四
西宮純(渋谷警察署・部長刑事)は、珈琲に砂糖とミルクを入れると山縣礼二(警視庁・警部補)に先日、この場所、喫茶《憩》で逮捕したポン中について質問をした。
「先日のポン中、どうして怪しいとわかったんですか?」
西宮が質問した相手の山縣、この人こそシャブ取り名人、その異名を持つ警察官であった。山縣は本庁から渋谷警察署に出向し、本来なら所轄のチームリーダーにもなり得るポジションだが、後輩の指導育成よりも外回りの現場を好んでいるよう。
シャブ取りの名人である以上、山縣のやり方に口をはさむものはいない。紛れもない変人。
年齢は四十七歳、中肉中背、くたびれたジャケットに黒の長ズボン、どこにでもいるオジサンファッション。
西宮も刑事として、目立たないようポロシャツにチノパンの恰好をしていたが、体がデカいうえに、武道家としての達人の雰囲気でもあるのか、どうしても目立つ。
あの時、店内にいたそのポン中。実際の年齢は二十三歳だったが、三十代位に西宮には見えた。無職のものが放つ独特なオーラ、落ち窪んだ目にこけた頬、ここまでは西宮にもわかる。
だが、それだけだ。たったそれだけで、商業を営む店の客に職務質問をぶつけるのは、空振りした時のことを考えるとなかなかできたものではない。それでも山縣は、即座にシャブ中と見抜いて逮捕してみせたのだ。神業といってよかった。
「ん? ああ、釜井のことか。あいつの飲み物、珈琲じゃなかったろ」
喫茶店で珈琲を頼まないで他の飲み物を頼む。たったそれだけで山縣は怪しいとするポイントをつけたようだ。山縣が何を言いたいのか西宮にはまるでわからない。
「既に覚醒している以上、珈琲のカフェインなんかいらないんだよ」
「珈琲の香り、苦味が、とか飲んだら頭がスッキリするだとか珈琲好きの感覚などもちあわせてないからな」
わかったような、わからないような。西宮は返事もできずにいた。
「試しにちょっと違うけど、市販のカフェインの錠剤を二粒でも飲めばわかるよ」
「珈琲飲みたいという気は、ほとんどなくなるから」
釜井が飲んでいたものを思い出そうとする。そう、あれは確かオレンジジュースだったことを思い出した。
「オレンジジュースは怪しいんですかね?」
「食欲がないからな。ビタミンをジュースで取ろうとするのさ」
そう言うと山縣は、オレンジジュースをストローで飲み干した。
警視庁きってのシャブ取り名人の教えは、まるで山縣自身がポン中なんじゃないかとしか思えないほどだ。




