第1話 くじをひいたら魔王の娘が当たった件
快晴空の真昼間。
アルヤンシーブ王国の王都は、大きな賑わいを見せていた。
人々はこぞって武器屋や商店で買い物をし、購入した商品と共に小さな木の板を受け取る。
そして、木の板を握りしめたまま、皆が同じ場所を目指して走っていく。
「並べ並べ! 賞品はまだ十分に残っているぞ!」
人々が目指す先には鎧を着た兵士たちが何人も立っている。
兵士たちは、群がる人々を捌いて列を作らせる。
兵士たちの鎧には王国の紋章が刻まれており、これが王国主導する行事への列であることがわかる。
兵士たちの囲みの中には、特に豪華な鎧を着た男――兵士長が立っており、木箱を一つ持っていた。
「次!」
「はい!」
兵士の案内に従い、一人の民が兵士たちの囲みの中に入る。
そして、兵士長の隣に立つ兵士へ、小さな木の板を渡した。
兵士は民から板を受け取り、板に書かれている数字を確認する。
その後、後方に置かれた箱から同じ数字の書かれた木の板を探しだす。
兵士は民から渡された板と箱から取り出した板を合わせ、割れ目がぴったりと一致することを確認する。
確認が取れると、兵士長は軽く頷き、民に抱えていた木箱を差し出した。
「一回だ。引くがいい」
「ありがとうございます!」
木箱の中には、木の枝が何百本と入っている。
民は木箱の前で祈るように指を組み、木箱から枝を一本引いた。
枝の先には赤色の塗料が塗られており、それを見た兵士長は叫んだ。
「一等! この者には王国より、一等地の住居が与えられる!」
枝を引いた民は、目を丸くしたまま固まった。
代わりに、列を作る人々が歓声を上げる。
「すげえ! 一等だ!」
「ちっくしょお! 夢の新居はお預けか!」
「マジかよー! 今日のために、今月の稼ぎ全部くじに替えたのに!」
「ええい、黙れ! 静かにしろ!」
周りの盛り上がりに当てられ、枝を引いた民は、ようやく自分の身に起こったことを理解する。
手を震わせながら、恐る恐る兵士長に確認する。
「い、一等? 本当ですか?」
「本当だ」
「ゆ、夢じゃないですよね?」
「くどい。夢にしたいなら、その枝を木箱へ戻せ」
「い、いえ! 一等! ありがたくいただきます! やったー!」
「具体的な引き渡しの手続きについては、後日使いを寄こさせる。今日は向こうで、名前と住処を書いて帰れ」
アルヤンシーブ王国では、定期的に国主導のくじ引きが行われる。
平民が一年働いても手に入らないほど豪華な賞品をひっさげて。
よって、王国ではくじ引きが一大行事。
馬車に乗って、遠くの町や村からも人が来るほどである。
「……いいなあ」
アルハは、そんな人だかりを横目に武器屋へと入っていった。
扉を開くと気圧差から小さな風が巻き起こり、アルハの白い天然パーマを揺らした。
「いらっしゃいませ。おや、アルハ様。本日も剣の修理ですか?」
武器屋の店主であるシラフは、店の扉が開く音を聞いて振り返る。
そして、剣を磨いていた手を止めて、客であるアルハの元へと向かった。
「ええ。刃こぼれしちゃいまして」
「拝見しても?」
「どうぞ」
シラフの言葉を受け、アルハは腰に下げていた剣を渡す。
シラフは剣を刃を上から下まで眺め、大きく欠けている箇所をまじまじと見つめる。
「これはまた、見事な欠けっぷりですね。岩でも斬りつけましたか?」
「……ストーン・バットの奇襲です」
ストーン・バット。
表皮を岩肌に覆われた蝙蝠型の魔物である。
待っ正面から剣を当てると刃こぼれしてしまうため、剣士泣かせとして有名だ。
一方で、日光を嫌う習性を持っており、ダンジョンの前半ではまずお目にかかることはない。
少なくとも、シラフが把握しているアルハの行動圏内には、現れるはずのない魔物だ。
「今回の依頼は、そんなに奥まで入る必要があったのですか?」
シラフは、アルハからの返答を知りながら尋ねた。
アルハは困り顔を作って、シラフの想像通りの答えを返した。
「いえ、道を間違えまして」
「そうですか」
アルハの方向音痴は、アルハを知る者なら誰でも知っている。
一本道のダンジョンで、入り口へ戻る道と間違えて奥へ進んだという話はもはや伝説だ。
故に、シラフもそれ以上の言及を避け、業務対応へと戻った。
「修理には三日ほどかかりますが、よろしいですか?」
「はい。どのみち剣がなかったら、何もできないので」
「では、また三日後にお越しください。ああ、修理の依頼を頂いたので、割板を差し上げます。気分転換に、くじでも引いてきては?」
「ありがとうございます」
アルハはシラフから割板を受け取ると、とぼとぼとした足取りで武器屋を出ていった。
アルハは、魔物を倒して素材を集めることで生計を立てる冒険者だ。
冒険者にとって、武器が使えなくなる期間は仕事ができない期間と同義。
つまり、収入の危機である。
「明日からの食費、どうしようかなあ」
アルハは頭の中で、剣がなくても受けることのできる依頼を考える。
冒険者の仕事は、大半がダンジョンに入って魔物と戦闘――武器を使う仕事だ。
しかし、武器が不要な仕事も存在はしている。
例えば、ドブ拾いやペット探し。
ダンジョンに入るのと比べれば、時間と体力が必要な割に実入りの少ない仕事ばかりである。
贅沢を言っている場合でないことは理解しつつも、アルハは明日以降の生活を考えて、溜息を零した。
「せめて、三日分の食料くらい、当たってくれないかなあ」
現実逃避をするように、手に握りしめた割板を見る
しばらく稼ぎがない以上、くじ引きはアルハの生活を支える小さな希望だ。
見慣れた王都の道、藁にも縋る思いでくじの会場を目指して歩いた。
「どこだ、ここ」
そして、見事に道に迷っていた。
アルハが歩いていたのは、アルハが日常使いする見慣れた道だ。
いつもと違う点があったとすれば、路地に向かって黄色い小さな鳥が歩いていたことだ。
こんなに近くで歩く鳥が見られるなんて珍しいこともあるものだと、アルハはそのまま鳥の後をついて歩き、路地へと入った。
しばらく追いかけたところで鳥が飛び去り、元来た道を振り返った時にはもう、アルハの方向感覚は失われていた。
「とりあえず、戻ろう」
アルハは振り返った方向へ向かって歩き、現れる分かれ道を勘に頼って進んだ。
右へ、右へ、そして左へ。
方向が分からないなりに、前進を続けた。
結果、いつの間にか路地の奥まで入っていき、かすかに聞こえていた人の足音も遠くへと追いやられていた。
「あれ、おかしいな? 全然出ないぞ? こっちじゃないのかな?」
さらに右へ。
アルハが首を傾げながら曲がった先も、また路地だ。
ただし、無人ではなかった。
路地の壁に背を預けた大男が、体育座りをしていた。
つるつるのハゲ頭に、目が見えないほどの瓶底眼鏡。
とてもただ者の気配ではない。
そして、大男の前には枝の入った木の箱が置かれていた。
「いらっしゃい。くじ、どうだい?」
大男は、アルハの足音に気づくと、首を回してアルハの方を見た。
そして、地べたに置いた木の箱を前に押してずらした。
アルハは手に持っていた割板と木の箱を交互に見た後、パチパチと瞬きしながら大男を見る。
「ここも、くじの会場ですか?」
「ここも? ああ、そうだよ」
「でも、おじさん王国の鎧を着てないですよね?」
「王国からの雇われ者でね。鎧は持っていないんだ」
「王国から雇われたって言う、証明書みたいなものは?」
「落とした」
(怪しい)
アルハの第一印象は、疑念である。
いつものアルハであれば、すぐにでも立ち去り、憲兵が近くにいれば報告の一つでもしていただろう。
しかし、大男の隣に詰まれたフルーツの山が、アルハの思考を鈍らせた。
これだけのフルーツが当たれば三日分の食費にはなると、アルハは割板を大男に差し出した。
「やります! 一回!」
「なにこれ?」
「割板ですけど?」
「ああー! そう、割板ね。知ってるさー。もちろん知ってるさー。じゃ、どうぞ!」
「割れ目を合わせて、本物か確認しなくてもいいんですか?」
「おじさんは有能だからね。見ただけで本物かわかるのさ。ささ、早く引いてくれ」
アルハは、大男の言動に違和感を感じはしたが、漂ってくるフルーツの香りですぐに忘れた。
大男が割板を受け取った後、つばをごくんと飲み込み、木の箱に入った枝を一本掴んだ。
「せめて三日分! 当たれ!」
アルハが引っこ抜いた枝が、空に向かって掲げられる。
枝の先端には、赤色の塗料が輝いていた。
「大当たりいいい! いっとおしょおおおおおおおおお!」
大男は、即座に立ち上がってハンドベルを振り回した。
路地にカランカランと豪快な音を響かせた。
「そんな貴方に、素敵なプレゼント!」
そして、横に置かれていたフルーツの山を、ずいっとアルハの前に差し出した。
「やったあ! 食料!」
望んでいた展開を前に、アルハはフルーツの山へと飛びついた。
フルーツは一つ一つがつやつやと輝いていて、その新鮮さが見て取れた。
今すぐかぶりつきたい衝動にかられるも、明日から食事だと自分に言い聞かせ、すべて持って帰ることを選択した。
そこで、どうやって持ち帰ろうかという現実的な問題にぶつかった。
「あの」
大男に袋でもないかと尋ねるために、顔をあげた。
「あれ?」
が、さっきまでいたはずの大男は忽然と姿を消していた。
アルハが首を振って左右を探してみても、後ろ姿さえ見当たらない。
「おかしいな。……あ!」
アルハが再びフルーツの山に視線を戻すと、フルーツの隙間に袋らしき布の一部が顔を出しているのを発見した。
もしかして持ち帰るための袋も用意してくれたのかとフルーツをかき分けて見れば、全てのフルーツを入れるのに十分な大きさの袋が現れた。
「袋だ!」
問題が解決したアルハの表情は、パッと明るくなった。
が、袋を引っ張り出そうとするも、袋の中に何かが入っているようで動かなかった。
もしや袋の中にもフルーツが入っているのだろうかと、アルハは袋の口を開けた。
「ん?」
が、フルーツは存在せず、代わりに赤い着物の女の子が丸まっていた。
女の子はアルハと目が合うと、ニヤリと笑って袋の中から飛び出した。
「うわっ!?」
アルハが驚いて尻もちをつくと、女の子はアルハの前に立って腕を組んだ。
十歳にも満たない見た目からは想像のできない威圧感に、アルハは思わず背筋を震わせる。
女の子は深紅の瞳でアルハを見下ろしたまま、口を開いた。
「妾は魔王の第一子、ムニ・ムミ・カマルである。人間の男よ。お主には今日より、妾の義父となってもらう」
ムニの言葉を、アルハはポカンとした表情で聞いていた。
が、ムニの言葉の意味を理解すると、驚いた顔でムニを指差した。
「ええええええええええ!?」
アルハとムニの不思議な生活は、路地の一角から幕を開けた。




