第21話 魔王の娘がぼくに魔力を渡した件
目を覚ました時、アルハは自宅のベッドに寝転んでいた。
「ここは?」
体を動かそうにも、倦怠感によって指一本動かすことができない。
意識が戻って来ると同時に、痛みの記憶が蘇る。
「うわあっ!?」
忘れたくても忘れられない記憶を前に、アルハは叫び、体を起こそうとする。
しかし、やはり体はピクリとも動かなかった。
「起きたか人間」
アルハが目を覚ましたことに気づいたナムルは、天井付近をふわふわと浮遊してアルハに近づき、アルハの顔を覗き込んだ。
「え、誰?」
「誰、とはずいぶんなご挨拶だな? この家の先客であるワタクシに向かって。ムニ様からの指示がなければ、今ので焼き殺しているところだ」
「ああ……ナムルか」
「呼び捨てにするな、人間」
寝ぼけ眼のアルハの返答に、ナムルはぷりぷりと怒りながら、アルハの元を離れていった。
その後しばらくして、小さな足音がアルハのいる部屋へと近づいてきて、ムニが部屋へと入ってきた。
「おお、起きたかアルハ」
「ムニ?」
アルハが動かない体の代わりに、視線を動かす。
「さっそくで悪いが、飯を頼む」
アルハの視線の先には、瘦せこけたムニが立っていた。
腹からはグーグーと音を鳴り、期待に満ちた瞳でアルハを見る。
「一昨日まではジアに飯を食わせてもらっておったのじゃが、昨日からまた遠征してしもうてのう」
「ちょっと待って、一昨日まで? ムニ、ぼくはいったい、何日寝てたの?」
「三日じゃ」
アルハは、ムニからの返答に目を丸くした。
時間間隔が、ゆっくりと戻ってくる。
寝て起きたばかりだというのに強い気だるさがあるのも、三日間も寝ていれば当然かと、現状の理由をゆっくりと理解し始めた。
「そんなことより、飯ぃ……」
とはいえ、まで現状の理解までしかできていない。
「ごめん、無理」
ムニの悲痛なうめき声に対して、アルハはムニを見ながら、口を開くことしかできなかった。
「な、何故じゃ!?」
「体、動かないんだ」
「なんとぉ!?」
ムニの表情は、絶望から希望へ、そして再び絶望へ。
空腹を紛らわせるために、舌を出して空気を舐めるも、空腹感が満たされるわけもなく。
ムニは、自身の腹に手を当てたまま床へと倒れ込んだ。
大の字で天井を見上げた状態で、最後の助けを求めた。
「ナムル!」
「はい、ムニ様!」
「アルハを動けるようにせよ! 今すぐにじゃ!」
「今すぐ!? それは無茶ですよ」
「無茶でも何でもやるのじゃ! そうじゃ! お主の『命の炎』を使えば、疲労も回復させられるじゃろう?」
「致命傷からも回復させられるワタクシの秘術を、こんなところで!?」
「ええい、やるのじゃ! 妾が飢え死にしてしまう!」
「は、はいい……!」
命の炎。
ナムルの秘術であり、対象を燃やすことで、燃やした箇所へ熱を吹き込む能力だ。
生者が温かく死者が冷たいように、熱とは生の根源である。
命の炎が与える熱は、死に向かう体にもう一度生命力を与え、肉体へ急速な回復を促すのだ。
多大な疲労感を浴びているアルハの体へ使えば、疲労感を取り除き、行動的な体を取り戻すことが可能となる。
「ムニ様の命令でなければ、貴様などに」
ナムルはしぶしぶといった表情で、口から吐き出した炎をアルハにまとわりつかせる。
「ちょ、何を!?」
命の炎の効力を知らないアルハは、自身に向かってくる炎に驚き、回避を試みる。
が、体は動かない。
炎が、あっという間にアルハの全身を包んだ。
「うわああ! 熱……くない?」
「当たり前だ」
命の炎がアルハの疲労感を燃やし、細胞へと熱を送り込む。
熱によって活性化した細胞たちは、今すぐにでもアルハの体を動かそうと元気に暴れ回り、アルハの体に活力を与えていく。
「ん」
アルハの指が、ぴくりと動く。
アルハの上半身が、ゆっくりと起き上がる。
纏わりついていた炎が消えていき、アルハは炎から現れた自分の体を見つめた。
火傷の後は一つもなく、今まで動けなかったことが嘘のように手足が軽くなっていた。
「これは、いったい」
「ワタクシの魔法だ。ムニ様に感謝しろ、人間」
「そうか。ありがとう」
体が動くようになったアルハはベッドから降り、辺りを見渡し、床に大の字で寝転ぶムニを見た。
「ムニもありがとう。助かったよ」
「そんなことより、飯ぃ……」
「急いで買ってくるね」
「お主一人では信用ならん。道案内するから、妾をおぶっていくのじゃ」
「えぇ。大丈夫だよ、いつも行ってる場所だし」
「信じられるか!」
アルハは一人で出かけようとしたが、ムニによって引き留められた。
そして、ナムルによって運ばれたムニを背負い、家を出た。
最初に訪れたのは冒険者ギルドだ。
受け取っていなかった分の依頼料を引き出し、食費を確保。
そのまま屋台街へと向かう。
肉や野菜を適当に買い込んだ後は、寄り道せずに真直ぐ家へと戻り、テーブルの上に食事を広げた。
アルハにとって三日ぶり、ムニにとって一日ぶりの食事だ。
食事が並べば、ムニの体も自然と起きる。
「いただきます」
並べられた食事を、アルハとムニは競争するように平らげた。
腹の虫の鳴き声が二人の食欲を掻き立てて、次から次へと手を動かす。
「あ、それ妾が狙っていたやつ!」
「早い者勝ちだよ」
「うぬ……ならば」
「大皿を持って流し込むのは反則じゃないかな!?」
思い思いにがっついて、空の皿を並べていく。
あまりにも上品とはかけ離れた食卓。
ナムルはしばらく二人を見守っていたが、あまりに乱暴な食事風景を前に、何も食べていないのに胃もたれし始めた。
そして、逃げるように部屋から出ていった。
「ふう」
「満足じゃ」
アルハとムニは腹を満たした後、仲良く大の字で床に寝転んだ。
テーブルの上に食器が残されているが、全て後回しにするくらいには満足感で満たされていた。
意味もなくぼーっと天井を見つめていると、アルハが先に口を開いた。
「ぼくは、魔法を操れるようになったの?」
目を覚ましてから、動けない体と空腹によって後回しにしていた疑問を、ムニへと尋ねた。
「なった」
ムニは、シンプルに答えた。
ムニは自身の手に魔力を込め、一本の指から紐の様にまとめた魔力を放出し、天井の近くで渦を描いた。
「天井の近くに魔力を放っておる。目に力を込めて見てみよ」
「力を込めてって?」
「遠くの物を探すように、そこに魔力があるはずだと思いながら目を凝らせ」
ムニの言葉に、アルハは目を大きく見開く。
何もない天井をしばらく見つめ、天井のシミや傷に気づくほど、神経を張り巡らせる。
「あ」
すると、アルハの目に、細く薄い雲のようなモヤが見えた。
モヤは天井で渦を巻き、その先端がムニの方へと伸びている。
アルハは無意識にモヤを負い、寝転がっているムニと目が合った。
「見えたようじゃな」
ムニはアルハの驚いた顔を確認した後、にんまりと笑って起き上がり、近くに置かれていた椅子をアルハに向かって投げつけた。
「ちょ!?」
「魔力を拳に集めて、砕いてみせるのじゃ!」
アルハに、椅子を叩き砕く腕力などない。
魔力を操る要領など分からない。
が、倒れている現在の体勢では、飛んでくる椅子を避けようにも避けられない。
アルハは目に魔力を集めた感覚を思い出しながら、拳に魔力を集めようと試みる。
そして、自身の拳の周りに天井にあったものと同様のモヤがまとわりついたのに気づき、飛んでくる椅子に向かって拳を伸ばした。
それは、とても殴打と呼べる代物ではなかった。
伸ばした手に、椅子が衝突しただけ。
しかし、椅子は破壊音を立てて砕け、欠片となって床に散らばった。
「それが、魔力を操るということだ」
「これが、魔力……」
「そう。すべての生物が等しく使える、最強の力じゃ」
アルハはしばらく無言で自分の拳を見つめた後、ゆっくりと立ち上がった。
そして、ムニの近くへと歩いた。
「ところでムニ」
「ん?」
「魔力の操作って、人間が知らない技術なんだけど、ぼくに教えてよかったの?」
「無論、まずい。お父様にバレたら、尻叩きの刑に処される可能性がある」
「ええ……」
ムニは過去の光景を思い出し、叩かれてもいない尻をさする。
ムニにとって、父親である魔王はやはり恐怖の対象でもあるようで、両の眉毛を下げていた。
が、そうであれば、アルハに浮かぶ疑問は一つだ。
「じゃあ、なんでぼくに教えてくれたの?」
アルハからの当然の疑問に、ムニはむんと胸を張る。
「そりゃあ、お主が強くなって大金を稼げるようになれば、妾が美味いものを食えるようになるからに決まっておろう」
「え?」
「B級のジアでさえ、あんなに美味い飯を食えるのじゃ。お主をA級にすれば、妾の飯がどれだけ豪華になるか! ああ、想像しただけで涎が……!」
ムニは恍惚とした表情を浮かべ、口元から垂れる涎を腕で拭った。
そんなだらしない表情を浮かべるムニを見て、アルハは苦笑いした。
あまりにも俗物的な欲望だ。
人間も魔族も、欲によってルールを破るのだと思えば、アルハはまた少しだけムニを理解できた気がした。
ムニと対話をするために、アルハはしゃがんでムニと目線を合わせた。
「ムニ」
「なんじゃ、アルハ?」
「美味しいご飯が食べられるように、頑張るよ」
「おお、その粋じゃ!」
そして、壊れた椅子を指差した。
「それはそれとして、弁償ね」
「え?」
「しばらく、ムニのご飯を減らすから」
「ま、待つのじゃ! 横暴じゃあ!」
この日、アルハは魔法を操る力を手に入れた。




