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第17話 魔王の娘が討伐を見守っている件

「アルハ!」

「わかってる!」


 アルハとジアは剣を持ち、宿を飛び出した。

 一直線に見張り台の下まで向かい、ジアが見張り台に向かって叫ぶ。


「どんな魔物が見えますか? 数は?」

「ナイフタイガー! 四頭だ! 二匹は小さいから、おそらく子供だ!」

「二匹!?」


 ジアは、自身の想定になかった数に驚きつつ、すぐに双子が生まれた可能性に思い至る。


「……運が悪い!」


 思うことは他にもあったが、全てを運に押し付けて思考を切り替えた。

 三か月前に確認されたはずのナイフタイガーの子供が、何故人間を襲えるほどの大きさになっているのか。

 村長からの情報が間違っていたのか、それとも村の人間がナイフタイガーを確認するずっと前から住み着いていたのか。

 浮かび上がるあらゆる疑問を、いったん脇へ置く。

 向かってくるナイフタイガーを討伐する方法を、ただひたすら思考する。


「……アルハ、子供の方をお願い!」

「おい!」


 そして下した結論は、成体のナイフタイガー二匹を一人で相手をするという、ジア自身のリスクが最大となる方法。

 

 ナイフタイガーは、単独での行動を好む。

 ただし好むだけで、他の個体と連携が取れないわけではない。

 まして、番を組んでいる時は、雌雄が完璧な連携をとってくる。

 父性本能と母性本能によって、子供に害をなす相手を襲ってくる。

 連携をとる二匹のナイフタイガーへの推奨人数は、B級冒険者三人以上である。


 ジアは走りながら、護身用の小さなナイフを取り出して、ナイフタイガーの子供に向かって投げるた。

 ナイフタイガーの雄は、飛んでくるナイフに即座に気づく、

 そして、子供を庇う様に前へ出て、鋭利な爪でナイフを叩き落とす。

 

「ぐわおおお!」

 

 子供に危害を加えようとしたジアを睨みつける。

 村を襲うかジアを襲うか、向かう方向が定まっていなかった雌雄のナイフタイガーは、標的をはっきりとジアに定めた。

 空気を震わせる方向と共に、ジアに向かって突っ込んでいく。


「上等!」


 ジアは二本の短剣を抜いて、顔の前で交差させた。

 雌雄のナイフタイガーもまた、ジアの動きにつられるように交差し、ジアを左右から挟み撃ちにかかる。

 ジアは近づいてくる二頭のナイフタイガーを視線だけで確認し、雄よりも力の弱い雌の方へと動いた。

 両手に力を籠め、近づいてくる角を真正面から受け止めた。


「やっぱ、弱ってるねえ!」


 雌のナイフタイガーの突進を、ジアは力づくで押し返す。

 もしも敵がこの一匹だけなら、力づくでひっくり返して、むき出しの腹を刺して終わっていた。

 ただし現状、もう一匹。

 がら空きになったジアの背中に、雄のナイフタイガーが飛び掛かる。


 ジアは地面を蹴って、短剣と角の均衡する場所を支点とし、縦方向に回転した。


「二人仲良く、相打ちしてて!」


 飛び掛かった雄のナイフタイガーは、もう向かう方向を変えることができない。

 ジアが目の前から消え、代わりに雌のナイフタイガーが現れたことで、とっさに首を横に捻って、雌に角が当たらないように対処する。


「ぐわうん!」

「ぎゃうん!」


 雌雄のナイフタイガーが衝突し、二人仲良く転んで倒れた。

 ジアはその隙を逃すまいと、着地と同時に地面を蹴り、体の向きをナイフタイガーの方へ向け、二本の短剣でナイフタイガーの腹部を突き刺そうとする。


「ぎゃぁおん!」


 が、すぐさま起き上がった雄のナイフタイガーがナイフの角を振り回し、ジアが近づいてくることを妨害する。

 短剣が届かないと判断したジアは、ナイフタイガーに近づくのを止め、いったん距離をとった。

 雌のナイフタイガーも起き上がり、ジアと二頭のナイフタイガーは睨み合う。


「惜しかったなあ」


 残念そうに反省の弁を零すジアに、雌雄のナイフタイガーは再び襲い掛かってきた。





「ふうむ。人間にしては、なかなか強いのう」


 ムニは村の出入り口付近にて、遠くで起きているジアとナイフタイガーの戦いを観戦していた。


(ジアの勝率は六割……いや、七割と言ったところか。負傷は免れんじゃろうがのう)


 この場の誰も未来を不安に思っている中、ムニの頭の中ではとっくに勝敗がついていた。

 剣捌き、足捌き、そして行動の取捨選択。

 それらを観測すれば、ムニにとって勝敗の予想など造作もない。


(そしておそらく、アルハは負ける。ジアに比べ、なんとも粗末な動きじゃ)


 ムニが写した視線の先で、アルハは剣を大きく振りまわしていた。

 最初の獲物をアルハに定めた子供のナイフタイガーたちは、アルハの剣を躱しつつ、じりじりとアルハへ滲み寄ろうとしていた。


「ぎゃおー!」

「くらえっ!」


 ムニから見れば、双方隙だらけ。

 

 子供のナイフタイガー二匹は、生まれて間もない魔物の子。

 一対二であるという優位性を活かすことができず、各々が自分勝手に飛び掛かろうとし、アルハの剣を避けるの繰り返しだ。

 一方のアルハも、一対二であるという状況を気にしすぎ、思い切った攻勢に回れずにいた。


 つまり、硬直状態が続いていた。


(村人の一人でもやってきて、一匹の注意でも引いてくれれば戦況は変わるじゃろうが)


 ムニは、村の中へと視線を向ける。

 村の中に、武器を持って出歩く人々の存在は確認できない。

 いくつかの家の窓が僅かに開き、恐怖に染まった瞳がアルハたちを見ているのみである。

 瞳は強く訴えている。

 さっさとナイフタイガーを退治してくれと。

 自分の力で村を守ろうとする気概など、些かも感じなかった。


(どうするかのう)

 

 よって、ムニは考える。

 今ここで手を出せば、自身がただの子供ではないことが村人の視線によって露呈する。

 しかし手を出さなければ、アルハという主を失って、今後の生活の保障を失ってしまう。

 罪悪感から高い確率でジアがムニの引き取りを申し出るだろうが、アルハを失ったジアが従来通りの稼ぎをあげて、ムニの生活を賄うことができるかは甚だ疑問だ。


「仕方ないのう」


 結果、ムニはアルハを助けるために、道化を演じる選択をした。

 遠くからアルハを見守る子供から、安全地帯を見誤って応援に出てきてしまった愚鈍な子供を。


「アルハ。大丈夫か? 勝てるよな?」

「ムニ!? 来ちゃ駄目だ!」


 駆け寄って来るムニを見たアルハは、目を見開いて叫んだ。

 アルハの注意が子供のナイフタイガーたちから逸れたことで、ナイフタイガーたちがアルハに向かって同時に走り出す。

 隙を見つけたと言わんばかりに走り出す。


「ぎゃうぎゃう!」

「がうがう!」

「ま、まずい!」


 左右から襲い掛かって来るナイフタイガーたちを見て、アルハはどちらから対処すべきか悩み、動きが一瞬止まる。

 明確な、アルハの危機。

 村の家の窓から覗く視線が、アルハへと集まる。

 全ての視線から外れたムニは、にやりと笑い、脚をもつれさせて盛大にこけてみせた。

 そして、顔面が地面と接触する直前、大きく息を吐いて砂粒を吹き飛ばした。


 砂粒は矢のように飛んでいき、子供のナイフタイガーの眼球と膝関節を容赦なく貫いた。


「ぎゃうん!?」

「があうう!?」


 子供のナイフタイガーたちの頭が下がり、前足の膝が折り曲がって、首を斬り落としてくれと言わんばかりの体勢に変わる。

 アルハの目では、何が起きたか捉えることができなかった。

 しかし、好機であることは理解できた。


「はあっ!」


 アルハの振り下ろした剣が、無防備な一匹の首を斬り落とす。

 もう一匹はと言えば、痛んだ膝で立ち続けることができず、剣を振り下ろしたアルハの前に顔を地面にこすりつけて滑り込んだ。

 自身が死地にいることを本能的に理解し、すぐに立ち上がってこの場を離れようとする。

 しかし、ムニが飛ばした二度目の砂粒が二本目の膝を貫き、立とうとした瞬間に地へ伏した。


「このっ!」

 

 アルハは二撃目を振り下ろし、二頭目のナイフタイガーの首を獲った。


「はあ……はあ……。ジア!」


 勝利の直後、アルハの感情を満たしたのは勝利への余韻ではなく、成体のナイフタイガーと戦っているジアの安否だった。

 すぐさま振り向いた先に映ったのは、既に雌のナイフタイガーを絶命させ、雄のナイフタイガーと一対一に持ちこんでいたジアの姿だった。


 雌を殺されたことで激高した雄のナイフタイガーは、先程よりも攻撃が短絡的になり、じわじわと追い詰めるための攻撃から獲物を一撃で仕留める大ぶりの攻撃へと変わっていた。

 その転換は、ジアにとって好機。

 ステップでも踏むようにナイフタイガーの攻撃をかわし、大振り後の無防備な前足に細かく攻撃を刻んでいく。


「見よ、アルハ。あの虎っころが、お主の戦い方じゃ」

「ぼくの?」


 アルハは、いつの間にか横に立っていたムニに驚く、びくりと体を震わせる。

 が、ムニの方はすました顔で説明を続ける。


「一撃を狙った大振り。あれでは、ちょっと頭のいい相手なら簡単に躱せてしまう。ジアのようにな」

「そうだね。ジアは、あの程度の攻撃は躱しちゃうね」

 

 アルハの言葉に、ムニはアルハがジアに憧れていることを垣間見た。

 だからこそ、ムニは馬鹿にするように溜息を一つ零した。

 

「お主は強くなりたいのじゃろう? ならばアルハ、お主はジアを目指すな。頭のいい戦い方でなく、頭の悪い戦い方をせよ」

「頭の悪い?」


 頭の悪い、というネガティブな言葉に、アルハは反応した。

 ムニの言葉の真意を探ろうと口を開くが、同時にナイフタイガーが倒れる音が聞こえた。

 音の先では、ジアが平伏したナイフタイガーに短剣を突きつけているところだった。

 何度も何度も前足を切り刻まれたナイフタイガーは、既に上半身を支える力を失っており、ジアに向かって首を垂れるのみである。


「じゃあね」


 ジアは両手で短剣を握り、ナイフタイガーの額目掛けて振り下ろした。


「ぐわおおお!」


 死を理解したナイフタイガーの、最後の叫び。

 しかしその声も、額に短剣が刺さった数秒後にはぴたりとやんだ。

 眠るように沈黙するナイフタイガーの額から短剣を抜き、ジアは空を見上げて、小さく息を吐いた。

 そして、すぐに思い出したかのように、アルハの方を振り返った。

 観戦していたアルハとジアの瞳の視線が交じり合う。

 アルハが無事であったことにジアはほっとし、叫ばなければ声が届かない距離を埋めるために、笑顔でピースサインを作った。

 アルハもまた、ジアと同じようにピースサインを作ってみせた。


 ナイフタイガーの声が聞こえなくなったことで、村の中からは村人が一人、また一人と家の外へと出始めた。

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