25話 はじめての護衛依頼
コハクが自分の体に入ってから三日ほど経った。
生前との感覚の違いなのか「慣れないでしゅ」とボヤいていたけど、三日も経てばもう生前と何ら変わらない様子で走り回っていた。
そんなコハクは魔法が使えるらしく、得意な属性は竜らしい火属性と、白狐の得意な水や氷系の魔法。
まだ子供なのに能力が高いなぁと、一人で感心していた。
もしも生きていれば、成長してもっと能力を高めたり、新たな力に目覚めたり、楽しいことがたくさんあっただろう。そう思うとやっぱり少し切ない。
だけど、コハクは今すごく楽しそうで、そこに水を差すようなことは言わないようにしようと思っていた。
そんな中、ハルクさんに呼ばれて冒険者ギルドに顔を出した。
仕事の依頼かなと思っていたけど、依頼主はとても優しそうなおばあちゃんで、ちょっと驚いた。
「オリオン、この方はドロシー・ブラウンという方だ。
オリオンだから話すが、元宮廷治癒師で、薬師をしていた一人だ。」
「宮廷治癒師……」
「初めまして、オリオン君。私のことはドロシーとお呼びになって下さいな。」
「ドロシーさん――
分かりました。それで、俺に依頼というのは……?」
ハルクさんから紹介されたおばあちゃんは、まさかの元宮廷治癒師。
薬師として活躍していたであろうドロシーさんが、ギルドに依頼を出すなんて一体どんな内容だろう。
そう思って訊ねると、ドロシーさんは手に持っていた籠からいくつかの瓶を取り出して見せてくれた。
「このお薬をね、頼まれたんだよ。
この薬は毒素病の初期症状の改善が望める薬でねぇ。
依頼主の子供の旦那さんが毒素病にかかってしまったらしくて。
だけど毒素病の治療はその街では出来ないし、かといって王立治癒院は治療費がねぇ……
そこで私に連絡をくれたという訳なんだよ。
こんな年寄りをまだ頼ってくれるなんて嬉しいからねぇ。久々に張り切って調合したよ。」
「毒素病……」
「そうか。毒素病なら、」
「ライオネル王、シッ!」
「……うむ。」
ドロシーさんが見せてくれた瓶の中身と、その使い道を知った俺は思わず反応した。
毒素病といえば、あの一件以来、俺が何度かローランドさんから頼まれて治している病気だ。
その初期症状の改善が望める薬を調合できるなんて、さすがだなぁと感心していると、ライオネル王が何か口走りそうになり、思わず指で「シッ」とやってゆっくりと首を横に振った。
「オリオン、ドロシーさんを往復で護衛してくれねぇか?
あいつらは明日まで帰れねぇし、他の冒険者たちもダメだったんだよ。頼む!
ここから30キロくらい離れたところにグロリアって町があるだろう?そこまで頼むよ。
馬車と馬はこっちで手配するから。な?」
「うむ。行くのであろう?オリオン。」
「オリオン、まさか断らぬだろうな?」
「ご主人様!コハクはお外に行きたいでしゅ!」
ライオネル王からの情報漏洩はなんとか防げてホッとしていたところに、往復での護衛依頼が舞い込んだ。
するとすぐさまライオネル王とラミンからの圧がかかり、コハクは「外に行きたい!」とはしゃぎ始めた。
依頼と言われた時点で受けることになるのは分かっていた俺は、ドロシーさんにすぐ返事を伝えた。
「受けます。ドロシーさん。俺たちで良いなら。」
「本当かい?助かるよオリオン君。報酬は少なくて申し訳ないんだけど…」
「ドロシー殿。我々は報酬の額で依頼を選んだりはしないのだよ。安心するがいい。」
「まぁ、真摯な黒騎士様だわねぇ。ありがとう皆さん。」
「わーい!お外でしゅー!楽しみでしゅー!」
「あらあら、オリオン君の従魔さんは大はしゃぎだねぇ。可愛らしいわ!」
「コハクでしゅ!よろしくでしゅ!」
「よろしくねぇ、コハクちゃん!」
二つ返事をすると、ハルクさんもドロシーさんもホッとした表情を浮かべた。
この依頼は正直、報酬が安かったから断る冒険者が多かったのだろう。
俺が値段で依頼を選ばないことを知っているハルクさんだから、俺たちを呼んだのだと察した。
まぁ、コハクもすごく喜んでいるし、たまには外に出かけるのも悪くない。
そもそも暁の翼を辞めてから、一度も外の町や村に出かけたことはなかった。
だから少しだけ俺も楽しみだなという感情が湧いていた。
皆で出かける初めての旅。
そう思うと、本当にちょっとだけワクワクしていた――
◇
「ライオネル王、さすがだね。馬の扱い上手!」
「そうかのう?この馬はとても素直で良い子だな。
それにコハクも楽しそうで良かった。」
「大きなお馬しゃん!カッコいいでしゅ!」
ハルクさんに冒険者ギルド所有の馬車と馬を借り、馬の扱いができるのはライオネル王だけだったため、彼が手綱を握って馬車を走らせてくれていた。
コハクはライオネル王の前にちょこんと座り、楽しそうに外の景色を眺めてはしゃいでいた。
「こんな年寄りの依頼を受けて下さってありがとうねぇ、皆さん。
沢山の冒険者に断られてどうしようかと思っていたのだけど、
ハルクさんが『オリオン君たちなら絶対に大丈夫だ』って。」
「そこらへんのちんけな冒険者とは違うからな。
それに、我はこのオリオンを鍛えるためなら何でも受けるぞ。」
「ドロシー殿!先ほども申したが、我々は金でどうこうなるパーティではないのですよ!」
「ふふっ、本当にそうだねぇ。ハルクさんに紹介してもらえて感謝だよ。
それに、何だか家族が出来たみたいで楽しい旅になりそうだねぇ。」
「家族……そうですねぇ。」
ドロシーさんが言った「家族が出来たみたい」という言葉。俺にもその気持ちはすごく分かった。
聞けば、ドロシーさんの旦那さんも息子さんも戦で戦死し、
娘さんは別の国に嫁いでしまい、今は家族と呼べる人が側にいないという。
だからこそ、今回自分を頼ってくれたことが嬉しくて、友人のために一生懸命薬を調合したのだと語ってくれた。
そんな話を聞かされたら、もう絶対にちゃんと送り届けたいと思ってしまう。
今は独り暮らしをしていると言っていたし、娘さんが別の国に住んでいるとはいえ孤独感は否めないだろう。
それが今日はこうして俺たちに囲まれている。楽しくないはずがない。
俺にももし「ばあちゃん」がいたら、こんなふうに可愛がってくれたんだろうか。
そんな気持ちが湧き上がってきた。
意外と俺は家族に飢えていたんだな、と最近つくづく思う。
そういう感情が自分にもあると分かったのは新しい発見だった。
だからこそ、今のこの環境を大切にしたい。
ドロシーさんの気持ちも大切にしたい。心からそう思えていた。
そんなことを考えていた時だった。
「ご主人さま!向こうで人が争う声が聞こえるでしゅ!」
「え?俺には何も聞こえないけど…動物?魔物?の耳ってやつかな。」
「コハクには聞こえるでしゅ!助けてって言ってるでしゅ!」
「え?助けてって…ちょっと待ってな。」
コハクが突然「争う声が聞こえる」と言い出したので、驚いて探知スキルを発動。
すると確かに300メートルほど先に人が数人いるのが分かった。
コハクが「助けてって言ってる」と言うあたり、盗賊に襲われている可能性が高い。
「ライオネル王、ラミン!向こうで人が襲われてるっぽい!」
「うむ。では助けに向かうぞ、オリオン!」
「野外授業だオリオン!貴様の遠隔魔法がどれほど成長したか試すとき!やってみせよ!」
「無茶言うなよラミン!人しか分かんないから敵か味方か分かんないんだって!」
「ぬぅ……まだまだ修行が必要だな、オリオン。」
「知らないから!もう!とにかく急ごう!
ドロシーさんは俺たちが護りますから安心してください!」
「ええ。頼りにしていますよ、オリオン君。皆さん。」
誰かが襲われていると聞いて、ライオネル王は即座に助けに行こうと言ってくれた。
一方でラミンは相変わらず「修行だ」と言い出す。
こんな時まで修行とか!まぁ、それがラミンなんだけどさ。
俺の探知スキルはまだ人か魔物かの判別しかできない。
もし鍛えることで敵味方の区別まで分かるようになるなら、頑張らなきゃいけないかもしれない。
そう思いながら、助けを待つ人の元へと急いだ――




