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第16話 魔王の娘がぼくたちの仕事を見守っている件

 夜。

 どっぶりと闇に沈んだ村の外から、不気味な唸り声が響いてくる。

 森の木々の隙間からは輝く目玉がじっと村の方を見ており、また闇へと消えていった。

 ナイフタイガーは、村を気にしながらも襲い掛かってくる様子はない。


「どう思う、アルハ?」


 状況を確認したジアは、アルハへと意見を求める。


「うーん。ナイフタイガーは好戦的な魔物のはずだから、とっくに襲ってきてもいいはずなんだけどな」

「私も同意見」


 ジアが剣を抜いて、森に向かってゆらゆらと振ってみせる。

 月光に照らされた剣は、闇夜の中でキラキラと目立ち、獲物がここにいることをナイフタイガーへと伝える。

 二つの目玉は、闇夜の中に再び浮かび上がり、ジアの剣をじっと見つめて威嚇するような唸り声を出した後、また闇へと消えていった。


「角真似でも来ないかあ」


 ナイフタイガーの雄は、雌を奪い合う際、自身の強さを示しあう。

 その方法が、額の角がいかに鋭利かを示すことだ。

 それ故、ナイフタイガーの雄同士が出くわした時、角と角とをぶつけ合って、どちらがより強い雄かを競う習性がある。

 この特性を利用したナイフタイガーの誘導方法が、剣やナイフをちらつかせ、ナイフタイガーの角であると誤解させる『角真似』である。

 

「雌なんじゃない?」

「雌は、単独行動しないでしょ」

「じゃあ雄? だとすると、なおさら襲ってこない理由がわからないわね」

「子供を守ってるんじゃないかな?」

「その可能性が、一番高そうだね」


 アルハとジアは、確認した情報から意見をすり合わせる。

 そして、すぐに村を襲ってくることはないだろうと判断し、一度村の中へ引き換えした。

 村長が用意した客室へと戻ると、暇そうに寝っ転がっていたムニが起き上がって、二人の前に駆け付けた。


「どうじゃった?」

「いたよ。森の中に、ナイフタイガー」

「ほほう。一匹だけか?」

「もしかしたら、もう一匹か二匹、潜んでいるかも」

「ほほう。何故そう思ったんじゃ?」


 退屈をしのぎでもするように、ムニはアルハへと質問を投げかける。

 アルハも、特に隠すことではないと判断し、ジアとすり合わせた内容を説明する。

 ムニはアルハの話を聞いた後、「なるほどのう」と大げさに頷いた後、ニタッと笑って布団へと走っていった。

 

「ムニちゃん、好奇心旺盛だね。将来は、冒険者かな?」

 

 ジアは、そんなムニを微笑ましく眺めていた。

 

 が、ムニの行動の真意は、当然ただの好奇心にはない。

 実のところ、ムニの嗅覚は森の中の様子をはっきりと捉えていた。

 ナイフタイガーの数だけにとどまらず、木々の本数まで正確に数え終えていた。

 その上で、アルハに問った。

 アルハとジアが、どの程度の索敵能力を持つかを見るために。

 尤も、それをアルハに伝える気もなければ、間違っていることに対してヒントを出す気もない。

 アルハとジアが、つまりは人間がどのような手段で魔物の情報を収集するか、それさえわかれば満足げに布団の中へもぐりこんだ。


 アルハとジアはムニを布団に見送った後、向かい合わせで座って、今後の対策を練り始める。


「森の中にナイオフタイガーが一匹しかいなくて、村を襲わない変わり者ってだけなら、討伐は簡単そうだね。ぼくとジアで、挟み撃ちにして終わり」

「そうね。それが一番楽」

「次に、子供を守っている場合。こっちは厄介そうだ。下手に踏み込むと、逆上して来そうだし」

「子供を守ってるナイフタイガーは気が立ってるものね。さっきの雄と身重の雄だけならなんとかなりそうだけど、雌が子供を生み終えてた場合はかなり危険よね」

「ナイフタイガーって、生後何ヶ月くらいから動けるんだっけ?」

「半年もすれば、牙が生えそろってるはず」

「そうなると、最悪二対三か」


 ダンジョンの外の依頼において、最も重要視すべきは依頼者の安全の確保だ。

 魔物をとり逃し、依頼者や周辺の村に被害が出たとなれば、冒険者としての評判を大きく落とす。

 場合によっては、人々を危険に陥れたとして、罪となることもある。

 故に、特に慎重な判断が求められる。


 ジアは、思い出したように依頼書を取り出して、依頼内容を再度確認する。


「二対三には、多分ならない」

「え?」

「ほら。依頼書によると、ナイフタイガーが住み着いたのは三か月ほど前かららしいし」

「となると、子供は戦えないから、相手取るのは最大で二匹ってことか」

「そ。しかも、雌の方は身重」


 ナイフタイガーは、B級冒険者が一人で倒すことが目安にされている魔物だ。

 雄と雌のナイフタイガーに対し、B級冒険者のジアとC級冒険者のアルハだけでは、戦力として不足だ。

 尤も、ナイフタイガーの雌が身重で本領を発揮できないことを加味すれば、戦力は拮抗。

 場合によっては、アルハとジアの方が有利な可能性もある。


 戦力の判断を終えたジアは、難しい顔をして悩み始める。

 討伐は可能だが多少のリスクが残る、それがジアの結論である。

 アルハとジアが死ぬほどではないが、村人が負傷あるいは死傷するリスク。

 ジアにとっては、感化できるものではない。


「ジア、援軍を呼ぼう」


 悩むジアに、アルハは声をかける。

 ナイフタイガー一匹という依頼内容に対し、二匹以上が存在する可能性のある現状は、依頼内筒と実情の乖離。

 冒険者ギルドに対し、ランクや条件の変更を依頼できる案件だ。

 援軍を要請すれば、冒険者ギルドは速やかに追加の冒険者を寄こしてくれるだろう。


 アルハからの提案にも、ジアはしばらく沈黙を貫いた。

 ジアは、リスクをとる冒険者だ。

 もしかしたら失敗するかもしれない依頼を受け、ダンジョンに潜り、苦境の中で成長をしてきた。

 それは、彼女の性格に起因する。

 今回の戦力差も、アルハがいなければ、そして村人の危険の可能性がなければ、躊躇いなく特攻していただろう。


 また、ジアが悩む理由はもう一つ。

 ここで援軍を呼べば、村長はきっと女の冒険者が使えないという認識を、さらに強固にするだろう。

 ジアとしては、少々プライドの傷つくことだ。


「……わかった。そうしよう」


 が、ジアは自身のプライドを捨てて、安全をとった。

 冒険者としての最善を考えて、自分以外のリスクがある行動をとる選択肢を捨ててみせた。


「明日の朝に馬車が来るらしいし、そこでぼくが戻って援軍を呼んでくるよ」

「え、私が行くよ。アルハ、道に迷うじゃん。援軍来るの来年になっちゃう」

「ぼくのことなんだと思ってるの!?」

「方向音痴」


 アルハとジアの決定を、ムニは布団の中で欠伸をしながら聞いていた。

 ジアの決断を、ムニは評価していた。

 魔族を束ねる存在として、感情よりも理性を優先して行動することの重要性を知っているから。


「それに比べて、あの愚か者は。ジア、責を感じる必要はないぞ。これから起きることは、全部全部、この村の人間の自業自得じゃ」


 さて、アルハとジアの決定には、二つばかり見落としている点がある。

 一つ。

 今日の夜、ナイフタイガーが村を襲う可能性を捨てていること。

 一つ。

 依頼書に書かれた『三か月前からナイフタイガーが住み着いた』という言葉を疑わなかったこと。


 人間は、記憶を都合よく改改竄する。

 人間は、目先の金銭に固執して問題を先送りする。

 人間は、自身の損を少なくするために嘘をつく。

 

 人間は、矮小化した事実を記載することで依頼料を引き下げられるのではないかと言う悪知恵を働かせることができる。







 村に、鐘が鳴り響く。


「魔物だ! 魔物が向かってきている!」


 角も牙も生えそろった我が子に初めての狩りを教えるために、二匹のナイフタイガーは仲良く村へ駆け出した。

 その後ろをついていくのは、世にも珍しき双子のナイフタイガー。

 魔物の本能に従って、生まれて初めての生肉を喰らわんと涎を零す。

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