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第22話 魔王の娘と魔力操作の練習をする件

 沼地のダンジョンは、人気がない。

 ベチャベチャとした粘着性の泥が多く、足がとられやすいためだ。

 一方、生息する魔物は水と陸の両者を生活圏とするものが多く、泥の上でも活発な行動ができる。

 人間には不利な地形なのだ。


「アルハ。足に溜めた魔力が乱れ始めておる」

「わかってるって! ちょっと静かにしてて。今、集中してるんだから」


 ただし、魔法を操ることのできる場合を除く。

 足の裏に魔力を溜めることで、自身が踏んだ場所の泥を強制的に平らに引き延ばすことができる。

 つまり、足元の安定感を創り出すことができる。

 すたすたと進むムニの後ろを、アルハは歩きにくそうに着いて歩いた。

 未だ魔力の操作を練習中のアルハは、ムニのように滑らかに動くことはできない。

 とはいえ、靴が泥で汚れていないことは、魔力を足の裏全体に広げることができている証。

 連日の練習の成果が実っていると言える。


「ほれ、アルハ。前を向け。魔物が近づいてきておるぞ」

「え? 待って! もう少し足場がいいところへ移動し」

「このダンジョンに、そんな場所がある訳なかろう。ほれ、来たぞ」


 アルハの懇願虚しく、魔物たちは姿を現した。

 四本足全てに水かきがついており、水の上でも走ることが可能なサイ型の魔物――ボイヤンシー・ライノ。

 ボイヤンシー・ライノは、アルハを見つけると大きな鼻の穴から荒く鼻息を吹き出し、顔の正面についた大きな角をアルハに向ける。

 そして、泥を前脚で数度掻き、「うぉおお!」っと吠えて駆け出した。


 アルハにとって幸いなのは、現れたボイヤンシー・ライノが一匹だということだろう。


「ちょっ! 待った!」

「ほれほれ、向かってきておるぞアルハ」


 ボイヤンシー・ライノの強さは、C級冒険者一人が時間をかければ倒せるレベル。

 重い体と鋭利な角は、まともに受ければ全身を吹き飛ばされ、下手すれば腹から背まで貫かれるほどの威力を持つ。

 そのうえ、走る速さも決して遅くはない。

 が、弱点はある。

 曲がることを苦手とするため、一度躱せば壁にぶつかり、角が壁にめり込んでしまう。

 そうして動けなくなったところをひたすら攻撃するのが、ボイヤンシー・ライノ討伐のセオリーだ。


 アルハは足裏にまんべんなく広げていた魔力を、泥の地面へとぶつける。

 同時に、膝を曲げて上へと跳躍する。

 ボイヤンシー・ライノはアルハを追って視線を上に向けるが、走る方向を変えられるほど器用ではない。

 アルハのいた場所を真っすぐ通過し、そのまま壁に激突した。


「うぉおん!?」


 壁に激突したボイヤンシー・ライノが、思わず声を上げる。


「痛っ!?」


 跳びすぎて天井に衝突したアルハが、思わず声を上げる。


「おお、跳べたではないか」


 どこにも衝突していないのはムニだけだ。

 ムニは、アルハが魔力で高めた跳躍力によって回避できたことを、拍手しながら褒めていた。


「跳べたけど、跳びすぎ……痛っ!?」


 天井に衝突したアルハはのんきなムニに抗議したが、抗議している間に落下し、今度は地面へと衝突した。

 全身で魔力を覆う時間はなかったらしく、全身が泥で汚れている。


「こりゃ、油断するでない。いついかなる状況でも、最適な位置に魔力を置けるように意識せよ。衝突の瞬間に魔力で守れば、痛むこともないわ」

「簡単に、言ってくれるけどさあ」

「簡単なんじゃ。こんなもの、基礎の基礎じゃ」


 泥だらけになったアルハは立ち上がり、全身についた泥をはたき落とそうとする。

 が、全身にべっとりとついた泥を全て落とすことは無理だったので、目の周りや掌など、行動の邪魔になりかねない箇所だけを落とした。

 そして剣を手に取り、壁に突き刺さったボイヤンシー・ライノへと向ける。


 ボイヤンシー・ライノは壁に激突した勢いで角が壁にめり込み、じたばたと足をばたつかせている。

 尻尾が鞭のように空中でしなり、口からは怒りの叫びが永遠と吐き続けられている。

 だが、壁から角を引き抜ける様子はない。


 アルハは剣を構えて呼吸を整え、時間を使って魔力を剣へとまとわりつかせた。


「ふむ。いい感じじゃ。魔力が均等に、剣を覆っておる」


 魔力の覆う量が多い場所ほど、強度が増す。

 均等な魔力の鎧は、剣の斬る力を増大させ、一撃必殺を創り出す。

 ただし、魔力の量にムラがあると、相手を斬ることはできるが魔力の少ない箇所の刃こぼれが起きてしまう。

 アルハは剣を損傷させないよう、丁寧に魔力を集めていく。


 そして、魔力を納得できる形にした後、ボイヤンシー・ライノに向かって駆け出した。


「せいっ!」


 上段からの振り下ろし。

 暴れていたボイヤンシー・ライノの体は左右に真っ二つに分かれ、そのまま倒れて息絶えた。

 ボイヤンシー・ライノの皮膚は、剣一撃で斬ることができない程度には硬いはずである。

 アルハの一撃は、確実にB級冒険者のそれを超えていた。


「ふう」


 アルハは開いた手を見つめ、手に残っている切り裂いた感触をじっと見つめる。

 余りにも軽く、余りにも気持ちよく、敵を斬った感触。

 魔力を纏わない剣では決して起きえない感触が残っていた。


「剣全体に纏わせるまでの時間がかかりすぎじゃな。ライノが動けぬから良かったが、ストーン・バットのような動ける魔物が相手じゃったら、お主は格好の的だったな」

「……わかってるよ」


 魔物を容易に仕留めたとはいえ、課題は山積み。

 魔力を操ることは難しく、積み木を崩さないように丁寧に積んでいくような繊細さが求められていた。

 積むことに集中すれば問題はないが、戦場はアルハの準備を待ってはくれない。

 丁寧な作業を素早く完了させることが求められる。

 実用というにはほど遠い結果に、アルハは喜んでいた自分を恥じて、気合いを入れ直した。


「後何匹か、倒してから帰ろうかな」

「うむ。魔力は使えば使うほど上達する。いざとなったら、妾が助けてやる故、心置きなく戦うがよい」

「……それもなんか、嫌だなあ」

「なんでじゃ」

「いや、プライドとか」


 アルハはボイヤンシー・ライノから素材を回収した後、ダンジョンの奥へ向かって歩き始めた。

 一匹でも多く、魔物を倒すために。

 一日でも早く、魔力を自分の物へするために。




「アルハ! 進む方向が逆じゃ! そっちは出口じゃ!」

「え?」

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