3話 その人は、灰色の影だった
その人は、灰色の影だった
……私は、この教室で、「いない者」として扱われている。
誰も話しかけてこない。
私の名前を呼ぶ人なんて、いない。
いても、いなくても変わらない。
気づけば、私は、そんな場所にいた。
吸血鬼が怖いのかって?
――それも、ある。
でも、本当に怖いのは、
「私は、ここにいていいのか」
……って、その問いが、毎日、心を削ってくること。
私の声は、小さすぎて誰にも届かない。
私の存在は、薄すぎて誰の記憶にも残らない。
だから私は、今日も、息をひそめて生きてる。
まるで、壁の染みか、廊下の影みたいに。
――あの日、彼が転入してくるまでは。
教室の扉が、がたん、と音を立てて開いた。
逆光の中に、ひとりの影が立っていた。
まるで太陽を背負って、夜の中に紛れ込んだみたいに。
灰色の髪。
眼帯。
無口で、鋭くて、誰にも染まっていない気配。
けれど、教室の空気を、一瞬で凍らせた。
『……灰賀ユウ。ハーフ枠で、今日からここに通う。よろしく』
その声は、低くて、静かで。
まるで、自分の存在を押し殺しているみたいだった。
誰も返事をしなかった。
それが“ここ”のルールみたいなもの。
目立つ者は、叩かれる。
弱い者は、蹴られる。
誰かを見たら、次は自分が見られる――そういう場所。
でも、私は――そのとき、ほんの少しだけ、息を止めてしまった。
わかったから。
すぐに気づいたから。
その人は、きっと私と同じ――
“ここに居場所のない人間”の、においがした。
あの日、彼は空いていた、私の隣の席に座った。
私は、思わず目を伏せた。
声も、呼吸も、止まりそうだった。
でも彼は、何も言わず、椅子を引いて、そこに座っただけだった。
それだけのことなのに――
どうしてだろう。
胸がぎゅっとして、涙がこぼれそうになった。
……あなたも、息をひそめてるの?
それとも、
私なんかより、もっと暗い場所から来たの?
今日、彼が私のノートを拾ってくれた時、
私は、やっぱり、確信した。
「……君は、何も悪くない」
その言葉が、
本当は“誰に”向けられたものなのかなんて、わかってる。
でもね――
誰かが、私を“見てくれた”のなんて、いつぶりだったんだろう。
名前を呼ばれたわけじゃない。
手を引かれたわけでもない。
でも、あの言葉は確かに、
私の“輪郭”に触れてくれた気がした。
……ねぇ、灰賀ユウ。
あなたは、いつもひとりで、静かに立ってるね。
誰にも頼らず、誰にも触れず、まるで影のように。
どうして、そんなふうに生きられるの?
どうして、誰も信じないのに、誰より優しいの?
私は――
あなたみたいになれるのかな。