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第11話 魔王の娘がダンジョンデビューする件

 ダンジョン。

 主に、魔物たちが生息する洞窟である。

 ダンジョンによって魔物たちの種類は様々であり、採れる素材の種類も様々である。

 一般的に、奥へ進むほど強い魔物が多くなる傾向があり、危険度が増す。

 よって冒険者ギルドは、魔物の強さとダンジョンの深さを考慮して、各ダンジョンに危険度を割り振っている。

 今回、アルハが入るダンジョンはC級ダンジョン。

 危険度としては、最も低いダンジョンである。


 ダンジョンの入り口で、魔物が出てこないかを見張っている守衛に挨拶をし、アルハとムニはダンジョン内に入る。

 B級以上のダンジョンであれば入るために依頼書の確認が必要となるが、C級では必要がない。

 C級に入る冒険者の数は非常に多く、いちいち全員を確認していては日が暮れるという実務的な事情だ。

 子供一人が入ろうとすると止められるが、アルハと一緒にムニが入ろうとしても止められない程度には緩い。


「冷たっ!」


 裸足でダンジョンに踏み入ったムニは、水気を帯びた泥を踏んでとっさに叫ぶ。


「汚っ!」


 叫ぶと同時に後ろへ下がったところ、着物がダンジョンの壁に触れ、壁にこびりついていた泥水が着物へとへばりつく。

 ムニは泣きそうな顔で汚れた着物から泥水をそぎ落とす。


「妾の一張羅……」

「だから、その服でダンジョン来るのって聞いたじゃん」

「まさかここまでとは思わんかったのじゃ」


 足で水を踏みしめながら、アルハとムニはスプリングスネークの生息するダンジョンの奥を目指していく。

 光が差し込むくらい入り口に近い場所は、魔物の行動圏外だ。


 暗闇が増してきて、徐々にアルハの目では道を捉えられなくなってくる。

 夜目の効くムニとは違い、人間は光がなければ目の前の物が視認できなくなってしまう。

 とはいえ、それを知識で乗り越えてきたのが人類だ。

 アルハは鞄から小袋を取り出し、中に入っている粒をまく。

 砂のように細かい粒は、ダンジョンの地面へと落ちた後、発光して周囲を明るくする。


「おお! なんじゃそれは?」

光砂(こうさ)。知らない?」

「知らぬ」

「外で日の光を蓄えて、暗い場所で光る砂だよ。撒けば光るから、わざわざ灯りを持たなくてよくなるんだ」

「ほう、便利なもんじゃ」


 洞窟の形状をしたダンジョンの中には、日の光が届かない。

 よってダンジョンに入る場合、灯りの持参は必須である。

 かつては松明やランプを持ち入ってはいたが、手が一本、灯りのために使われてしまうのがデメリットだった。

 魔物との戦いにおいて、片手が封じられることのリスクは計り知れない。

 光砂の発明は、そんなリスクを取り除くことを可能とした、人類の大きな発明である。


 ムニは撒かれた光砂を一粒拾って、まじまじと眺める。

 人工的に開発された光砂は、魔族の世界には存在しないもの。

 夜目の効く魔族にとって不要の産物とは言え、ムニは好奇心から発光の理屈を探る。


「なるほど。発光バクテリアの一種か」

「ハッコ? なんだって?」

「この砂は、発光バクテリアが好む匂いを常に放出しておるから、発光バクテリアが集まり、光る砂に見えるのじゃろうな。事前に光を吸収しておく必要があるのは、バクテリアの特製か。面白いのう。もしも、光の吸収を必要としないバクテリアが好む匂いを発する砂を見つけることができれば、事前に光に当てる必要のない光砂が作れるぞ」

「ちょっと何言ってるかわからない」


 解析を終えたムニは、納得できる答えに満足し、光砂をペロリと嘗めて飲み込んだ。


「なにしてるの!?」

「ん? 嘗めただけじゃが」

「砂を嘗めるんじゃありません! ペッしなさい! ペッ!」

「もう飲み込んだ。何を焦っておる?」


 ムニにとって、捕食は学習に等しい。

 新たな知識を自分の血肉とすることで定着を図るという、魔族の慣習に似たものだ。

 が、人間の世界にそんな慣習はなく、アルハが怒るのもまた当然だ。

 

「ううむ。人間界では、食料以外を食べることはよくないのか。よかろう。今後は人前で食わぬよう、気を付けよう」

「そうしてくれ」


 双方とも納得はしていなかったが、人間と魔族、価値観が違うことなど分かり切っている。

 いったんの落としどころがついたところで、二人は再びダンジョンの奥へと進んでいった。


 風の音は消えていき、代わりに天井から水滴の落ちる音が聞こえる。

 しばしの静寂もすぐにどこかへいき、代わりに何かが這いずる音や歩く音が耳に届いてくる。


「そろそろかな」


 魔物が生息するエリアに近づいたと気づいたアルハは、無言で剣を抜いた。

 そして、天井までの高さと左右の壁の幅を確認する。

 天井までの高さは、剣を上に掲げても届かない程度の距離。

 しかし、掲げたまま跳ぼうものなら、剣先が天井にぶつかってしまうだろう。

 壁の幅は、中心で剣を横に伸ばして回転してもまったく当たる危険性がない程度の距離。

 注意すべきこととしては、壁際に追いやられた時くらいだろう。


 魔物の足音が徐々に大きくなってきて、次の瞬間ピタリと止んだ。

 魔物もまた何者かの接近に近づき、警戒を始めたのだ。


 徐々に近づいてくる曲がり角。

 アルハは光砂を投げて撒くとすぐに、剣を構えて走った。


「キキッ!?」


 突然の発光を前に、魔物たちは二本の手で目を押さえる。


「マッドモンキーが三体か!」

 

 マッドモンキー。

 猿型の魔物であり、汗の代わりに泥を垂れ流す性質を持っている。

 汗っかきという特性も相まって、全身が常に泥まみれとなっている。

 

 アルハは一体のマッドモンキーと距離を詰めると、剣を横に振って即座に首を落とす。


「ギイッ!」

 

 死に際の叫び声に、残り二体のマッドモンキーが無理やり目を開け、仲間が斬られた事実を確認する。

 そして、二体同時に四つ足で駆け出し、アルハへと飛び掛かる。

 アルハは近づいてくる二体を確認した後、後方へと飛んだ。

 そして、着地した二体の前足を斬り落とすように、再び剣を振った。

 一体が斬られ、もう一体がすんでのところで跳び、回避する。


「二体目!」


 アルハは前足が斬られた痛みに苦しむマッドモンキーの首を目掛けて剣を振り、頭部を斬り落とす。

 残された一体は両手両足で天井へと器用に貼りつき、天井を走って移動する。


「ムニッ!」


 目指す先は、後方でアルハの戦いを見ていたムニ。

 マッドモンキーは頭がいい。

 人質をとることで戦闘を優位に進めることができると判断する程度には。

 天井を蹴り、両手を広げ、ムニを拘束するために抱き着く。


「キイッ!」

「汚い。触るでない」


 が、両手がとムニに触れるより先に、ムニの拳がマッドモンキーの顔面を貫いた。

 目に見えぬほど高速で放たれたムニの拳は、有無を言わさずマッドモンキーの頭部を体から引っこ抜いた。

 そして、マッドモンキーの頭部はダンジョンの奥へ一直線に飛んでいき、壁にぶつかって飛散した。


「力の差もわからぬ、無知猿が」


 ムニが手を振って、拳についた血を切る。

 周囲に血の雫がまかれ、光砂を赤で装飾し、ダンジョン内の灯りに赤みがかかる。


「ムニ、強いんだね。いや、強いと思ってはいたけど」


 マッドモンキーから耳を斬り落としたアルハが、ムニの元へとやって来る。

 アルハの恐怖混じりの賞賛に、ムニはふふんと満足げな表情で胸を張った。


「妾は魔王の娘じゃからの。このくらい余裕じゃ」

「でも、次からは形を残しておいてもらえると嬉しいな。素材が取れなくなっちゃうから」

「素材?」


 マッドモンキーは体内に泥を生成して排出する器官を備えている。

 とくに耳の裏からは上質な泥が生成されることが知られており、マッドモンキーの耳は素材としての価値があるのだ。

 死後に一体あたりが生成できる泥の量は限られており、数体程度ではお小遣いにもならないが、ないよりあるほうがいい。


 壁にぶつかってぐちゃぐちゃになった頭部を見て、アルハは苦笑いをした。

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