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第23話 魔王の娘のおかげでB級冒険者になった件

「本日より、アルハ様をB級冒険者に認定いたします」


 その日アルハは、いつも通りに依頼をこなして、冒険者ギルドへと戻ってきた。

 受付のモガはアルハから依頼書を受け取り、依頼の完了と素材を確認した後、アルハへと言った。


「え?」

「おめでとうございます」


 間の抜けた声を出すアルハに対して、モガは表情を変えずに祝福の言葉を述べた。


「おお! ついにB級じゃ! やったのう、アルハ! これで依頼料も増えて、美味い物がたくさん食えるぞ!」


 アルハは未だ現実味がないのか、固まったままだ。

 代わりにムニが無邪気に喜び、アルハの袖を引っ張りながら、小さく跳びはねる。


「え、何でですか?」


 正気に戻ったアルハの口から出たのは、なんともつまらない返事であった。

 喜ぶでもなく、驚くでもない、どこに向いているのかわからない疑問。

 とはいえ、モガはそういった相手に慣れているのだろう。

 声色を変えず、粛々と説明を始めた。


「冒険者として必要な物は、確実に依頼を達成する信頼度と、強い魔物を討伐することができる戦闘力。アルハ様は、過去の依頼も投げ出すことなく達成しているため、信頼度は十分。また、ここ数か月の依頼内容を確認したところ、B級相当の魔物の単独討伐を何度も成功させています。実力的にも申し分ないだろうという、ギルドの判断です」


 モガは依頼書をテーブルの上に置き、代わりに背後の棚から取り出したB級冒険者の証明章をアルハに手渡した。


「改めて、おめでとうございますアルハ様。B級冒険者として、ますますのご活躍を期待しています」


 アルハは証明章をじっと見つめ、思い出したように受け取って頭を下げた。


「あ、ありがとうございます! これからも頑張ります!」

「はい」


 証明章が受け取られると、モガは席へと付き、依頼達成の手続きを再開した。

 サラサラとペンを動かすモガの前で、アルハは未だ現実感がないまま、ぼーっと証明章を見つめていた。


「なんじゃアルハ? 嬉しくないのか? 妾だけ喜んで、馬鹿みたいじゃないか?」


 アルハの様子を見て、ムニが頬を膨らませる。


「ああ、いや。嬉しいんだけど」

「けど?」

「実感、なくて」

「成長とは、そういうものじゃ。」


 仕事の合間にアルハとムニのやり取りを見ていたモガは、誰も気づかないほど一瞬、口角を上げる。

 そしてすぐに、元の無表情へと戻る。


「では、アルハ様。B級に昇格したことですし、B級の依頼を受けてみませんか?」

「え? 依頼? 今?」

「いえ。明後日にある依頼の、事前受注という形ですね」


 本来、依頼の選択は当日の朝に限られる。

 例外的に、冒険者ギルドからの緊急依頼も存在するが、それは複数の冒険者に声をかけなければ達成できない一大事。

 アルハ一人に和やかに依頼されるものではない。


「B級に昇格した冒険者の方には、冒険者ギルドからのお祝いとしてご案内しているのです。初のB級の依頼が割に合わない物ですと、冒険者の方のモチベーションにも関わりますので」


 アルハの疑問を解消すように、モガが言葉を補足する。

 あまりにもストレートな理由を前に、アルハは苦笑いを浮かべた。


「それに、アルハ様は彼女を同行させる予定なのでしょう? お節介とは思いますが、冒険者以外の同行が許される依頼は少ないので、選んでおきました」


 B級の依頼となれば、同行者もB級冒険者に限定されることが多い。

 まして、冒険者でもないムニを連れていくことができる依頼となれば、ほんの僅かだ。


 アルハはムニに視線を落とした後、モガの方へ向き直って依頼書を受け取った。

 依頼内容は、隣町までの商人の護衛。

 護衛経路も魔物や夜盗が頻出する危険地帯ではなく、戦闘が発生するかもあやしい。

 その割には依頼料も高く、C級の依頼と比べれば破格の待遇だ。

 

 本来、依頼内容と依頼料の釣り合わない依頼は、裏のあることが多い。

 よって、入念に依頼背景を調査することが必要になる。

 しかし、モガじきじきに提示された以上、それは冒険者ギルドのお墨付き。

 依頼背景は、既に調査済みということでもある。


「ありがとうございます。この依頼、受けさせていただきます」

「はい。では、受注の手続きをしておきます」

「おお、さっそく依頼か! 幸先が良いのう!」


 B級昇格後、さっそくの依頼を受けることにもなったアルハは、ご機嫌で冒険者ギルドを後にした。


「よし! 昇格祝いに、今夜はパーッとやるか!」

「うん、そうだね」




 やってきたのは、ウーテルの宿に併設された酒場。


「こんばんはー」

「いらっしゃいませー! あ、アルハ君」

「ムニと二人なんですけど」

「はーい。こちらへどうぞー!」


 看板娘であるファナに案内され、アルハとムニは席へとついた。


「今日は、アルハのB級昇格祝いじゃ! 肉をたくさん頼む!」

 

 アルハのことを自慢したいムニは、席に着くなりむずむずとしていた口を開き、ファナへと伝える。


「え? アルハ君、ついにB級になったの? お父さーん!」


 アルハがB級冒険者になったことを知るや否や、ファナは小さく口を開けて驚き、注文を取るのも忘れて酒場の奥へと引っ込んでいった。

 しばらくすると酒場の奥からウーテルがやってきて、アルハに顔を近づける。


「聞いたぞアルハ? B級になったんだって?」

「まあ、一応」

「一応って何だ、一応って! そうかあ。やっぱ、努力するやつってのは報われるんだよなあ」


 アルハの言葉を聞いたウーテルは目頭を押さえながら、天井を仰いだ。

 ファナは、ウーテルの行動を珍しい光景でも見るように見つめて、人差し指で横っ腹をつんつんと突いた。


「お父さん、もしかして泣いてる?」

「馬鹿野郎! 大の男が人前でなくか!」

「えー、でもー」

「ファナ。今日一番いい肉、まだ残ってたろ! 出してこい!」

「一番いい肉って……。ウーテルさん、ぼく、そんなお金は」

「俺からの昇格祝いだ!」


 遠慮がちに言うアルハを無視して、ウーテルは元気よく酒場の奥へと戻っていった。

 その背中からは、今にも跳びはねそうなほどの喜びが感じ取れる。


「お父さん、アルハ君が出て行ってからも、アルハ君のこと心配してたんだよー」


 ファナもまた、アルハにそっと耳打ちをした後、ウーテルの後を追って酒場の奥へと戻っていく。

 途中でアルハの方を振り向き、ウインクを残して。


 想像以上の歓迎度合いに、アルハもまた目頭が熱くなっていた。

 自分のことを気にかけてくれる人間がたくさんいるというのは、幸せなことだ。


 しばらくすると、大皿を抱えたウーデルが戻ってきた。

 ウーデルの姿が見えるよりも先に芳醇な香りが酒場を飲み込み始め、酒場の客たちは手を止め、思わず香りのする方向へと向く。

 つやつやに輝く肉の塊。

 香りの混じった白い湯気。

 見ただけで、美味であることがわかる圧倒的な存在感。

 酒場のあちらこちらで、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。


「ゴールデンベアの丸焼きだ!」


 A級の魔物、ゴールデンベア。

 A級ダンジョンの奥地にしか存在せず、個体数も少ない希少な魔物だ。

 

「ウーデルさん、いいんですか!?」


 本来、年始や婚礼の日と言ったハレの日にしか提供されない料理に、アルハは思わずウーデルの顔を見る。

 ウーデルは親指を立てて、ニカッと笑った。


「言っただろ。昇格祝いだ!」

「ウーデルさん……。ありがとうございます」

「アルハ、早く食うのじゃ!」


 さすがのムニも空気を読んだのか、ナイフとフォークを手に持ちつつも、肉に手を付けずアルハを待った。

 アルハもナイフとフォークを手に取り、ゴールデンベアの肉をひとかけ、口へ放り込んだ。


「美味しい!」


 その一言で、十分だった。

 ウーデルは気持ちよく笑い、ファナも後ろで微笑んでいた。


「なんだなんだ? アルハ、B級になったのか?」

「そりゃあすげえ。ビール一杯、奢ってやろう」

「じゃ、俺はてきとうなツマミを」


 アルハの席で起こる小さなツマミは、ウーデルの宿に滞在する冒険者たちを呼び寄せた。

 冒険者同士は群れないが、ウーデルの宿では同じ宿に住み続けた者同士の仲間意識がある。


「アルハ! 妾は我慢の限界じゃ! 食うぞ!」


 ムニが肉にフォークを突き刺し、宴会は始まった。

 ゴールデンベアの肉はいつしか他の席にも振舞われ、誰が頼んだかもわからない料理が次々アルハの席へと置かれていく。

 ウーデルは忙しく料理を作り、ファナも酒場中を走り回った。


「アルハの活躍に、乾杯だ!」

「かんぱーい!」


 宴会は、遅くまで続いた。

 





「アルハのB級昇格祝いがあるって!?」

「もう、終わったよ」


 仕事を終えたジアがウーデルの宿に飛び込んできたのは、アルハが家に戻り、ウーデルとファナが後片付けをしている夜更けだった。

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