回避したい気持ちもあった。
しかし、商人としての自身の経験則よりも、B級冒険者であるアルハの意思を尊重した。
とはいえ、完全な信用はないようで、軽くて価値の高い商品を懐に入れ、悪臭を放つことで魔物や獣の動きを止める防御道具を手に取った。
「では、行ってきます。万が一、他の魔物が馬車に近づいてきたら、すぐに警笛を鳴らしてください」
「わかりました」
アルハは馬車を離れ、足音を立てずにシルバーウルフへと近づいていった。
そして、投擲の射程距離に入った時点で、付近に落ちていた大きな石を拾った。
アルハは意思を握りしめ、石と腕に魔力を纏わせて、一匹のシルバーウルフ目掛けて思いっきり投げ飛ばした。
矢のように一直線に飛んだ石は、大人のシルバーウルフ一匹の顔を貫き、その頭部を消し飛ばした。
死ぬ間際の鳴き声で、残りの四匹が目を覚ます。
アルハは魔力を脚へと纏わせ、シルバーウルフに向かって駆け出した。
「おお、なんと!?」
その様子を、タージールは目を見開いて眺めていた。
投げる力。
走る速度。
とても、タージールが今まで見てきたB級冒険者とは格が違った。
アルハの接近に気づいたシルバーウルフが、怒りの形相で向かってくる。
体の大きな大人のシルバーウルフが真っ先にアルハの元へと辿り着き、鋭利な爪と牙でアルハに襲い掛かる。
が、アルハはそれを、横から一刀両断に切り伏せた。
爪も牙も、関係ない。
剣の通った道にあった全ては、切り裂かれた。
遅れ、三匹のシルバーウルフも到着した。
が、アルハは一振りで一匹を斬り捨て、即座にシルバーウルフの死体を五つ、草原に転がした。
「いやはや、これはとんでもない拾い物をしたかもしれないですね」
売れそうな素材を回収して戻ってくるアルハを見ながら、タージールは小さく呟いた、




