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1話 夜に生まれ、陽の下に立つ者


『巨大都市・東京。その闇の底では、人も吸血鬼も怪物も、誰もが生きる理由を血で語る。』


夜に生まれ、陽の下に立つ者。


この世界には、二種類の“人間”がいる。


ひとつは、太陽の下を生きる――“普通の人間”。


もうひとつは、月の影で息づく――“吸血鬼”。


そして、もうひとつ。


そのどちらにもなれなかった、

たったひとりの、はぐれ者がいる。


教室の窓から射す陽光に、

生徒たちはまるで毒でも浴びるように身をよじった。


人間の生徒はただ目を細めるだけだったが、

吸血鬼の生徒たちは眉をひそめ、舌打ちしながらカーテンを閉める。


そんな中で――

彼だけは、微動だにしなかった。


風に揺れる灰色の髪。


その奥から覗く左目は、蒼灰色。

だが、右目は――誰にも見せたことがない。


眼帯に覆われたその瞳を、知る者はいない。


「……また、誰も隣に座らないな」


ぽつりと呟いた声は、

誰に向けるでもなく、虚空に溶けていった。


名を――灰賀ユウ。


この学園で“混血枠”にただ一人在籍する、

異端の生徒だ。


吸血鬼でも、人間でもない。


だが両方の血を受け継いだ、

忌まれし《ハーフ》。


忌み子。雑種。化け物――呼び名は色々あったが、

誰も隣に座らないのは、ただの偶然じゃない。


彼の“もう片方の目”を見た者は、

全員が例外なく、震え上がるという。


それが、都市伝説か、真実かは誰にも分からない。


でもひとつだけ確かなのは、

彼は今日も右目を隠したまま、じっと窓の外を見つめているということだ。


まるで――


何かを、待っているかのように。

自分でも、それに気づかぬまま。


キーンコーンカーンコーン――


始業のチャイムが鳴り響く。


これは、夜にも昼にも居場所のない男が、

太陽と月の下で“刃”を振るうまでの、最初の物語。

――――――――――――――――――――――


この学園は、少しだけ――いや、かなり特殊だ。


大学のように、授業は選択制。

生徒は自分の“戦術分野”に応じて好きな講義を取ることができる。


だが、もっと根本的に違うのは、時間だ。


この黎明れいめい高等戦術学園――通称クロスドームは、24時間、止まらない。

陽の時間も、夜の時間も。誰かがどこかで訓練し、戦い、備えている。


なぜなら――


吸血鬼は夜に生き、

人間は陽に生きる。


相容れぬはずの存在たちが、今では同じ制服を着て、同じ教室で息を潜めている。


だがそれは、決して「理解」のためではない。

「共存」の理想のためでもない。


――**禍種(マガタネ)**を狩る、“兵”を育てるためだ。


人間と吸血鬼を分けていた境界線は、ある日、音を立てて崩れた。

それは“外敵の出現”というかたちで、世界に強制された「融合」だった。


価値観も、生き方も、倫理も、すべてが食い違ったまま。

それでも彼らは「共闘」という建前で、同じ学び舎に集められた。


黎明高等戦術学園。

陽を歩む人間と、夜に咲く吸血鬼。

そして――その狭間に立たされた、たったひとりの少年。


その教室の一角。

窓から差し込む陽光を避けるように、ひとりの生徒が座っていた。


名を――灰賀(はいが)ユウ


「さて、お前たち。今日は定期試験にも出る範囲だ。しっかり聞け」


甲高く響いた声は、歴史科の九重(ここのえ)教諭。

吸血鬼でありながら、学園に長年勤める“骨のある教師”として知られている。


彼はぴんと背筋を伸ばすと、チョークで黒板に数字を書き出した。


「今からおよそ五十年前、“第二次接触”が発生した。

 それまで神話や都市伝説とされていた“吸血種”が、正式に“実在”と認められた日だ」


ざわり、と教室がわずかに揺れる。


「“第一次接触”は、さらに三百年前に遡る。

 だがあれはあくまで記録の中の出来事で、真偽は不明。

 実際に我々が“人間の目の前”に現れたのは、第二次接触が最初だ」


そのまま「人間 VS 吸血種」と板書される。


後ろの席で、それを見たユウは――眉ひとつ動かさなかった。


「……その結果、戦争が起き、そして共倒れ寸前までいった。

 そこで初めて、手を取り合うという選択肢が現れた。

 それが《種間協定第六条:協戦》の起草に繋がる」


教室のあちこちで、人間と吸血鬼が互いに視線をそらす。


「以後、両種は仮初の共存を開始。

 そして今、お前たちは“その象徴”としてここにいる。

 立場も、生まれも、力も違う者同士が、同じ敵に備える。

 それが、この学園の理念だ」


小さな沈黙が落ちる。


「だが忘れるな。この共存が成り立つのは、“共通の敵”がいる間だけだ。

 敵が消えれば――協定も消える。

 その意味、理解しておけ。特に……お前たちはな」


九重の視線が、教室後方――ユウを射抜いた。


だが、彼は動じない。

眼帯の奥の瞳が、静かに、ただ虚空を見つめていた。


(共通の敵……それがいなくなったら、次は“俺”が標的になるんだろ)


胸の奥で沈むように、静かに呟いた。

けれどそれを口にしない限り、彼の穏やかさはまだ壊れない。


窓の外。

雲間から、じわりと赤い太陽が覗いていた。

それを眩しそうに細める少年の目は――まるで、自分の居場所を捜しているようだった。



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