第9話 魔王の娘が初めてのお使いに行く件
「そう言えば、この家に住みたいんだけど」
「いいぞ」
アルハからナムルへの交渉は、驚くほどあっという間に決まった。
仮にも魔族の監視拠点。
人間を置くことを嫌うのではというアルハの懸念は、杞憂に終わった。
「人間が住んだごときで、監視ができなくなるほど愚かではない」
アルハの考えを察したナムルは、簡潔に理由を答えた。
「じゃあ、なんで今まで家具を揺らしたりして、人間を追い出してきたの?」
「考えてもみろ。自分の住処に赤の他人がいては、落ち着こうにも落ち着けないだろ」
「じゃあ、なんでぼくはいいの?」
「貴様が、ではなくムニ様がいるからだな。ムニ様を見守ることができるなど、魔族としての誉れ。ウジ虫の一匹くらい、我慢しよう」
「ウジ虫って……」
魔族の持つ、魔王とその血族への絶対的従属心。
それは、アルハにとって納得のできる回答であった。
アルハの住むこのアルヤンシーブ王国も、王政の国。
万が一にの時には王族のために命を懸けることもまた、冒険者として当然に持っている心構えだった。
「じゃあ、これからよろしく頼むよ。ナムル」
アルハは、自然とナムルに手を差しだした。
魔族には、握手をするという慣習はない。
まして燃える体を持つナムルは、誰が体に触れようとする機会もない。
よって、少しの間アルハの手を見て面食らっていた。
しかし、今後共存していくためには必要な儀式なのだろうと解釈し、アルハの手を握った。
「ああ、よろしく頼む」
「熱っ!?」
「おtt、炎を鎮めるのを忘れていた」
話がついたところで、ムニが眠そうに背伸びをする。
そもそも、家の掃除を終え、入浴をして寝ようとしていた直後の出来事だ。
問題が片付けば、忘れていた眠気がやってくるのも当然だろう。
「じゃ、落ち着いたところで、風呂にでも行くとするか」
「そうだね」
アルハとムニは家の修復のことを後回しにし、タオルを持って浴室へと向かう。
家が町中に建っていれば壁に穴の開いた家など恐ろしくて済めないが、ここは人の住まない王都のはずれ。
そのうえ、引っ越し直後で貴重品も置かれていない。
万が一侵入者が出たとしても、ナムルという戦力がいる。
安心して眠気に負けることは、自然だろう。
「ちょっと待ったー!」
が、浴室に向かおうとする二人は、ナムルの叫びによって止めらた。
「なに?」
「なんじゃ?」
「ムニ様!? まさか、このような下賤な人間と湯あみを共にするつもりですか? ワタクシは反対です!」
「ああ、魔族でもやっぱりそうなんだ」
「妾は気にせんよ。それに、妾の肉体は誰に見せても恥ずかしくないくらい、鍛え上げておるつもりじゃ」
「そういう問題では御座いません! 将来の魔族を背負うお方が、そんな不埒な!」
「むう」
結局、ナムルの反対によって。アルハとムニは別々に入浴をすることとなった。
浴室で三回ムニが転び、入浴後に「お前のせいじゃ!」とナムルに八つ当たりしたのはまた、別の話。
仮入居二日目。
アルハは王都で木材を買い、家の修理へと明け暮れていた。
職人に頼むのが手っ取り早くはあったが、あいにくアルハには金がなかった。
できる限り自分でやろうと、一心不乱に手を動かした。
当初は、アルハとナムルも手伝いを申し出て、アルハもそれを受け入れていた。
しかし蓋を開けてみれば、ナムルは細かい作業が嫌いなのかイライラとした挙句に発火して家を燃やし、ムニは力加減がわからないのか壁の穴をさらに広げていた。
二人に頼れないと判断したアルハは、結局一人黙々と修理に打ち込んでいた。
「暇じゃのう」
手すきになったのは、ムニである。
アルハは家の修理で手一杯。
ナムルは人間社会の監視のために家を空けている。
結果、ムニは一人、家の中で時間を持て余すこととなったのだ。
「暇じゃー」
一階でアルハの作業を見ていたり、アルハの邪魔にならないように二階でごろごろとしてもみた。
しかし、最低限の家具しかない家では一人でできることにも限界があり、すぐに飽きてしまった。
魔王城でのムニは、暇があれば部下の魔族を呼び出して雑談にふけったり、庭で技の訓練をすることで暇を潰していた。
しかし、ここには部下の魔族もいない。
訓練をするには、ムニの技は周囲に被害を与えすぎる。
さながら今のムニは、娯楽という翼をもがれた鳥であろう。
「ふうむ」
階段を下りて、再び一階へ。
つぎはぎだらけの壁を見て、床に色を付けて焦げ跡を隠すアルハを見る。
ちょっかいでもかけてやろうと思っていたが、アルハの真剣な表情を見れば、そんな気も失せた。
ぐう。
そんなアルハのお腹から小さな音が聞こえ、ムニは閃いた。
「アルハ! 腹が減っとらんか?」
「え? まあ、減ってるけど」
「よし! 妾が飯を買って来てやろう!」
買い出しであれば、ムニでもできる。
否、方向音痴のアルハにはできない。
体のいい暇つぶしを見つけたムニは、貨幣の入った袋を手に取ると、任せろと言った表情で胸を叩いた。
もちろん金は、アルハの金である。
そんなムニを、アルハはきょとんと見た。
「いいよ。後でぼくが行くから」
「ならぬ。アルハは既に、家の修理という形で家に貢献しておる。同居する者として、妾も買い物という形で貢献したいのじゃ」
「でも、一人じゃ危ないよ。道に迷うかもしれないし」
「どの口が!?」
「お金を持ってると、悪い人に狙われるかもしれないし」
「問題ない!こう見えて、妾は強いのじゃ!」
「強いとは思うけど」
次々と引き止める言葉を出してくるアルハを無視して、ムニはさっさと玄関から外へ出た。
これ以上やることがなくては、暇で死んでしまう。
そんな退屈が、ムニを突き動かした。
「ふむ。先日はあまり見ることができなかったが、なかなか広い街じゃ。人間の文明も、進んでおるということじゃな」
王都。
メインストリート。
店舗や屋台の並ぶ大通りは、昼時ということもあって大いに賑わっていた。
武器屋や道具屋には客が少ないが、代わりに飯屋が大盛況。
民たちは空腹を満たすための店を物色し、屋台からは店主が大声で客を呼び込む。
交じり合う肉や魚の匂いは、ムニの空腹感を刺激する。
人間離れした嗅覚を持つムニは、香しい匂いの中から、最も香ばしい店を嗅ぎ分けた。
「そこの。焼きたての肉を、十個ほどくれないか」
下の方から聞こえる声に、屋台の店主は覗き込み、小さなムニの姿を見て怪訝な表情をする。
「……嬢ちゃん。金はあるんだろな?」
「ほれ、この通りじゃ」
「焼きたて用意するからな! ちーと待ってな!」
が、ムニが取り出した袋の中に金貨を確認すると、途端に掌返し。
一気に十も買ってくれる気前の良い客を前に、笑顔で肉を焼きだした。
ムニはひくひくと鼻を動かしながら、肉が焼けるのを今か今かと待ちわびる。
「良い匂いじゃ。店主、これは何の肉じゃ?」
「こいつは、ファットピッグの肉だ。脂身が詰まってて、うめえんだぞー」
「ビッグピッグとは何が違うんじゃ?」
「嬢ちゃん、勉強熱心だねえ。ファットピッグはビッグピックと比べて、脂身が多くて柔らかいんだ」
「ほほう」
「ほら見な。特にこれなんて、最高の肉だ。口の中で溶けるような柔らかさだ」
「溶けるのか! それは楽しみじゃ」
店主はとくに上質な脂身の多い肉をつまんでムニに見せた後、横に置いている台で豪快に切っていく。
一口サイズと呼ぶには大きいが、両手で持つには小さすぎるサイズ。
そして大きな葉っぱの上に並べると、香辛料をパラパラとかけ、葉っぱを畳んで肉を閉じ込めた。
「ほほう、ミルフの葉じゃな」
「お、よく知ってるな。これで閉じ込めると、肉に塩味が染みこんで、肉の旨さを引き立てるんだ」
店主は詰め終わった肉をムニの前に差し出し、もう片方の手を広げて代金を求める。
「ファットピッグの肉十人前で、金貨一枚と銀貨五枚だ」
「おお、これで足りるか?」
「ぴったしだ」
ムニは袋の中から金色の効果と銀色の硬貨を取り出して、店主へと渡した。
どれが金貨でどれが銀貨かなど知らなかったが、色と呼び名が一致していたことで無事に支払いを終えた。
「まいど!」
ムニは肉を受け取ると、上機嫌で帰路についた。
葉の隙間から漂ってくる香りがムニの食欲をそそり、早く言に納めてしまいたいと思えば、自然と足も速くなった。
一秒早く家に帰るため、大通りから路地へと逸れて、最短ルートを突き進む。
「よう。景気がいいな、餓鬼。俺たちにも、ちーとばかり恵んでくれよ」
だが、金を持った子供など、格好の的。
まして、わざわざ人気の少ない路地を歩く子供など。
ムニの前後は、ごろつきたちに囲まれた。
短いナイフをムニの方へと向けて左右に振ったり、舌で嘗めてみたりと、武器の存在をちらつかせる。
視線は全て、金の入った袋の中。
ムニは、魔王の娘。
自信の持ち物を狙われて囲まれることなど、初めての経験だった。
だが、魔王の座を狙う一部の魔族に、命を狙われた経験は片手で数えるには足りない。
よって、ごろつきたちの脅しにも恐れることなく、面倒くさそうに答えた。
「失せよ。妾は忙しいのじゃ」
「おー。俺たちも忙しいんだ。さっさと持ってるもん差し出せば、すぐにでも解放してやるよ」
「失せよと言ったが、聞こえておらんのか? その耳は飾りか? それとも、言葉を理解する知能もない阿呆か?」
震えるどころか馬鹿にしたようなムニの口ぶりに、ごろつきたちの顔が怒りで赤く染まる。
一回りも二回りも幼く見える子供にコケにされたとあっては、ただでさえ小さいプライドに大きな亀裂が入る。
額に青筋を立てて、ナイフを握る力を強くし、じりじりとムニににじり寄る。
「餓鬼ぃ。人が優しくしてい」
瞬間、ムニに最も近いごろつき一人が、消滅した。
服も、ナイフも、臓器一つ残さずに。
「……は?」
次いで、消えた先を呆然と見ていたごろつきがが消えた。
「ひい、ふう、みい。あと四人か」
ごろつきたちの視線は、のんきに数を数えるムニへと集まる。
その視線も、すぐに三つにまで減った。
「ひっ!?」
残り二つ。
「な、なにしやが」
残り一つ。
「う……う……うわあああああ!!」
何が起こったのかはわからない。
わからないが、ここが死地であることだけはわかった。
最後のごろつきはムニに背を向け、わき目もふらず逃げだした。
ムニから離れることを許されたのは、二歩まで。
三歩目を踏む前に、全身が消滅した。
「やれやれ。時間を無駄にした」
ムニはそう零すと、何事もなかったかのように歩き始めた。
「アルハ! 飯を買ってきたぞ!」
「わあ、いい香り」
余談ではあるが、金貨一枚と銀貨五枚は、ざっと冒険者の日給の一日半分。
ムニと美味しく食事をしていたアルハは、ムニからかかったファットピッグの料金を聞くと、眩暈がして椅子ごと倒れてしまった。




