二十三
滝里は不吉な胸騒ぎと闘いながらも、前田への友情にその場を逃げないでいた。何か発砲音のような音が、一度ならず二度も車の中にいても聞こえた。
不安の胸騒ぎは、一段と強くなり苦しいくらいだ。
フロントガラス越しに、誰かがこちらに向かって走ってくるのが見える。パピだ! 助手席に飛び乗るように滑り込んで来た。
「車出せっ! 説明は後だ! あいつは来ない!」
「いいから出せ!」
息を切らせながら言うパピ。緊迫した物言いに、車内に流れていた時間が突然に速くなった。心拍数も時間の速さと共に一気に上がる。
驚き何か言おうとしたが急すぎる展開に言葉が出ない。パピが前田をあいつと呼び捨てにしたこともこれまでないことだ。
サイレンの音がどこからか聞こえだした。
救急車や消防車のサイレン音だと、刹那願ったがそんなわけがない。パトカーのサイレン音だとすぐにわかる。
銃声による通報とみて間違いなかった。
「早くしろ!」
パピは銃口を向けてきた。
サイレンの音のただならぬに、考える時間も質問する時間もないままに車を走らせた。異常なほど、けたたましいパトカーのサイレン音。
パトカーの急行するスピードは風を切るほどで、サイレンの音も風に切られる。普段きくサイレンとは異なる緊張性を帯びていた。
何台のパトカーと擦れ違ったであろう。あえて見ないことにした。パトカーを凝視することで反対に警察官に見返されるのが恐い。
現場を離れるように走らせているも、辺り一帯がパトカーのサイレンにより囲まれているのではないかと、錯覚を起こすほどにパトカーの数が多い。
現場から二キロほど離れると、ようやく僅かに考えを巡らすことが出きるようになってきた。
「何があったんですか?」
銃口を向けられたことで、パピに対して恐怖を感じるようになっていた。
心臓が痛いほどに胸騒ぎがする。前田の安否が気になった。一体何がどうなってるんだ。
「前田が柿澤を殺した。その後で家のもんが帰ってきて、オレがそいつを撃った。たぶん死んだと思う」
「前田は逃げる気がないようだったから、そのままにしてきた」
絶句した。言葉が見つからない。
「何で、そんな?」
やっと絞り出した質問に、パピは返事をしないでいる。
巻き込まれた。巻き込まれる前に逃げていればよかった。これは立派な殺人の共犯者となりかねない。
捕まれば同じ組内、シャブ中の自分の言い分は、たまたま居合わせたなど通じるべくもない。現に見張りだけでなく、逃走まで手助けしたことになっている。知らなかったでは済まされるはずもない。
付いてきたことを悔やんでも悔やみきれない。まさかここまでやるとは思いもしなかった。
けれどもやはり自分は、柿澤の襲撃は関与が薄いと思える。パピとはすぐにも別行動を取りたかったが、パピはそれを許さなかった。
車をすぐにも棄てることも話し合ったが、もっと遠くへ逃げてからにするとパピが一方的に決めた。
目立たない場で車中泊と決まり、誰も寄り付かないような公園の前に、隠れるようにして車を停める。
これからどうするか? 眠りを取らなければ、以降の逃走にも差し支えるとして眠ることになった。この状況下では眠れないと思っていたが、滝里は久しぶりに眠りについた。
置かれた状況は最悪と言えたが、起きていることができないくらいに、脳は疲れきっていたのだ。




