第三話
翌日の休憩時間、三輝也は林田の部署を訪れていた。
「林田はいるか?」
「七尾課長、お疲れ様です。林田は今日は打合せが重なってるとかで直行直帰です」
「そうか…ありがとう」
『~♫』
取引先に向かう林田のスマホにメッセージが入る。
「ん?ミッキー?珍しいな」
『今晩空いてるか?』
「いや、ホントに珍しいな…」
思わず口に出る林田。
『空いてるけどどうした?珍しいじゃん』
『お前に相談したいことがある。申し訳ないが1時間程僕に時間を割いてはくれないか?』
『構わないよ!1時間と言わずいくらでも付き合うぜ!んじゃ駅前の居酒屋でいいか?』
『長くなり過ぎると僕のやりたい事をやる時間が無くなってしまうから1時間でいい。別に居酒屋でなくてもその辺の道端で構わない。』
『俺が構うわ!!自分から誘っておいてやりたい事って何だよ…とりあえず18時半に駅前の居酒屋な!』
『承知した。』
(なんだって言うんだ…)
と、思いつつも、初めての三輝也からの誘いに同期として内心ワクワクしている林田であった。
そして18時半、居酒屋の前で落ち合った2人は店内に入りグラスを手にしていた。
「んじゃミッキー、お疲れー!」
林田はグラスを差し出す。
「ああ、お疲れ」
微動だにしない三輝也。
「ミッキー、乾杯くらいしようぜ?」
「乾杯?何に対する乾杯だ?」
「何に対してとかじゃなくて普通するだろ?お前上司と飲みに行ってもそうなのか?」
「上司と行ったら乾杯はするに決まっているだろう?向こうは労いの意味で、僕は敬いの意味でだ」
「そんなことばっか言ってたらララさんに嫌われるぞ?ほら、乾杯!」
「む?それはいかんな!乾杯!」
ようやく2人はグラスを合わせた。
「それで、相談って?何かあったのか?」
「そうだな、あと43分しかないから手短に話すぞ」
「細けーな...また帰ったら円周率か?」
「いや、今はクレペリンだ」
「クレペリン?なんだそれ?」
「知らないのか?内田クレペリン精神検査だ。ひたすら一桁の数字を足していくんだ」
「...それ、楽しいのか?」
「集中力を鍛えようと思ってな。まだ山のように残ってる今後のやりたい事の為に...」
「そ、そうか...まあいいや、それで相談って何だ?」
「うむ、ララさんと出掛けることになったのだが、何を着ていけばいい?」
「ブッ!!」
林田は口に含んだ酒を思わず吐き出してしまった。
「えっと...それはミッキーの妄想か?」
「そんな訳ないだろう!今度の日曜日、ララさんと出掛ける約束をしたんだ!」
すると三輝也はスマホの画面を林田に見せる。
そこには三輝也とララのやり取りが。
『ミッキー今日はありがと~!ごちそうさまでした!めっちゃ楽しかったよ!』
『こちらこそありがとうございました』
『今度の日曜日さ、お昼くらいからでよき~?』
『ララさんのお好きな時間で大丈夫です』
『おっけー!そしたら下北の青い改札に12時ね~』
『承知しました』
「え!?ホントに約束してるじゃん!!てかいつの間に連絡先交換したんだ!?ごちそうさまでしたって食事ホントに行ったんか!?」
「だから言っただろう!昨日ララさんと食事に行って、日曜日に一緒に出掛ける約束をして連絡先を交換したんだ!」
「昨日早めに仕事上がってたのはそれか…...」
その時、林田はふと昨日見たマニュアルを思い出した。
「ミッキーさ、もしかしてララさんの会社の前で待ち伏せして、出て来たら偶然を装って声を掛けたのか?」
「正確には会社の前じゃなくて少し離れたところだな」
「同じ事だろうよ...そんなのララさんにバレたらさすがにドン引きされるんじゃないか?」
「いや、さすがララさんは全てを見抜いていた。その上で一緒に食事をしてくれたんだ」
もちろんそこには三輝也の失言もあるが...
「ララさんもララさんですげーな...ミッキーのやってることほぼストーカーなのに...」
「誰がストーカーだ!僕とララさんは運命なんだ!だから...」
「ミッキー、もうやめとけ。その言い訳もストーカーでしかないから...」
「まあいい、そんなことよりも問題はこの後だ!!」
「この後?」
林田はスマホの画面をスクロールする。
『私、いつもの感じで行って大丈夫だよね?』
『もちろんです。楽しみにしております』
『ありがと~!ミッキーの私服も楽しみなんだけど~』
『渾身の一着を選んで参ります』
『えー、なにそれ~?ww じゃあ日曜楽しみにしてるね~!』
「で、俺は何を見せられてるんだ?」
「林田、お前服装のセンスはいいか?」
「えっと、まあ人並みだと思うけど?ミッキー私服に自信ないのか?」
「自信がないと言うより、持っていないと言う方が正しいな」
「は?持ってない?いやいや、普段何着て過ごしてんだよ?」
「家ではジャージを着ている。高校の頃から愛用していてな」
「...まさか、学校ジャージじゃないよな?」
「そうだが?」
「嘘だろ!?さすがにそれはありえないって!!」
そう、オシャレという概念がない三輝也にとって、服は着れれば何でもいいものである為、三輝也のファッションセンスは壊滅的、もはや皆無なのだ。
「それでコンビニとか行くの?」
「何か問題あるか?」
その姿でコンビニに行く三輝也を想像した林田は笑いを堪えるのに必死であった。
「問題しかないだろ!コスプレかよ!!てか大学の時はどうしてたんだよ?」
「引き続き高校の制服で行こうと思ったら母に止められてな?母が買ってきた服を着て行ってたぞ」
「そりゃ止められるだろ...その服はもうないのか?」
「あるにはあるのだが...どうも僕には似合わないというか、気色悪いデザインでな」
「その歳で学校ジャージ着て出歩けるのも十分気色悪いと思うけどな?そんなミッキーが気色悪いって思うデザインってどんなんだよ...」
「マヌケな顔をした犬が髑髏を齧っている絵が載ってたり、何に使うかわからない鎖が無数に付いている物だったり、右が半袖、左が長袖だったり...」
「お母さんもどこで買ってきたんだよ...その服...」
「そこでだ!林田、今度の土曜日買い物に付き合ってもらいたい!お前に服を選んでもらいたいんだ。報酬は出そう」
「あー、そういうことね?全然構わないし、報酬なんていいよ!でもさ、それならいっそララさん誘って選んでもらっても良かったんじゃないか?」
「それでは格好がつかないだろう!」
「どの口が言ってんだよ...とりあえずわかった!他ならぬミッキーの頼みだしな」
「感謝する!」
「おう、じゃ土曜日な!お母さんチョイスの服で来るなよ?」
「ジャージもダメか?」
「スーツで来い!!」
こうしてちょうど1時間が経ったところでここはお開きとなる。
土曜日、待合せ場所で三輝也はすでに待っていた。
林田に言われた通りスーツを着ている。
「ミッキーお待たせ!」
「ミッキー君やっほー!」
そこには林田ともう一人女性が。
「ま、待て!何で野崎がいるんだ!?」
彼女は野崎萌歌。萌歌もまた三輝也の同期である。
「いやー、ほらやっぱせっかく服を選ぶなら女性目線の意見も必要だろ?それで萌歌にも声を掛けたら協力してくれるって言うからさ」
「ふむ、確かにそれも一理あるな。そういう事なら感謝するぞ、野崎」
「いーのいーの!林田君から話聞いたけど、こういう話ならウチも協力させてよ!」
「ああ、是非お願いする」
(ホントは面白そすぎるから来ただけなんだけどね...ミッキー君が恋愛かぁ...ふふふ)
「ところでさ、何でミッキー君はスーツなの?」
「え、えーと...それはさ...」
林田は萌歌に諸々の説明をする。
*
*
「えー!?ミッキー君服持ってないの??」
(やばっ...もうすでに面白すぎるんだけど!!)
「そうそう、それでミッキーから俺が相談を受けたってわけよ」
「なるほどねぇ...でもさ、そのマニュアル?にはどんな服装で、とかは書いてないんだ?」
「服装に関しては僕の管轄外だ」
「萌歌...マニュアルの存在には違和感ないんだな...」
「んー、ミッキー君らしくていいんじゃない?それよりさぁ!」
萌歌は三輝也と林田と肩を組み、
「ウチらたった3人の同期だろぉ!そういう話ならウチにもすぐ教えろよぉ!!このバカチンがぁ!!!」
「あ、あぁ、そうだったな...野崎、すまなかった。僕達はずっと何でも話せる間柄でいようという約束だったな」
「...萌歌は自分の彼氏の相談をいの一番にミッキーにするか?」
「うーん、それはしないかな」
「おい!」
そして3人は様々な店を回る。どうせなら色々買うならと渋谷へ訪れていた。
「よーし、次はどこ行く?あ、俺ヨウジヤマモトとか見たいかも!」
「ゼェゼェ...ま、待て、誰だ?ヤマモトって..」
「それは林田君が見たいだけでしょ(笑)」
「お、お前ら...ゼェゼェ...」
「バレたか(笑)でもミッキーカッコいいしスタイルいいから何でも似合うの羨ましいよ!」
「ホントそれな!しかも金に糸目つけないって、さすがミッキー君!値段気にしなくていいからめっちゃ楽しいし!」
「ちょっと待て!お前ら!!」
「ん?どうした?ミッキー」
大量のショッパーを両手に持った三輝也は2人を呼び止める。
「確かに僕は服を選んでほしいとは言ったが、こんなに大量に必要なものなのか?服を選ぶのがここまで大変だなんて...」
「それはミッキー君が一着も服を持ってないからでしょ?」
「そうそう、だから何パターンか買っといて毎回同じ服にならないようにしないとな!」
「そ、そういうものなのか...」
「そうだよー!部屋着だってちょっとオシャレなの買わないとね!いつお部屋に...ってなるかわかんないし」
「その時学校ジャージじゃ...ミッキー終わるな...」
「わ、わかった...いや、よくわからないがお前達に従うことにする」
「任せといてよ!まあミッキー君ずっと試着とか繰り返しまくってるし、疲れてるよね?どっかで休憩しよっか?」
「異論はない、是非そうしてくれ!」
3人は近くにあったカフェに入る。
「しかしまあ...ヒートテックも知らないとはな...」
「服は着れれば何でもいいと思ってるからな」
「まあまあ、騙されたと思ってヒートテック着てごらんよ?きっと世界が変わるから!」
「そうなのか?それなら早速着替えてみるとしよう」
三輝也はヒートテックと先程購入した服ワンセットを片手にトイレへ。
「ミッキー君、色々私生活とか謎が多かったけど、知れば知るほど面白いよね(笑)」
「萌歌...お前今日は絶対ただ面白がって付いて来てるだろ...」
「ん?そだよ?わざわざ彼氏の予定キャンセルしてきたんだからね?」
「お前...いい性格してるよなぁ」
「そーゆう林田君だって、何だかんだ付き合ってあげてるじゃん」
「まあ、なんと言うかほっとけないからな、ミッキーは」
「でも3人でこうやって集まるなんて何年ぶりだろうね?林田君はいつでも捕まるけど、ミッキー君って本当に仕事以外の付き合いはなかったからね」
「入社したての頃3人でランチしたきりかな?それからは全然だったもんなぁ」
「露骨に上司にゴマすり始めたもんね(笑)」
「そうそう!あの時は確か...」
2人が話していると着替えを終えた三輝也が戻ってきた。
「林田、野崎、このヒートテックというやつ、着心地もいいし温かいしすごいぞ!あとこの服も動きやすいし、靴もすごく歩きやすいんだ!」
「うん、ミッキー、それは多分ほぼ全ての人が知ってると思うぞ?」
(やば...ミッキー君面白すぎる!!ヒートテックにめちゃめちゃ感動してるwww)
「これからは服装の事も色々勉強しようと思う!」
「うんうん、TPOって大事だからね?ミッキー君!」
「TPO?トーク、パッション、オプションか?」
「Time、Place、Occasionだよ...ミッキー君、聞いたことない?」
「ふむ、覚えておくとしよう」
「萌歌、学校ジャージで外出できる奴だぞ?そんな概念あるわけないじゃん」
「ところでこの後はまだ買い物をするのか?」
「そうだよ!明日のデートに着てく服選ばないとな!」
「うんうん!初デートだもんね!!」
「なるほど、承知した」
「ところで明日のデートは何をする予定なの?」
萌歌が三輝也に問いかける。
「うむ、ララさんは楽しい事がしたいと言っていたのでな?だから明日は…」
「.....」
三輝也のデートプランを聞いた2人は絶句した。
「...それ、楽しいのか?」
「楽しいに決まってる!協力し合うというのが最高じゃないか!」
「う、うーん...まあミッキー君がそう言うなら...ねぇ?」
「ま、まあ...ララさんもちょっと変わってるし、もしかしたらワンチャン...」
その後3人は明日のデートプランに合わせた服を選んだ。そしてちょうど夕飯時であった為、林田は、
「買い物も終わった事だし、3人で飯でも食いに行かないか?まだ話し足りないし、明日のミッキーの事もあるしな!」と声を掛ける。
「おっけーい!行こ行こ!」
「異論はない」
「え?」
「どうした?」
「ミッキー、来てくれるのか?」
「異論はないと言っただろう?」
「いや、いつもならやりたい事が~とか言って来ないじゃん」
「そうだったか?とにかく行こうではないか」
林田と萌歌は顔を合わせる。
「…大雪でも降るのかしら?」
「ヘタしたら東京でオーロラが見れるかもしれんぞ?」
こうして3人は色々な話に花を咲かせながら夕食を堪能し、家路につくのであった。
【七尾三輝也式恋愛マニュアル】
・初デートは前例のない記憶に残るものとする




