第2話 頭で割ってしまった卵の正体
一体どこまで落ちるのだろうか。
穴に吸い込まれてから、もう1、2分は経っている。
まさか底なしの穴か?なんて思っていたその時――
ゴツンッ!
「いってええええっ!」
頭に何かとても固いものがぶつかり、激痛が走った。
慌てて頭を押さえた瞬間、地面に足がついていることに気づき、痛みを堪えながら顔を上げる。
「これは……え、卵?」
視線の先にあったのは、大きな黒い卵。
もしかして、俺はこれに頭をぶつけたのか?そりゃ痛いわけだ……
そう思いながら頭をさすっていると、ぶつけた部分にひび割れが入っているのを見つけた。
「これはマズイんじゃ…?」
ひび割れを見ただけでも焦ったのに、それがみるみるうちに四方八方へ広がっていく。
何の卵かは知らないけど、これは絶対に魔獣の卵だろ?!
焦った俺は、どこかに隠れる場所はないかと辺りをキョロキョロ見回した。
だけど不運なことに、周囲には避難できそうな場所は一切なく、ガクッと肩を落とす。
そうしている間にも、卵のひび割れはどんどん広がり、ついにはガラガラッと音を立てて割れてしまった。
俺、死んだな……
そう思い、目をギュッと閉じた。
――しかし、何の音も声も聞こえない。
恐る恐る片目ずつ開けてみると、そこには何も存在していなかった。
「え……空?どういうことだ?」
卵から孵ったはずの魔獣の姿はなく、気配すら感じない。
そんなことってあるのか?と首を傾げたその瞬間――
突然、背筋がゾワゾワッとするような感覚に襲われた。
何か……とんでもないものが、ここにいる。
直感でそう感じて、ゆっくりと辺りを見回す。
だけど、やっぱり何もいない。
「何かが……隠れているのか……?」
そう呟きながら、恐る恐る卵に近づいた。
その時、卵の底からふわっと浮かび上がる青く美しい光。
思わず見とれていると、その光は俺の体をぐるりと回り始めた。
不思議と怖さは感じず、ただその光の動きが止まるのをじっと待った。
そして、頭のてっぺんから足の先まで光が巡った瞬間――
ピカッと眩い光が広がり、俺の目の前にドラゴンの形をした光が姿を現した。
呆然とその光の塊を見つめる俺。
恐怖よりも、ただただ圧倒的な存在感に心を奪われていたのかもしれない。
【……この世界に、また我らの血が復活するとはな……】
「え?」
【小さき者よ。貴様はヒューマンか?】
「……ヒューマン……だと思うけど……」
【そうか…‥まだ気づいておらぬのだな。】
「気づくって……なに……?」
光のドラゴンは、よく分からないことを口にしながら俺に質問をしてきた。
素直に答えている俺もどうかと思うけど、つい返事をしてしまった。
そもそも、光のドラゴンが喋るってどういう状況なんだよ?
このドラゴンが黒い卵の主だということは何となく分かるけど……
もしかして、既に亡くなっていて、その魂が喋ってるってことか……?
「あの……あんたはどうしてここに?」
【我々はこの地を住処としていた。この世界を支配し、この地を守護していた。
だが、時代と共に滅びゆき全てが途絶えた。
我は最後の希望として産み落とされたが、孵ることなくこの地に埋もれてしまっていたのだ。】
「そうなのか…ずっと眠ってたって……可哀想に……」
ドラゴンが、命を得ることなく埋もれていたと知り、胸が締め付けられるような思いがした。
誰にも気づかれない、その孤独と辛さは、俺には痛いほど分かる気がしたから。
それに、“最後の希望”とまで言われていたのに、産まれなかったという事実は、きっとこのドラゴンの親たちにとっても、耐え難い悲しみだったんだろうな。
だけど、なぜ今になってこんな姿で現れたのか。それが不思議で、俺はドラゴンに訊ねた。
「どうして今……その形になってるんだ?」
【我は、既に命の火が尽きた存在。
だが、貴様がこの卵を割った時、わずかに残されていた思念が貴様と共鳴し、
こうして姿を見せることができたのだ。】
「俺と共鳴って……なんで俺?」
【貴様は気づいておらぬかもしれぬが……
貴様には竜族の血が流れておる。いわば、竜族の末裔だ。】
「俺が竜族の末裔……?
あはは、何言ってんだよ!俺はただのヒューマンだよ?」
俺の質問に対する答えは、これまでで一番意味不明だった。
残された思念が光となった――まではまあ、理解できる。
でも、俺があの伝説の竜族の末裔だなんて言われて、はいそうですか、なんて納得できるわけがない。
この世界には、ヒューマン、オーク、エルフ、獣人など多種族が存在していて、
その頂点に君臨していたのが、竜族――ドラゴンの血を継ぐ種族だった。
しかし、いつの間にかその種族は滅び、今では伝説として語られる存在になっている。
そんな種族の末裔が俺だなんて、信じる奴がどこにいるんだよ?
このドラゴンは永い眠りについていたせいで、まだ頭がちゃんと回っていないんじゃないか?
そう思いながら、俺は「なぜそう思うのか」と尋ねた。
「なぁ、なんで俺が竜族の末裔だと思うんだ?どう見てもただのヒューマンだろ?」
【貴様は知らぬだろうが、我ら竜族は滅びの時が来ると悟った時、
他の種族にその血を溶け込ませたのだ。
我々はこの世の支配者であったが、それを滅ぼそうとする勢力は多く存在した。
故に、滅びの運命を避けることはできなかった。
そして、竜族の巫女の言霊を受け、一番力を持たぬヒューマンに我らの血を混ぜることで、
時を超えて命を繋ぐ道を選んだのだ。】
「それって……
ヒューマンと一緒になって命を繋いだってことか?」
【そうだ。純粋な竜族の命は途絶えてしまったが、その血は途絶えていない。
我らの力は混ざり合うことで薄まり、長い長い眠りにつくこととなった。
そして、数多の世代を経て、貴様のように最も濃い血を持つ者が、必ず現れる。
貴様の先祖は、我らの秘密を胸に秘めたまま、この世界で生きてきた。
そして今、貴様がそのすべてを受け継ぐ時が来たのだ。
我が命が尽きてもこの姿となって現れたことが、その証。
今、竜族が再びその力を取り戻す時が来たのだ。】
「へぇ……」
光のドラゴンから事情を聞かされた俺は、話が壮大すぎてとてもじゃないがついていけなかった。
それでも、血を繋ぐこと、命を繋いでいくことの重みは感じていた。
竜族だけでは生き残れないからヒューマンを選んだ。
そうまでしてでも、自分たちの存在を無かったことにはしたくなかったんだろう。
まぁ、その気持ちは分かる。
自分の存在がまるで無かったことにされるというのは、とても悲しくて、生きる希望さえ失ってしまう。
そんなことを考えて切なくなっていると、ドラゴンは俺に名前を尋ねてきた。
【貴様、名はなんと申す。】
「俺はオリオン。孤児だからファミリーネームはないんだ。」
【そうか……では、今後は我の種族名を名乗るがいい。
貴様は今日から、オリオン・カムエルだ――】
「……それってもしかして、あんたが俺の親になるってことか?」
【親か……まぁ、そうだな。
今日から我が貴様の親代わりだ。】
「ふーん……オリオン・カムエルか……」
俺の名を尋ねたドラゴンは、俺にファミリーネームがないと知ると、自分の種族名をくれた。
こんなことされるなんて思いもしなくて、妙に嬉しい気持ちが湧いてきた。
そして「親代わり」と言われた瞬間、初めて自分に“家族”と呼べる存在が現れたことに、疑いや怖さよりも喜びの感情が勝っていた。
光のドラゴンの言葉に、何をそんなに喜んでいるんだろうな、俺は。
そもそも俺が竜族の末裔だなんて、信じられるわけがないのに、胸の奥がやけに熱くなっているのは、どうしてだろう。
それに、家族……
ずっと欲しかった家族が、ひょんなことからできたから興奮してるのかもしれない。
そう思いながら、俺はそれを悟られないようにポーカーフェイスでドラゴンの話を聞いていた――……




