24話 望んだ器
三週間後――
コハクの体を預けてから、ちょうど三週間が過ぎた頃。
コトンッ、と小さな音を立てて1通の手紙が家のポストに届いた。
そこには「コハクちゃんが出来ましたので、お時間がある時にお寄りください」とだけ書かれていた。
その短いメッセージを見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。
この三週間、コハクは立ち寄った雑貨屋で見つけた手のひらサイズの火の精霊イグニスのぬいぐるみの中に入り込んでいた。
コハクの毛のように柔らかい布の体で、毎日楽しそうに動き回っていた。
ただでさえ可愛いのに、家の中をちょろちょろ走り回る姿といったらもう反則だ。
小さな火の精霊のイグニスをかたどったぬいぐるみが、子ネズミみたいに廊下を駆け抜けるたび、思わず笑ってしまう。
ライオネル王もラミンも怒るどころか、コハクを可愛がってくれていた。
同じことを俺がやったら、ラミンはきっと「落ち着きを持て、貴様!」とか言って怒るだろうけど、さすがは子供。強いなぁ。
そんなことを考えながら、俺たちは王立治癒院へと向かった。
あの時、あの瞬間に触れたコハクはまだ温もりがあったんだよなと、あの日のことを思い出す。
一体誰がコハクの命を奪ったのか。
もし意図的に奪ったのだとしたら、俺は絶対に許さない。そう強く思っていた。
「オリオン殿!皆さん!お待たせしてしまって申し訳ない!
何かと立て込んでしまって、一週間も遅くなってしまった。」
「全然大丈夫ですよ。コハクは仮の器で楽しそうに遊んでましたから。」
「コハクでしゅ!はじめまちて!」
「おお、君がコハクちゃんか!ちょっと待っててね。すぐに君の体を持ってくるからねぇ。」
王立治癒院という場所は、今まであまり縁のない場所だったけど、今ではすっかり馴染みの顔になってしまった。
最初は「Sランク冒険者をクビになった人」という目で見られていたような気がするけど、今では手のひらを返したように皆が優しく接してくれる。
人とはそういうものだよな。そう思いながらローランドさんの元へ行くと、小さなぬいぐるみに入ったコハクを見て目尻を下げ、優しい笑顔を浮かべながら奥の部屋へと入っていった。
「こちらがコハクちゃんの剥製です。とても綺麗な体でしたよ。
限りなく生前の姿を崩さないよう、丁寧に作業しました。」
「これがコハク……すごく綺麗だな……まるで雪の精霊みたいだ。」
「コハク精霊でしゅか?嬉しいでしゅ!早速入るー!」
奥の扉からローランドさんに連れられてきたコハクの剥製。
それは本当に美しく、雪の精霊と言ったのは決して言いすぎじゃないと思った。
真っ白でフワフワで、触れたら消えてしまいそうな儚さをも兼ね備えている。
思わず見惚れてしまうほどだった。
そんな中、コハクは「早速入る!」と明るい声を出しながらぬいぐるみからスッと抜け出し、そのまま止まることなく剥製の中へ入り込んだ。
ポトンッと落ちたイグニスのぬいぐるみを拾い、その場にいた全員が剥製をじっと見つめ、一体化できるのか見守った。
次の瞬間、ふわっと黄色とオレンジの柔らかくて温かい光がコハクを包み込んだ。
そして、コハクの右前足がピンッと前に出され、次は右の後ろ足がピンッと後ろに伸び、左右交互にその動きが繰り返され始める。
こ、これは成功したんじゃないのか?!誰もがそう期待し、コハクの言葉を待った。
「ご主人様!コハクでしゅ!動けましゅよー!」
「うむ!成功だな、オリオン!」
「我の案は間違っていなかったな!」
「す、すごい……これが……魂と器が一体化した瞬間なのですね!感動的です!」
コハクがいつもと同じように話し始めた瞬間、その場の張りつめていた空気がパンッと弾け、明るさが広がった。
ライオネル王とラミンは冷静に受け止め、ローランドさんは初めて見る光景に感動して目に涙を浮かべていた。
俺はというと、あの時息絶えていたコハクがこうしてもう一度動いている瞬間に立ち会えたことが嬉しくて、言葉にならなかった。
良かった。あの時は助けられなかったから……
これが助けられたことになるわけじゃないけど、もう一度自分の体で動けるって、奇跡だと思う。
皆のおかげでこの奇跡を起こせたことが、本当に嬉しかった。
「ご主人様どうでしゅか?コハクでしゅよ!」
「あ、ああ……おいでコハク!」
「はいでしゅっ!」
「魂が入るだけで生前と同じ触り心地になるのか……すごいなコハク!
それにコハクの右前足、ちょっと鱗が青く光ってるな?やっぱりハーフなんだな、コハクは。」
「へへっ!きれいでしゅ!」
動いたコハクに色々と考えを巡らせていると、軽快にジャンプして俺の前にやってきた。
そんなコハクを優しく抱き上げると、生前と同じぬくもりを感じて驚いた。
魂が入るって、こういうことなのか?
じゃあ、もしラミンやライオネル王が剥製に入ったら……そう考えるとちょっと怖い。
だけど、この温もりは嫌なものじゃなくて、コハクがコハクでいられるようになったんだと実感できる温かさだった。
そして、コハクの手にあった鱗を見て、ラミンが言っていたように竜と白狐のハーフというのは本当なんだと初めて実感した。
あの時は魂を抜き取ってしまったことに慌てて、ハーフがどうとか気に留める余裕もなかったからな。
「これでコハクは正式にご主人様の家族になれましゅか?」
「当たり前だろう?出会った時から家族になってたよ。」
「嬉しいでしゅ!コハク、家族知らないでしゅ!今から家族を楽しみましゅ!」
「……そっか。じゃあ、俺と同じだな?新しい家族で楽しく過ごそうな、コハク。」
「はいでしゅ!」
家族になれるかという問いに頷くと、コハクは目をギュッと細めて満面の笑みを浮かべた。
これが癒し効果というやつか?さっきから心がホワホワするぞ……
そう思っていると、自分の家族を知らないと口にして驚いた。
ということは、コハクはあのダンジョンに捨てられたのか?
どういう理由であの場にいたのか、俺には全く見当もつかなかった。
まだ子供なのに……捨てるなんてどういうつもりなんだ。怒りがふつふつと湧いてきた。
でもまぁ、これからはずっと俺たちが家族なんだし、辛い記憶は忘れて今を楽しんでいけたらいい。
俺も捨てられていたわけだし。だけど今はラミンとライオネル王が家族になると言ってくれた。
そして、こんなにも愛らしいコハクまでいる。俺はそれだけで大満足だった。
「ローランドさん!今回は本当にありがとうございました!
ローランドさんがいなければ、コハクの体はこんなにも美しいものにはならなかったと思います。
コハクも喜んでますし、本当に感謝です。」
「いえいえ!私はいつもあなた方に助けられていますからね。これくらいお安い御用です!
もっとゆっくり観察させていただきたいのですが、これから王城へ行かなくてはならなくて。
また改めてゆっくりお話ししましょう。」
「はい!ありがとうございました!」
今回の件で本当にローランドさんには感謝していた俺は、目いっぱいの気持ちを込めて「ありがとう」と口にした。
自分のために動いてくれる人がいるというのは、やっぱり嬉しい。
それに、そんなローランドさんの役にも少しは立てているようで、それもまた嬉しかった。
これで改めて四人家族になったことを実感した俺は、今日からは本当に気ままに楽しく暮らしていけたらいいなと思った。
この四人でなら、ずっと楽しく幸せでいられる。なぜか不思議とそう思えた。
「さてと、コハクの器も無事に出来たことだし、今日はのんびり過ごすかなぁー。」
「何を言っておる!今月はまだ一度しかダンジョンを回っておらぬだろうが。
給料分は働け、バカたれ!」
「あー……そうだった…じゃあ、準備して出かけますか。コハクも大丈夫?」
「もちろんでしゅ!コハク、やりましゅよー!」
「あはは、じゃあ色々揃えて出かけますか。」
「うむ。そうしようぞ。」
とても穏やかな空気が流れていた。
太陽に照らされて心地よい風が頬をすり抜けていき、今日は良い日だなと思っていたのに。
ラミンの「仕事しろ」という言葉で現実に引き戻された。
毎月少なくとも二回はダンジョンに行かなきゃいけないんだった。
そう思い出しながら、ダンジョンに向かうための準備を始めた。
まぁ、これが俺の新しい人生ってやつだな。
そう思いながら、冒険者ギルドへと向かった――




