第10話 魔王の娘とダンジョンに向かう件
「え? 住むんですか?」
「はい。契約の方、よろしくお願いします」
アルハの発言に、モガは驚きで目を丸くした。
モガの想像では、一晩過ごせば、アルハから入居を諦める連絡が来るものだと思っていた。
しかし、アルハが二日目に来ることはなく、三日目に来たと思ったらまさかの承諾。
「承知しました。こちらへどうぞ」
驚きはしたものの、モガは己の職務を全うするのみ。
再び、アルハとムニを二階の会議室へと案内した。
そはいえ、モガとて人の子。
今まで誰も住まなかった曰く付きの家に何故住む決断をしたのか、好奇心がないわけではない。
会議室に向かうまでの間で、アルハへ尋ねた。
「入居中、変なことは起きませんでしたか? 例えば、変な声が聞こえたり、家具が揺れたりと」
「ありましたね」
「それでも、購入すると?」
「はい。原因がわかって、解決したので」
数多の冒険者が挑んでは逃げ出した不可解。
それを解決したというアルハの言葉は、にわかには信じがたいものだった。
まして、モガの中でのアルハは、決して優秀な冒険者というわけではない。
モガの常識を超えてくるような結果を出せるとは、到底思えない存在だ。
「そうでしたか。原因とはなんでしたか?」
あくまでも冒険者ギルドの職員として、モガは平坦な抑揚で尋ねた。
「それは……秘密です」
それに対するアルハの回答は、モガの欲しい答えではなかった。
「わかりました」
だが、モガはそれ以上の追及をしなかった。
冒険者が自身の手の内を隠すことは、よくあることだ。
原因を見ぬいた方法がアルハの手の内に依存する方法であれば、アルハが答えないことも当然のことだ。
もしも、今回アルハの解決した事象が世界を揺るがす事象であれば、無理にでも聞きだしただろう。
しかし、所詮は冒険者ギルドが管理していた一軒家のトラブルでしかない。
強引に追及するには、些か小さすぎる問題であった。
モガが即座に質問を打ち切ってくれたことで、アルハは内心安堵していた。
アルハからすれば、原因が魔族だったなどと言えば冒険者ギルドがナムルの存在を知り、そこから芋づる式にニムが魔族であるとバレる危険性もあった。
そうすれば、ムニという魔族を匿っていた人間として、自身への罰も免れない。
ムニに脅されただけだとして無罪放免になる可能性も万が一に残ってはいるが、そんな小さな可能性に懸けられるほど、アルハは酔狂でなかった。
先日と同じ会議室に到着すると、アルハとムニは椅子に座り、モガは棚から書類を取り出した。
そして、アルハにペンを渡し、記入の必要な箇所を指差した。
アルハはモガに言われるまま書類へ記入する。
モガは全ての必要事項が埋まった書類を受け取ると、隅々まで確認し、誤字や書き漏れがないことを確認した。
「はい。これで契約は完了です。お疲れ様でした。今後は月々、預け金からローン分を回収させていただきます。足りない場合は、相応の対処をさせていただきますので、お気を付けください」
「わかりました」
冒険者ギルドは、預金業務も行っている。
元々は、冒険者と依頼者間で依頼料を授受する仲介役として機能していたが、一流の冒険者となれば動かす額も大きい。
大金を持ち歩かなければならないのは危険だという冒険者の都合、大金を一気に動かすのではなく分割で支払いたいという依頼者の都合。
二つの要望がかみ合った結果、預金業務という新たな機能が成立した。
アルハは、モガがあえて相応の対処と口にした理由を察していた。
書類の記載が完了したにもかかわらず、未だに部屋からの退室を促さないモガの態度が、その察しを確信へと変えた。
「モガさん」
「はい」
「お仕事ください!」
モガは冒険者ギルドの職員として、アルハの月々の所得と預金の状況を調べることができる。
アルハという人間が、支払いを踏み倒したりしない程度に真面目で、日々の収入にぶれがある程度には冒険者活動が不安定なことも、お金の流れから推測できた。
冒険者の活動を後押しするのは、冒険者ギルドの仕事だ。
モガはにっこりと微笑んで、予め用意していた依頼書をアルハへと差し出した。
「本来は、特定の冒険者のために依頼を確保しておくことはしないのですが、今回はギルドからの新居祝いということで」
「ありがとうございます!」
アルハはモガから依頼書を受け取り、内容を確認する。
ムニもまた、興味深そうに覗き込んだ。
依頼内容は、スプリングスネークの尾の採取だ。
スプリングスネークとは蛇型の魔物であり、尾の部分がバネのように螺旋を描いている。
名の通り、尾をバネのようにして跳びはね移動するため、高さへの対応が必要となるやっかいな魔物だ。
ただし、ダンジョンという天井の高さに制約がある場所の場合、このやっかいさが封じられ、移動が遅い魔物に成り下がる。
螺旋状の尾が良い金額で買い取られることもあり、依頼内容としては人気が高い。
「そちらの依頼、受けていただけますか?」
「受けます!」
モガからの問いかけに、アルハは即答した。
モガは目を閉じて僅かに微笑んだ後、すぐに仕事モードの顔へと戻る。
「承知いたしました。では、このまま依頼の手続きもやってしまいますね」
モガからアルハへ、追加の書類が渡される。
アルハは手慣れたように記入をする。
「後、できれば剣のレンタルも……」
「倉庫を確認して来ます。少々お待ちください」
ダンジョンは、王都から離れたところに集中して存在している。
アルハとムニは冒険者ギルドの手配した馬車へと乗って、ダンジョンのある場所へと移動する。
いつもであれば他の冒険者たちとの相乗りとなるが、今日は新居の購入手続きをしていた分だけ出発が遅くなり、出発時間がずれた。
他の冒険者が出払った後で、実質アルハとムニの貸し切りだ。
「スプリングスネークか。確かにやつらは、金になりそうじゃの」
「知ってるの? ムニ」
ダンジョンまで向かう馬車の中、ムニは依頼書を見ながら興味深そうに言う。
「うむ。妾の住んでおった城には侵入者を防ぐための罠が無数にあってな」
「うん」
「罠の一つに、踏むと突き上がる床がある。その動力源に、スプリングスネークの尾を使っておる」
「そういうの、ぼくにバラしていいの?」
「構わぬ。どのみち人間では、城の場所さえ見つけることができぬじゃろうしな」
「それは、確かに」
魔王が住むと言われている魔王城。
魔族を滅ぼさんとする人類は、魔王城を血眼になって探している。
しかし未だ、魔王城を見つけることはできていない。
アルハはムニが魔王城という内部の話題に触れたことで、話を上手く進めれば、ムニから魔王城の場所を聞き出せるのではと一瞬思考がよぎった。
しかし、すぐに止めた。
ムニが自分にとって話すべきでないと考えていること、例えばアルハと行動している理由などを話さない程度には口が堅いと思い出したから。
無用な不信を買うことは、アルハ自身の今後に影響する。
代わりにアルハは、単純な興味からの質問を口にした。
「というか、魔族って魔物を狩るの? 仲間じゃないの?」
魔族とは、知性の高い魔物である。
これは、人間が魔族に持つ共通認識である。
アルハからの問いかけに対し、ムニは目をぱちくりとさせて、大きなため息をついた。
「何がどうしてそんな噂ができたのかは知らんが、魔族と魔物は別物じゃ」
「そうなの?」
「そうじゃ。妾たちからすれば、魔物など家畜であり害獣でしかない。お主たちも、人間と馬畜生は仲間なのかと聞かれれば、否と答えるであろう?」
「まあ、そうだね」
「おんなじ感じじゃ」
魔物と同列にされることはムニにとって気分が良くなかったことの様で、ムニはしかめっ面で口をつぐみ、窓から馬車の外の景色を眺めた。
アルハはそんなムニの横顔を見ながら、一度質問を打ち切った。
馬車の外から、馬の鳴き声が聞こえる。
馬を操舵する男が馬車をノックし、小窓を開けてアルハとムニへと話しかけた。
「そろそろ到着だ。降りる準備をしな」
王都とは違う、自然が多いに混じった風が馬車の中に吹き込んでくる。
アルハは腰の剣に触れて気合いを入れ直し、ムニはすんすんと自然の匂いを嗅いでいた。




