二十二
柿澤宅の前に来ると、前田は表札を確認した。柿澤とある。間違いない。
二階建ての庭付きの戸建て、四十坪はありそうだ。
玄関から注意深く室内の様子を窺う。部屋の電気は全て消灯していることが見てとれる。
決行は午前三時あたりを考えていたが、このままやることに決めた。
「やるぞ」
パピに向かって小声で決行を告げた。パピは返事の代わりにショルダーバックから黒の目出し帽に手袋を二つ取り出す。目出し帽を被り手袋をするパピ。 前田も目出し帽を被り手袋をした。
音に気をつけながら門を確認する。門は施錠されてない。裏に手を入れて開けた。
そのまま玄関まで進み玄関ドアをゆっくりと回してみた。ドアは施錠されている。
建物側面へ回ろうと庭を歩く。ジャリ! ジャリ! 足から音がした。防犯砂利の音だった。
前田は進むのをやめて足元を注意深く見た。防犯砂利を踏まないでも、足を乗せられるステップストーンがいくつかある。ステップストーンを踏みながら建物側面へと回った。
パピも後ろからついてくる。庭に面した窓の前で息を殺して聞き耳をたてた。
さっきの砂利を踏んだ音で、気付かれたかも知れない。
しばらくじっとしていたが、建物から物音はしてこない。窓が開くか軽く力を入れてみる。閉まっているのがわかった。
開かないと見てとったパピが、ガラスカッターを手渡してきた。
前田がガラスカッターでクレセントの鍵のある位置に、手が入るくらいの大きさの四角い切り込みを入れる。チキーッとガラスを切る独特の音が闇夜に響く。
近くで起きていた場合、気付かれただろう。気付かれた場合はすぐにプラスチックハンマーで、窓を打ち破り侵入するつもりでいた。
パピが強力テープをガラスカッターで切ったあたりに貼っていく。
プラスチックハンマーでそのポイント目掛けて叩いた。ドン! パキッッ!
無音というわけにはいかなかったが、ガシャーンというガラスが大きく割れるまでの音はしなかった。
テープを剥がすと見事にクレセント回りのガラスに、穴を開けることに成功した。手を入れてクレセント鍵を回す。
窓を開けてカーテンをめくると、二人は静かに一階室内に侵入した。室内は常夜灯の微かな光で見渡せる。どうやらそこはリビングで、誰もいないのはわかった。
パピと二人で違う部屋に移ろうとしたところ、二階からドアの開く音がした。足音が聞こえる。息を殺し耳を澄ます。
どうするか? ここまできて引き返す選択肢はない。静かに、それでいて一気にやることに前田は決めた。
二階に上がる階段を見つける。足音は止み、バタンと、どこかまた違う扉を開ける音がした。
階段を静かに上がると、音がした扉の前に立つ。
ジャバーっと中からトイレの水を流す音が聞こえると、すぐにドアが開いた。
「うわっ!」
トイレから出てきた柿澤は声をあげた。
「静かにせぇっ! 騒いだら殺す!」
前田はリボルバーS&W642の銃口を柿澤へと向けた。
「……私に何かあったら坂本組が黙っちゃいないぞ」
震えた声で言う柿澤。
「騒ぐなって言うたやろ! 後ろ向けや!」
柿澤は言われるままに後ろを向いた。パピが結束バンドの手錠で柿澤の両手を後ろ手に縛る。物盗りの犯行に見せるための縛りだ。
「許してください。命だけは助けてください」
泣きながら命乞いする柿澤の口元をガムテープで巻いて喋れなくした。
柿澤の自由を奪うとパピは、他にも誰かいないか探し回りだした。
「おい! カス!」
「坂本組が黙ってへん言うたな! ワレ、ホンマにアホやのー」
「ワレがイカれた真似しくさったから、あっちはあれから指詰めしてんねんぞ」
「あの場でオレが坂本組にビビっとると見て、目突いても大丈夫やろ思うたんならホンマ、アホすぎるで」
「ワレ、どっちみち坂本組にむしられるか、オレにぶち殺されるかのどっちかしかもうないねん」
「フゴーッ」
柿澤は巻かれたガムテープで息苦しそうな声をあげた。
あの日受けた屈辱が脳裏に蘇った。檻に這いつくばり、悔し涙を流して震えたことを。左目の光を失った悲しみ、落胆を。
思い出すと同時に引き金を引いていた。
空気を引き裂く破裂音。至近距離の銃弾は柿澤の頭蓋を突き抜け、脳へと決定的なダメージを与えたようだ。流れる鮮血、苦悶の表情を残して柿澤は即死 した。死体となった柿澤は倒れたまま動く様子はない。
目的は早くも終えた。グズグズしてはいられない。パピを探しに、音がする部屋へと向かう。
タンスのある部屋、そこにパピはいた。物盗りの犯行に見せかけるため、タンスの引き出しの中身をぶちまけたりしていた。視線が合うと、パピは封筒のようなものを、サッと上着の内ポケットに隠したかに見えた。
「もう行くぞ!」
「物盗りに見えるよう、もう少し探しましょうよ」
「アホ。さっきの銃声で時間がない」
「お前が持つんや」
柿澤を撃ち殺した銃をパピの手に渡した。
「何です、これ?」
「何ぞあったら、お前がやったことにするんや」
「え! 何でオレが?」
「ええか! パピ! オレは三島組の幹部になる!」
「お前が刑務所を出たら、次の幹部はお前や。絶対にそうしたる」
パピは銃を受けとるも、狼狽し戸惑っているように見えた。
ガチャっ。一階からドアの開く音がした。
――何っ! 警察か? 戦慄が走る。
一階から入ってきた者は、階段を真直ぐに駆け上がってくる。
見ると若者の男だが警察ではなかった。柿澤の子供だと思われた。帰宅した若者は、柿澤の死体を見ると前田に向かっていきなり突進してきた。
「うおーっ!」
混乱した。関係のない者をできれば殺めたくはない。殺さないで縛りあげると決めたその時。
いきなり銃声の破裂音が響いた。
銃弾は若者の胸に命中。若者はその場に倒れた。
仰向けに倒れこんだ若者に、走り寄る前田。止血できないかと両手で訳もわからないまま胸のあたりを抑えた。
心臓を撃たれたのか、若者は口から一度噴水のように血を吹く。その血を顔に浴びると思わず怒鳴っていた。
「誰が殺せい言うた! ドアホっ!」
パピは狼狽しながらその場を逃げ出した。逃げていくパピに罵声を浴びせた。
「トンチキがっ!」
どこかで通報されたのだろう。パピが逃げ去り、しばらくするとパトカーのサイレンがしだした。
次から次へと鳴り響くサイレン。駆け付けてくるパトカーの数は、一台や二台でないのがわかる。
事件の大きさを示すかのようにボリュームがうるさい。うるさすぎて、遠くにいるのか近くにいるのか距離感が掴めないほどだ。
ドンクサイ奴だからすぐにパピは捕まるだろう、そう思うと同時に、滝里を巻き込んだことを前田は後悔した。




