17話 精霊魔法と聖魔法
「少し、診させて下さい。」
「はい……」
「失礼しますね。」
カノンさんから話を聞いたあと、ローランドさんは彼女の側まで歩み寄り、両手を体の前にかざした。
そして、意識を集中させると「スキャン・サーチ」と唱えた。
俺の知らない魔法だったけど、高位魔法の一つで、体の中の異常を見つけることができる魔法らしい。
この魔法を使える治癒師はそう多くはいないという。
「随分と肺を覆っていますね……
もう既に中期、と言ったところでしょう。」
「中期って……じゃあこのままいけば――」
「最近は咳が酷くなってきました…やはり進行が進んでいるのですね……」
ローランドさんがスキャン・サーチで診察した結果を聞き、毒素の広がりが大きくなっていることが分かると、ヘクターさんもカノンさんも顔色を曇らせた。
中期から末期に進むのは早いと聞いたことがある。
つまり、このままではカノンさんは起き上がることすらできなくなるかもしれない……
治癒師じゃない俺でも、こういう話を聞くと胸が締め付けられる。
誰もが黙り込み、重たい空気が流れたその時だった。
「オリオン。光の精霊石で契約をしてみよ。」
「え?俺が?ライオウがやるんじゃなくて?」
「そうだ。私は既にイグニスと契約を交わしておる。時が経ってもそれは変えられないのだ。
それに、竜族の末裔のそなたなら契約できよう。そして、この子の命を救うのだ。」
「俺が……
ラミン、俺に出来ると思うか?」
「そうだな……
精霊と深く関わり合いのあった竜族の末裔だからな。
貴様なら可能かもしれん。今からやってみろ。詠唱の内容は分かるな?」
「ああ……分かった。やってみる。」
何か手立てはないかと確かに思っていた。
だけど、ライオネル王に「光の精霊石で契約をしてみせよ」と言われ、不安が押し寄せた。
何の能力も持っていない俺に精霊が応えてくれるとは思えなかったからだ。
だから思わずラミンに助けを求めると、少し考えたあとで「竜族の末裔なら可能だ」と背中を押してくれた。
今まで詠唱なんてほとんどしてこなかったから、ちゃんとできるか分からないけど……
「――ユグドラに宿る、光の精霊よ。
我が呼び声に応え、その力を示せ。
我が魂と汝の魂を一つにし、永遠の契約を結びたまえ。」
精霊石を手に取り、契約の言葉を思い出しながら詠唱した。
すると精霊石がポワッと光りはじめ、その輝きはみるみるうちに強さを増していく。
そして次の瞬間、精霊石が俺の指輪へとスッと吸い込まれ、指輪の中央に小さくなった精霊石が現れた。
指輪が熱を持ったような、そんな気がしてじっと見つめるとその熱は静かに冷めていった。
「ラミン、ライオウ……これって?」
「無事に契約完了だ。」
驚いて思わずラミンとライオネル王に問いかけると、ライオネル王は静かに頷き、ラミンは落ち着いた声で答えた。
その言葉にホッとした俺は、体の力が一気に抜けた気がした。
「これで契約できたのか……」
「ああ。精霊石で契約出来るのは下位の精霊だが十分。
……ん?待て、違うぞ、この気配。」
「え?」
「我を求めし者よ……汝の魂に宿る光、確かに受け止めた。
我は光の精霊ルミエール。汝との契約を、今、ここに結ばん――」
病の治療ができるかもしれないと安堵していた矢先、ラミンが「気配が違う」と言い始めた。
何のことかと思っていると、俺の指輪が再び眩い光を放ち、突然目の前に翼を広げた光の精霊が現れ、契約を結ぶと言ってくれた。
こうやって精霊との契約が成立するのかと初めて知った瞬間だった。
精霊って、思っていたよりずっと大きいんだな……
なんて思っていると、なぜかラミンもライオネル王も黙り込んでしまったけど、まぁいいか。
「えっと――ルミエールか。よろしく頼む。
実は毒素病を患っている人がいて、治療したいと思っているんだけど……何か方法はあるか?」
「毒素病には我の精霊魔法を使用するがよい。
我の魔法知識はすべてそなたの中に記憶済みじゃ。
思うがままに唱えてみよ。」
「ん?あー……確かに何か分かる気がする。
でも俺、詠唱しない派なんだけど……まぁ、分かった。」
光の精霊ルミエールに相談すると、すべて俺の記憶に刻まれていると言われた。
少し考えると、頭の中に詠唱の言葉が浮かんできた。
俺、やっぱり唱えなきゃダメか…。そう思いながら、その記憶を取り出して詠唱を始めた。
「――力の根源たるユグドラよ 我が願いを訊き入れたまえ。
闇に覆われし者に光を照らし、その命を輝かせ。
万物の穢れを払い、聖なる光を与えたまえ!“エターナル・ルーメンス”!」
久々の詠唱は、何だかとても力を使った気がした。
無事に詠唱を終えると、手から小さな光の粒子が飛び出し、カノンさんの体を包み込み始めた。
そして、ゆっくりと彼女の体の中へと入り込んでいき、しばらくすると辛そうだった顔色が変わり始めた。
体の変化に気づいたカノンさんは、震える手で手袋を外した。
そして、自分の手を見た瞬間、その瞳から涙が零れ落ちた。
「ああっ……うそっ……本当にっ……私っ!」
「カノン?治った……のか?」
「ええ……ええっ!
見て、ヘクター!私の手、もう青黒くないわ!」
「綺麗な……君の手が戻ってきた……
本当に……治せたんだっ!」
長い間、悩まされてきたに違いない。
ヘクターさんが命を懸けてまで精霊石を探しに出かけたくらいなのだから。
最終的に死ぬ可能性もあるこの病を治せたのは、まさに奇跡だ。
俺がたまたま精霊と契約できたから良かったものの、このまま何もできずにいたかもしれない。
そう思うと、心の底から「運が良かった」と感じていた。
「ちいと、失礼するよ。ヘクターと言ったな。
まだ完全には取り除けておらんようだ。少し、待っておれ。」
「え?あ、はい……?」
彼女を救えたことに安堵していた矢先、ライオネル王がヘクターさんに近づき声をかけた。
ライオネル王が声をかけるなんて、一体どうしたんだろう?
「ライオウ殿?何をされるのですか?彼はもう数日で退院可能なので大丈夫ですよ。」
「……お主もまだまだじゃのう。この男の中にはほんの僅かだが、まだ精霊石の欠片が残っておる。
このまま放置すれば、ジワリジワリと体を蝕むぞ。」
「え?そんなはずは――」
「精霊と契約しておらぬ者には見えぬ。仕方がないことだ。
どれ……私も久しぶりにやってみるかな。」
ライオネル王はヘクターさんの体の中に、まだ微量の精霊石が残っていると伝えた。
途端に慌てるローランドさん。
そんなローランドさんに、ライオネル王は「精霊と契約していない者には分からない」と言い、やる気満々でヘクターさんに手をかざした。
「ライオウ?え?何するの?もしかして魔法使う?」
「よく見ておれよ、オリオン。
といっても、あやつが応えてくれたらの話だが……」
「あやつって……もしかしてイグニス?!」
正直、その状態でも魔法が使えることに驚いていた。
それ以上に「イグニスが応えてくれたら使える」と言ったことにさらに驚かされた。
だってイグニスは一緒に亡くなったはずだ。
ライオネル王は運よく魂が残ったみたいだけど、さすがにイグニスまでは……
そう思い不安に感じていると、ライオネル王はそんなことお構いなしに詠唱を始めた。
「よし、やるぞイグニスよ。
――力の根源たるユグドラよ 我が魂と精霊イグニスの魂をもってここに命ずる。
救済の名のもとに その光で諸悪の根源を全て浄化せよ
ルクス・サルーティス・ヒーリング!」
「それはっ?!初代国王のみが使用できるとされた最高位魔法……!!」
「へぇ。すげぇ、ライオネル王……カッコいいなぁラミン!」
「フン!我の次にな。」
「やきもちかよー。父さん!」
「やかましいわ!」
さすがに難しいんじゃないかと思いじっと見ていると、ライオネル王は当たり前のように詠唱を続けた。
すると、腰に下げていた聖剣に埋め込まれた火の精霊石が眩い赤い光を放ち、その光はライオネル王の放つ光と絡まり合い、ヘクターさんの体へと流れ込んでいった。
しばらくして光が消えると、ヘクターさんの顔色が少し変化したように見えた。
「どうだ?」
「あ……なんか、胃の下の方にチクチクした感じがあったんだけど、無くなった気がする。」
「そうだろう。もう精霊石の反応はない。安心せい。」
「ありがとう……ございます!本当に、何てお礼を言ったらいいか。
ローランド先生にも本当にお世話になって……あなた方にまで……
俺たち、本当に幸せ者です!」
ライオネル王の聖魔法は本当に凄まじく、ヘクターさんが感じていた小さな違和感もすっかり取り除いたようだった。
そして、ローランドさんや俺たちに深々と頭を下げ、何度も何度も「ありがとう」と口にした。
今まで俺は暁の翼として、皆がお礼を言われる場面を後ろで見ていただけだった。
俺自身にこんな風に頭を下げられ、直接「ありがとう」と言われることなんてあり得なかったから、何だかとても不思議な気分だった。
今回は俺の運の良さに逆に感謝って感じだな。
そう思いながら、幸せそうに笑う二人を静かに見守っていた。心が穏やかで、温かい気持ちになった。
だけど、その場にはただ一人、明らかに動揺している人がいた。
「あのっ……オリオン殿……ライオウ殿……あなた方は一体何者なのですか?!
オリオン殿が契約したのは下位の精霊ではなかったですよね?!
ライオウ殿が使用した魔法は、現在誰も使えない魔法です…
何故……何故そんな力をお持ちなのですか?!
何故そのような力を持ちながら、この王立治癒院でご尽力いただけていなかったのでしょうか?!」
「えええ?いや、俺はたまたまなんだけど……って、あの精霊は下位の精霊じゃないの?
ライオウはまぁ……最近知り合ったばかりなので何ともって感じです。」
「何と言うことだ……
本当にあなた方は……自分の力をきちんと理解していなさすぎます!
特にオリオン殿!あなたはきっと、この王都のどの冒険者よりも強い力を持っていますよ!
いいですか?これは本当にっ――」
俺たちの能力が?これまで活かされてこなかったことへの不満が爆発したローランドさん。
俺の両肩をガシッと掴み、口を止める気配もなく、これは長い説教になるぞと覚悟した時だった。
ずっとその光景を頭の上で聞いていたラミンは、イライラしているようで、ローランドさんに向かって口を開いた。
「黙らんか、貴様。」
「へ?!」
「先ほどからベラベラとやかましい男だ。
よいか?初代国王ライオネルなのだから、最高位魔法が使えて当たり前だ。
それに、このオリオンは竜族の末裔。能力が高くて当然なのだから、それ以上ガタガタ騒ぐな。
そして、この事は口外するな。」
「ぬぬぬ、ぬいぐるみが喋った?!」
「先ほどからずっと喋っておるわ、バカたれ。」
突然喋り出したぬいぐるみに驚きを隠せないローランドさん。
目を見開いてラミンを見つめる中、ラミンはうるさいのが嫌だったのか、ローランドさんに黙れと渇を入れ、ライオネル王と俺がどういう存在かを伝え、口外するなと念を押した。
そして、ヘクターさんたちにも同じように警告した。
「貴様たちもだぞ!ヘクターよ!我らが救ったこと、絶対に口外するなよ!
オリオンは今までのように騒がしい生活を望んではおらん。よいな?」
「はっ、はいっ!!もちろんですっ!!オリオンさんたちの事は何も誰にも話しません!
オリオンさんたちは命の恩人ですから、困らせることはしません!」
「私も絶対に誰にも喋りません!誓います!」
ヘクターさんたちは「命の恩人だから」と、俺たちのことは口外しないと約束してくれてホッとした。
俺はともかく、ライオネル王やラミンのことを口外されたら、何を言われるか分かったもんじゃないしな。
「良い心がけだ。そういう訳だ、ローランドよ。
この男を見習い、今日起きたことは口外せず、貴様の胸の内だけにとどめておけ。
さもなくば、我がこの王立治癒院を焼き尽くしてくれるぞ。」
「ちょ、何言ってんだよラミン!いくら古代竜だからって、そういうこと言っちゃダメ!」
「こ、古代竜?!それにオリオン殿が竜族の末裔?ライオウ殿がライオネル王って…
……ちょっと待ってください。これは現実なのですか?」
「あの、本当に……ご内密にお願いしますね……マジで困るんで。」
「……」
ラミンは再度ローランドさんに口止めを要求した。
守れないならこの場所を焼くと言い始め、古代竜だからといって、さすがにそういうことを言うのはやめろと俺は止めた。
ラミンがペラペラ喋っちゃったせいで、大変なことになるんじゃない?これ。
絶対ラミンのせいで、これから色々巻き込まれそうな予感しかしないんだけど!
なんて思っていたけど、俺もつい「古代竜」とか言っちゃった。ついね、つい。
ローランドさんを見ると、もう何が何だか分からないという表情で両手で頭を抱えていた。
彼の脳内は今、とんでもなくパニックになっているんだろうな…。
ちょっと悪いことをした気もするけど、人の命を救えたからまぁいいか。
そう思いながら、アワアワするローランドさんを見て笑っていた――……




