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奇跡の更生  作者: 浮舟
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 ポン友、天内が起こした渋谷の事件。滝里は、自身にも覚醒剤についての捜査の手が伸びるのではないかと気が気でなかった。飛ばし携帯の電話番号を変えて、短い期間であったがシャブ抜きもした。

 逮捕された際は、立ちんぼのイラン人から買った、そう言うようにと全ての客に言ってきた。天内も例外ではない。

 警察が滝里へと訪ねてくることは今のところなかった。確かな司法取引などあるはずもなく、滝里を売ってメリットなどなにもない(二〇一八年六月、導入)。

 天内は、何も喋らないはず。なんといっても滝里と前田と天内の三人は、小学校以来からの友達なのだ。

 そうとはいえ、ポン中がペラペラと喋りだす不安とリスクは、どうしようもないものがある。これからはより慎重になると決めた。ポン友は作らない、そう決めた。

 酒の飲み友達かのような、天内の時のない部屋のポン友の集い。楽しかったが、いい時ばかりで済むはずもない。ああいった集まりは前田とも慎むことにした。


   ◇


 神奈川県桜木町にある戸建ての二階、十二畳ほどの部屋。彫よきの仕事場に滝里は来ていた。

 滝里はこの頃には盃も貰っていたが、入れ墨だけはしていない。何を入れたいのか決まらないで引き延ばしてきたのだ。何を自分に彫るか悩む、そういった時間は楽しくもある。

 竜を彫りたいと、彫よきに伝え打ち合わせをした。どこにどの程度の大きさか。特に彫よきが気にかけたのは、Tシャツを着たときに肩の刺青は隠れるのがいいか、隠れないのがいいか、そこをはっきりするようにと言う。生活に支障があるから、気にかけるのだろう。隠れなくていいです、と答えた。

 滝里がバスタオルの上にうつ伏せになると、下書き無しのいきなり筋彫りが背中で始まる。痛みを耐えられるか、どの程度の痛みが来るのか恐怖心はあった。部位により痛みが強い場所もあったが、人により痛覚が敏感かどうかが大きいのではないかと思った。

 痛みが小さいのは、彫よきの腕によるものもあるのかも知れない。誤ってグサッと、ぶっ刺したら痛いに決まっている。機械のような手の動きは、仕事を早めても必要以上に深く突くことはなかった。

 痛みは個人差、部位、彫師と言われる他は、その日のコンディションにもよるのかも知れない。彫よきが言うには、彫られてる間に寝てしまうなんてものまでもいるとか。

 滝里は入れ墨の痛みに耐えながら、願掛けをすることにした。

 墨を入れてる間に、決意願掛けをするのは重要な儀式に思える。

 犯罪に手を染めたからには、金を掴まずして何のための不良か? 金が欲しかった。金なければ生きていけない。金なければ惨めだ。

 沙希との関係は続いてはいたが、非常に不確かなもので、壊れていくような儚さを感じていた。はっきり言ってしまって滝里は沙希より金がない。沙希を囲うことはおろか、一緒になることもできなかった。

 そうだ! 金だ! 金しかない! 絶対に金を手に入れてやる!

 決意願掛けは、金を手に入れると決まった!

   

   ◇


 滝里はこれまで薬をさばいても、さほど儲かったりすることはなかった。どの商売にも言えることだが、仕入価格はもとより、売却価格に、商品が売れるための顧客数、スピードが大事なのだ。

 覚醒剤を仕入れたからと言って、さあ、売るぞと意気込んでも、需要はあっても簡単なものではない。

 逃げおおせるだけの準備、カラクリなければ、簡単に広告など打てるはずもなく、大胆な手法を取ればその分、パクられるリスクをともなう。

仕入価格だけが、最も簡単にして利益率を上げることに思える。まけてくれ、そんなこと言うだけ無駄で、そのためには仕入れをする量を増やすしかなかった。

 十グラムを十万で仕入れて二十万で売る、今みたいにやっていては儲かりようもない。覚醒剤の密売を生業とする三島組でさえ、実態は卸問屋の下に位置する。

 一キロの仕れなら、佐々木が口を利けば五百万の仕入価格だと言う。全くもって額が違って安い。

 サラ金回りしてかき集めた金に、持てる金のほぼ全てを併せると五百万になった。この金で勝負に出る決心をしていた。

 サラ金回りは佐々木の紹介で、株式会社葛城設備という所に協力してもらった。架空の給与明細と嘘の在籍確認への謝礼として一万をその会社へ払った。

五百万、決して少なくない金だ。チンピラの滝里にとっては初めめて見る大金。この金で鹿賀組から、一キロの覚醒剤を買うことの約束を取り付けていた。

 キロの取引、まるで映画を思い出す。物を出せ! 金が先だ! そんなやり取りをする映画だ。


   ◇


 当日、取引の場として指定されたのは、レンタカーナンバーの軽自動車の車内。目当ての車は、荒川沿いの静かな場所に駐車されていた。

 滝里は軽い挨拶をして車の後部座席に乗り込んだ。隣に座る骸骨のように痩せたスキンヘッドの男が、何も言わず大きな黒い布の巾着袋を渡してきた。

 巾着を開くと、幾つかに袋詰めされた覚醒剤が見える。

 こちらは帯付きの百万の束が五つ入った紙袋を、後部座席の骸骨スキンヘッドに渡した。

 鹿賀組の金の確認はすぐに終わるが、こちらの確認は終わらない。

「出して確認していいよ。周り見てるから」

 運転席の男が取引を主導することを言った。茶色のサングラスをしていて、暗い雰囲気。見るからにヤクザだ。

 後部座席の骸骨スキンヘッドより、運転をしている男が立場が上なのか? 後部座席の骸骨は四十代くらいで、運転席の男は六十代くらいに見える。

 二人の関係など、どうでもいい。滝里は取引に集中した。結晶が透けて見える袋の一つを取り出す。

 百グラム入り。初めて見る量。袋は大きさにして一つが、A5サイズくらいある。プレスされてないため、手に持ちあげると薬は袋下へ向かい、下側に厚みを付けた。袋詰め一つにつき百グラム、それが十袋入ってるわけだ。

 計量したかったが、場所柄、急いでることもあり憚られる。佐々木の口利きである以上、顔に泥を塗るとは思えないので、信用取引として我慢することにした。

 一グラムとは一円一枚の重さだと前田から聞いたことがある。つまり重さにして千枚の一円、よくわからないが、なんとなくそんな重さの気がした。

 袋の数は取り出した一を引いて残りが九あるはずだ。指で数える。間違いない。

 ただネタ質に関して、判断ができないでいた。そのネタの物がよいものかどうか。袋の中身を見ると、親指の第一関節はあろうかという見たことがない大きさのガンコロまでもが、ざくざくと結晶たちの中に混ざったりしている。

 これは何だ? とその塊たちを見つめた。

「それさ、土の中に隠してると、時間かけて成分が固まったもんだから」

 滝里の考えに気付いてか、運転席の男が、茶色のサングラスの鼻のあたりを指で押し上げながら言った。

「どうもです」

 滝里のその一言で取引が完了した。

 滝里はその場ですぐに車から降りる。レンタカーの運転手は去り際に手を挙げただけで、他何も言わず車を発車させた。

 映画の取引のような緊張はまるでなく、拍子抜けするほど取引はあっけなく終わる。尾行されていないか、大通りに出るとタクシーを拾って途中、電車に乗り換えたりした。



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