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第19話 魔王の娘がぼくを鍛えようとする件

 冒険者ギルドへ戻り、ジアが依頼達成の報告をすると、受付であるモガは眉間にしわを寄せた。

 ジアと同様、村が初めてナイフウルフを観測したと言った時期と、討伐したナイフウルフの状態に帳尻があわなかったことに気づいたからだ。

 モガからジアに何か妙なことはなかったかと質問されたため、ジアは感じたことを素直に話した。

 当然、冒険者の義務として。

 ジアの意見にモガも同意見だったらしく、モガは小さく頷いた。


「状況承りました。この件は、冒険者ギルドの方できちんと対処させていただきます」


 モガは、自分の責任であると言わんばかりに、アルハとジアに向かって深々とお辞儀をした。

 正しい情報を冒険者へ伝えることは、冒険者ギルドの業務なのだ。

 アルハとジアは、急いでモガの頭をあげさせる。

 そして、アルハは少々言いにくそうにしながら、モガに耳打ちする。


「あの、モガさん」

「はい」

「できれば、穏便にお願いします」

「はい?」

「その、村はもう痛い目にあってるので」


 不思議そうにするモガに、アルハは、ムニが村の食料を食いつくし、村がすでに深刻なダメージを受けていることを添えた。


「ああ」


 モガは、ちらりとムニを見た。

 小さな体で大人顔負けの量を食べるムニのことは、モガも小耳にはさんでいた。

 アルハからだけの情報であれば疑うべきことだが、複数の冒険者が驚きながら口にしていたことだ。

 モガも、真実だろうと理解していた。


「それはそれ、これはこれです。アルハ様」


 が、モガの心は変わらなかった。

 ムニによって、食糧難になったことは同情すべきことだろう。

 しかし、冒険者ギルドが関与しないところでで発生したことだ。

 冒険者ギルドの人間としては、冒険者ギルドとして適正な処置を下す必要があることに変わりはない。


「そうですか」

「はい。私情を挟んで例外を作るわけにはいきませんので」


 モガは、めがねをくいっと上げる。

 アルハは苦笑いをしながら、淡々と手続きを進めるモガを見た。

 

「じゃあ、アルハ。依頼料も入ったことだし、どこかご飯でも食べに行こっか?」


 ジアがアルハの方を向いて言うと、モガは手続きの手を止めて、ジアの方を見た。


「言い忘れていました、ジア様。戻ってきてすぐで申し訳ありませんが、ギルドから緊急の依頼がございます」

「ええ!?」

「B級冒険者以上で人数指定付きの依頼があるのですが、本来行く予定だった冒険者が怪我をしてしまいまして、穴埋めできる冒険者を探していたのです」

「でも……アルハとご飯……」

「どうかお願いします。緊急につき、通常の依頼料に上乗せして、ギルドからも色を付けさせていただきますので」


 ジアは、頭を下げるモガを見た後、アルハの方を見る。

 

「行っておいでよ、ジア。ご飯は、また今度行こう」

「アルハ……。うう、わかった。行きます」

「ありがとうございます、ジア様」


 ジアとて、冒険者ギルドに世話になっている以上、頼みを無下に断ることに抵抗はある。

 しぶしぶではあるが、アルハからの後押しもあり、首を縦に振った。


「では、依頼内容をご説明しますので、奥へとどうぞ」

「はい。アルハ、また戻ったら連絡するね」


 そして、ジアはモガの後をついて、冒険者ギルドの奥へと消えていった。


「さて。ぼくは、どうしようかな」


 アルハはそう口にした直後、ムニのことを思い出した。

 食に執着のあるムニである。

 みすみすジアからの食事の誘いをふいにしたことで、怒っているのではないかと様子を伺う。

 しかし、ムニは何かを考えるような表情で俯いていた後、アルハの方へと視線を送った。


「アルハ。お主、体力は残っておるか?」

「体力? まあ、馬車の中で休んだから、それなりには」

「よし。ダンジョンへの依頼を一つ、とってくるのじゃ。妾が、今からお主を鍛えてやる」

「ええ?」


 アルハは、ムニの言葉に驚きはしたが、特に予定のない一日であることを思い出す。

 ムニからの提案がなくとも、ダンジョンに入ることは選択肢の一つであったため、素直に頷いた。

 とはいえ、既に依頼を受けるピーク時間は過ぎている。

 旨味のある依頼は少ない。

 アルハは自身の疲労も考え、何度か入って勝手の知ったダンジョンでの素材採取の依頼書を手に取り、受付を済ませた。


 馬車に乗って、ダンジョンへと移動する。

 アルハが剣を抜いてダンジョンに入ろうとすると、ムニが後ろから呼び止める。


「アルハ。先頭は妾が歩く」

「え? 危ないよ」

「この程度のダンジョンで負傷するほど、妾はやわではない」

「でも」

「それに、お主を先頭に歩かせると、道に迷うに決まっておる」

「大丈夫だよ。このダンジョン、一本道だから」

「信用できるか!」


 ムニがすたすたと歩きだし、アルハは口をとがらせてその後ろを歩く。

 日の光が届かなくなってくると、アルハは光砂を周囲に巻いて、光源を確保する。

 しかし、ムニは暗闇など歩く妨げにならないようで、光砂の届かない場所もすたすたと歩いていく。


「アルハ」

「何?」

「今からお主に、妾が戦い方を教えてやる」


 ダンジョンの奥で、二つの目がギラリと光る。

 二つの目は四つになり、四つの目は八つになる。

 爪が石にぶつかる音を立てながら、四匹のナイフタイガーが現れた。


「ナイフタイガー!? どうして、このダンジョンに」


 本来出現しないはずの魔物に、アルハは驚き、声をあげる。

 しかし、昨日の依頼で村の森にナイフタイガーが住み着いていたことから、ナイフタイガーの繁殖期である可能性に思い至る。

 そうであれば、安全な出産と子供の食料を確保するために、天敵のいないダンジョンへと入りこんでいるのだと仮定した。

 

「逃げるよ、ムニ!」


 アルハ一人では、四匹のナイフタイガーを倒すことは不可能だ。

 ムニに向かって叫び、アルハはムニの腕を引っ張ろうと手を伸ばす。

 

「アルハ、今から見せるのが、お主に合った戦い方じゃ」


 が、ムニは逆に、一歩前にでた。

 そして、拳を握りしめた右手を後ろへと下げ、先陣を切って飛び掛かってきたナイフタイガーの顔面を正面から殴りつけた。

 まるで風船が割れるようにナイフタイガーの頭部は破裂し、血と皮膚を花火の様に撒き散らす。

 眼球と牙が容赦なく地面へと落ちる。

 それを見た残りのナイフタイガーたちは、「ぐおおっ!」と怒りの咆哮をあげて、左右と正面の三方向からムニへと襲い掛かった。

 それを見たムニは、涼しい顔た。

 左足を軸に右足を上げ、右側から飛び掛かってきたナイフタイガーの横顔を蹴り抜いた。

 吹き飛ばされたナイフタイガーの体は、正面と左から襲い掛かってきたナイフターガたちに衝突し、三匹仲良くダンジョンの壁へと叩きつけられた。


「ぐるるるる」


 苦しそうにうめき声をあげるナイフタイガーたちに向かって、ムニは歩いて近づいた。

 そして、握った拳を振り上げた、もぐらたたきでもするように三匹のナイフタイガーの頭を殴りつけた。

 あっという間に頭部を失ったナイフタイガーの死体が三つ、積み上がった。


 アルハは、ムニの行動を呆然と見ているしかなかった。

 ムニは血で濡れた自身の拳をぺろりと嘗めて、アルハの方へと向き直った。


「これが、お主にあった戦い方じゃ」

「いや、わかんないよ!?」


 ナイフタイガーを一撃で仕留めるなど、おおよそ人間のできることではない。

 まして、頭部を潰すなど神業だ。

 アルハにしてみれば、A級冒険者にも可能かどうか怪しい。

 よって、アルハにあった戦い方だと言われても、ピンとくるどころか意味が分からない。


「キキッ!」

「ギギッ!」


 ダンジョンに住むのは、一種類の魔物だけではない。

 騒ぎを聞きつければ、魔物が集まってくるのは自然の流れ。

 ムニの拳が起こした衝突音を聞きつけ、闇の奥から羽音が近づいてくる。


「ストーン・バット!?」


 ストーン・バット。

 表皮を岩肌に覆われた蝙蝠型の魔物である。

 岩故に剣で打つと刃が零れてしまうため、剣士泣かせの硬い魔物だ。

 

 ストーン・バットはムニの肉を食いちぎるために、大口を開けてムニに接近してきた。

 口の中では、二本の牙がギラリと光った。


「アルハ。武器を借りるぞ」

「え?」


 剣士泣かせの魔物に対し、ムニが選択したのは剣での戦いである。

 アルハの手から剣をふんだくり、向かってくるストーン・バットに突きつける。


「ちょ! ぼくの剣! 壊れる!」


 ストーン・バットを退けようとし、剣を刃こぼれさせ、修理代という出費に泣いたアルハである。

 あの日の惨劇が繰り返されるのではと思い、焦ってムニへと叫ぶ。

 が、ムニは止まる様子はない。

 

 ムニの上空を五匹のストーン・バットが、円を描くように旋回する。

 いつでも襲えるよう、どこからでも襲えるよう、ムニの隙を伺っている。

 アルハは、ムニを止めることを諦め、せめて刃こぼれしない様にとストーン・バットの倒し方を叫ぶ。


「ムニ! ストーン・バットは、全身が岩のように硬いからまともに剣を振っても無理だ。でも」

「眼球と羽のつなぎ目は柔らかいから、そこを狙え、じゃろ? 言われんでもわかっておるわ」


 眼球、あるいは羽の付け根を突く。

 それが、冒険者の中における、ストーン・バットの倒し方の鉄則である。

 もっとも、ストーン・バットは集団でくるくると旋回をするため、丁寧に狙いを定めさせてくれはしない。

 

 アルハからの忠告を聞いたムニは、しかしそれでも、剣を横へと伸ばした。

 地面に対して水平に伸びる剣は、明らかにストーン・バッドの側部へ振り抜くためのそれだ。


「ムニ! それだめ! 剣が!」


 アルハの叫びもむなしく、ムニは垂直に跳んだ。

 足場を失ったムニに向かって、格好の餌だと言わんばかりに襲ってくるストーン・バットたちが襲ってくる。

 対し、ムニは動じることなく、空中で全身を回転させた。


 ムニの剣は、ストーン・バットに触れた瞬間、岩の肌ごと真っ二つに切り裂いた。

 ストーン・バットを障害物としてさえ扱わず、滑らかに一回転を終えたムニは、そのまま垂直に落ちて着地した。

 トンッとムニの着地音が響いた少し後、真っ二つになったストーン・バットの死骸が落ちて、トトトトトンと軽快なリズムを刻んだ。


 呆気にとられた顔で固まるアルハ。

 ムニは剣に刃こぼれ一つないことを確認した後、アルハへとドヤ顔を向けた。


「これが、お主にあった戦い方じゃ」

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