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第20話 魔王の娘がぼくを分析した件

「ちょっと待ってね。頭が追い付かない」


 アルハはストーン・バットの死骸を見ながら、頭を抱えた。

 自分の目で見たはずの光景が、何一つ理解できなかったのだ。

 ムニはドヤ顔のままアルハの前に戻ってきて、アルハへと剣を返した。

 アルハは無言で剣を受け取り、自身の目でも剣の刃を確認する。

 光砂に照らされた刃は、振れば魔物を斬れるほどに綺麗で、研ぎ澄まされている。

 とてもストーン・バットを斬った後とは思えない。


「なにが? どうやって?」


 アルハの口から出たのは、先の現象の疑問だった。

 冒険者としての本能が、ムニへ説明を求めた。


「簡単じゃ。剣に魔力を乗せたんじゃ」

「魔力?」

 

 魔力。

 魔族と一部の人間だけが使用する、特殊な力である。

 魔法使いと呼ばれる人間は、この魔力を操作することで、火や水を創り出している。

 魔族は全員が魔力を操る一方で、人間は才能を持つ一部しか操れないと言われている。

 よって、ムニが魔力を操れることを、アルハは驚かなかった。

 一方、魔力を火や水を創り出す力だと認識していたため、剣に魔力を乗せることができるという事実には驚いた。

 それは、人間の有さない知識だ。


「アルハ。今のお主の戦い方は、相手の動きを見て、相手の動きを予測し、小手先の技術によって相手の隙をつこうとする戦い方じゃ」


 続くムニの指摘は、アルハの納得するものだった。

 人間は、魔物や魔族に比べて、身体的能力が劣る。

 故に、体を鍛えることは当然として、技を磨いたり、道具を活用して戦術を練る。

 それは、人間の冒険者が最初に基礎として学ぶことだ。


「じゃが、お主にはその才能がない。予測は大ハズレ。技の動きも下手くそ。要するにカスじゃ」

「酷い!!」


 が、アルハには基礎を身につける才能がなかった。

 それは、ジアが早々にB級冒険者に上がり、アルハ自身は日銭を稼ぐことを考え続けるC級冒険者でくすぶっていることからも証明済みだ。

 突然突かれた自身のコンプレックスに、アルハは四つん這いになり、こうべを垂れた。


「まあ、そう落ち込むな」

「誰のせいで」

「小手先の技術では、お主はカスじゃ」

「二度言った!?」

「じゃが、お主は怯えながらも前に踏み出せる度胸がある。そんなお主は、敵の動きなど難しいことを考えず、一撃で相手を仕留める方に振り切った方が良い。さっきの妾みたいにな」


 ムニは、こうべを垂れるアルハの頭をポンと叩いた。

 アルハは顔をあげてムニを見た後、その場にあぐらをかき、乾いた笑いを上げた。


「んん? なに故、笑う?」

「確かに一撃で仕留められればいいけど、それは無理だよ」

「妾の戦いを見ておらんかったのか? 剣に魔力を乗せれば、剣そのものの威力が上がる。ストーン・バットごとき一撃で屠ることも可能じゃ」

「それだよ、それ。ぼくは、魔力を持っていないんだ」


 人間と魔族の常識は違う。

 当たり前に魔力を操る魔族が、人間も当たり前に魔族を持っていると誤解するのは仕方のないことだろうと、アルハはムニに理由を説明する。


「魔族は皆、魔力を持っているのかもしれない。だけど、人間はで魔力を持つのは一握り。生まれながらに魔力を操れる、才能ある人だけなんだ」


 魔法使いは重宝される。

 希少だから。

 魔力を操る魔族に、魔力で対抗できる唯一の存在として。

 わかったかい、と言いたげなアルハからの視線に対して、ムニは首を傾げた。


「生き物は、全員魔力を持っておるぞ?」


 ムニからの返答に、今度はアルハが首を傾げる。


「ぼくの説明、聞いてた? ぼくは魔力を持ってないし、見ることも感じることもできないんだ」


 アルハとムニはしばらくじっと見つめ合い、ムニは納得したように両手を叩いた。


「なるほど! じゃから、人間たちは魔法を使わぬのか。妾はてっきり、魔法を習得するよりも技を習得したほうが強くなれると思っておったのかと」


 ムニの納得に、アルハは再び首を傾げた。

 何故なら、ムニの言葉は、まるで人間も全員魔力を持っていると言わんばかりの言い草だからだ。

 それは、人間の常識の外。

 ムニの冗談と笑い飛ばすこともできたが、魔族の方が魔法を操る能力にたけていることを考えれば、僅かに信じるに値した。


「え? 人間にも魔力があるの?」

「さっきから、そう言っておろうが」

「でもぼく、魔力を見たことも感じたこともないんだけど」

「それは、魔力の摂取が足りておらんのであろう」


 ムニから次々と出てくる非常識に、アルハの脳は追いつかなくなっていった。

 そんなアルハを見て、ムニは飽きれ交じりの表情を浮かべた。


「人間が魔力の知識に乏しいことは感じておったが、よもやここまでとはな。一から説明してやろう」

「お願いします」


 アルハの瞳が混乱から解放されたところで、ムニがコホンと咳払いをする。


「繰り返すが、魔力は全ての生物が持っておる。例外はない。お主は、筋肉を持っておるか?」

「そりゃあ、あるよ」

「魔力も、それと同じじゃ。どんな生物も平等に有する器官。それが魔力じゃ」

「なるほど。じゃあなんで、ぼくは魔力を操れないの?」

「質問を返すが、お主は生まれたときから筋肉を操れたか? 寝て起きていたら、その腕は勝手に太くなったのか?」


 ムニがアルハの腕を指差すので、アルハは自身の腕を見た。

 筋骨隆々と呼べるほど勇ましくはないが、毎日剣を振るというトレーニングによって、その腕には確かに筋肉がまとわりついていた。


「トレーニングの成果だね」

「そういうことじゃ。肉や魚を食い、体を動かす。そうすることで初めて、生物は筋肉を成長させ、操ることができるようになる」

「なるほどね」


 筋肉と魔力が同類であると言うならば、アルハはムニの言葉に納得ができた。

 事実、アルハは過去に魔力を操るためのトレーニングなど行っておらず、それ故に魔力が操れないのだと繋がった。

 同時に、であれば何故一部の人間だけが魔力を操れるのかという疑問も浮かんだが、大した努力もなく筋肉をつけている人間の存在も知っていたため、即座に自己解決をした。


「じゃあ、ぼくも魔力を操れるようになるってこと?」

「無論じゃ。訓練をすればな」


 アルハの目が、一瞬だけ輝いた。

 強くなろうと研鑽を重ねたが、C級冒険者に留まり続けている現状に、一筋の光が指した気がしたからだ。

 剣でストーン・バットを斬り裂いてみせた証人から提示された、今までとは全く異なるアプローチ。

 何をどうすればいいのかなど全く予想できなかったが、アルハは何故か強くなれる期待を得た。


「訓練って、何をすればいいの?」

「おお、いい目になったのう。そうじゃな、本来であれば魔力の多いダンジョンに何年も潜り、呼吸によって意識的に魔力を取り込む必要があるのじゃが」


 が、ムニから告げられた方法に、アルハは目に見えて落胆した。

 ダンジョンは、魔物が蔓延る危険な場所だ。

 人間が何年も滞在できるようには作られていない。

 万が一にも試した狂人がいたとすれば、一か月も経たずに魔物の餌になるだろう。

 また、仮にアルハが数年間滞在できる運を持っていたとしても、現在ダンジョンは冒険者ギルドの管理下にある。

 例えC級ダンジョンであったとしても、入るためには何らかの依頼を受けているという条件が必要だ。

 もしも無断で立ち入ろうものなら、冒険者資格の剥奪といったペナルティが返って来る。

 ムニの提案は、現実的ではなかった。


 ムニは落ち込むアルハを見て、しかしニッと笑った。


「案ずるな。裏技がある」


 そして、手に膨大な魔力を集めた。

 ダンジョンが震え、ダンジョンに潜む魔物たちがダンジョンの最深部までわき目もふらず逃げだすような、膨大な魔力を。

 今、この場でその魔力に気づいていないのは、魔力を操れないアルハ、ただ一人。


「裏技?」

「うむ。ちょいとばかし、死を感じるくらいには痛いが、我慢してくれ」

「え?」

 

 ムニはアルハに説明することなく、魔力を貯めた掌をアルハの頭の上に載せた。

 そして一気に、アルハに向かって魔力を流し込んだ。


「ぐ……ぎゃあああああああああああああああああ!?」


 全身が天井と床で押し潰されるような。

 全ての歯を無理やり引っこ抜かれるような。

 アルハに、かつてないほどの痛みが襲い掛かった。


「あああああああああああ……………………!!??」


 悶え苦しむという表現さえぬるいほどの絶叫は、数秒後には止まった。

 痛みが収まったわけではない。

 叫ぶことさえできない程、脳が痛みによってぐちゃぐちゃに掻き乱されているだけだ。

 真っ赤に充血した白目で、顎が外れるほどの大口を開けて、アルハはムニに掴まれたまま動きを止めた。


「おお、気を失うことができたか。これは良い麻酔じゃ」


 ムニは、そんなアルハの気持ちには全くの無頓着で、自身の行動が正しい方向に向かっていることを喜んだ。

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